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果てなき世界  作者: 影川明空人
第1章
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第十四話

第十四話


 森の空気は、どこか重かった。


 ヴェルグレイヴ領の外縁に広がる森。その入口付近で、ローデリックは足を止めた。


 背後には数名の騎士たち。


 いずれも実戦経験のある者たちだが、表情にはわずかな緊張が浮かんでいる。


「……副団長」


 若い騎士の一人が口を開く。


「やはり、今回の件はただの増加ではないのでは」


 ローデリックはすぐには答えない。


 代わりに、地面へ視線を落とす。


 踏み荒らされた跡。


 不規則な足跡。


 そして――血。


「その可能性は高いでしょう」


 静かに答える。


「ですが、断定はできません」


 別の騎士が続ける。


「ここ数日、報告が増えています。南側でもゴブリンの群れが確認されたとか」


「北側でもウルフが出ています」


「本来なら、ここまで重なることは……」


「ええ」


 ローデリックは頷く。


「本来は、ありません」


 言い切る。


 それが異常であることは、すでに明確だった。


「……ですが」


 ローデリックは周囲を見渡す。


 木々の間。


 気配はある。


 だが――


「まとまりがない」


 ぽつりと呟く。


「統率されている様子は見られません」


 騎士たちは顔を見合わせる。


「それは……逆に言えば、自然発生的な増加ということでは?」


「そうであれば、まだ対処はしやすいですが……」


 ローデリックは首を横に振る。


「いいえ」


 短く否定する。


「自然であれば、ここまで分布は崩れません」


 わずかに間を置く。


「何かに押し出されている」


 その言葉に、空気が変わる。


「押し出される……?」


「つまり、奥に原因があると?」


 ローデリックは答えない。


 代わりに、森の奥を見据える。


 静かだ。


 あまりにも。


(静かすぎる)


 本来であれば、もう少し“いる”はずだ。


 だが、今は散っている。


 まるで――


(逃げている)


 その可能性が、頭をよぎる。


「……副団長」


 別の騎士が声を潜める。


「奥を調べますか」


 ローデリックは即答しなかった。


 判断を誤れば、被害が出る。


 だが、放置すれば――


(広がる)


 それもまた確実だった。


「……本日はここまでです」


 結論は早かった。


「これ以上は踏み込みません」


「ですが――」


「記録を持ち帰ります」


 言葉を遮る。


「情報を整理し、段階を踏むべきです」


 騎士たちは一瞬だけ迷い、そして頷いた。


「……了解しました」



 帰路。


 森の外へ向かう途中、ローデリックは歩みを緩めた。


 後ろの騎士たちが少し距離を取る。


 一人、考える時間を取るためだ。


(押し出されている)


 その感覚は消えない。


 魔物の増加。


 分布の崩壊。


 統率の欠如。


 そして――奥の静けさ。


(何かがいる)


 確証はない。


 だが、経験が警鐘を鳴らしている。


 過去に一度だけ、似た感覚を覚えたことがある。


 あの時は――


「……Sランク」


 小さく呟く。


 あの時も、近づけなかった。


 気配だけで理解した。


 “領域が違う”と。


 今回も、似ている。


 だが。


(決定的に違う)


 あの時は“そこにいた”。


 今回は、“いない”。


 いや。


(見えていないだけか)


 ローデリックは眉をわずかに寄せる。



 屋敷へ戻る。


 報告は簡潔にまとめられた。


 魔物の増加。


 分布の崩壊。


 原因不明。


 そして――調査継続の必要性。


 報告を終えた後。


 ローデリックは一人、中庭に立っていた。


 夕暮れの光が差し込む。


 静かな時間。


 だが、落ち着かない。


(何かが、動いている)


 そう感じていた。


 理由はない。


 証拠もない。


 だが、確信だけがある。


 その時、背後から声がかかる。


「ローデリックさん」


 振り返る。


 ルシアンが立っていた。


「どうしました」


「いえ」


 少しだけ間を置く。


「森の件ですが」


 ローデリックは目を細める。


「何か感じましたか」


「……違和感はありました」


 曖昧な言い方。


 だが、それで十分だった。


 ローデリックは小さく息を吐く。


「ええ」


 短く答える。


「私も同じです」


 それ以上は言わない。


 だが、共有はできていた。


 ルシアンは静かに頷く。


「そうですか」


 それだけ言って、去っていく。


 ローデリックはその背を見送った。


(あの子は……)


 わずかに考える。


 そして、やめる。


 今はそれよりも――


(森だ)


 視線を遠くへ向ける。


 夕闇の先。


 森の奥。


 見えない何かが、確かにそこにある。


 そしてそれは――


(まだ、動いていない)


 だからこそ、不気味だった。


 嵐の前の静けさのように。


 すべてが、止まっているように見えていた。


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