対峙
「何故、私とエルヴィス殿下の婚約を認めて頂けないのでしょうか」
私の直接的な発言に、ベアトリス殿下はあからさまに嫌な顔をした。
その反応を注意深く見ながら言葉を続けた。
「私が婚約状を彼に提出してから既に三ヶ月は経っています。
それだけの期間があれば、認めて頂くのには十分な期間であるはずなのですが」
私の言葉に、殿下は口元を隠しながら言った。
「あら、貴女からの婚約状なんて私、貰っていないのだけど?
本当に彼がそう言ったの?」
(……しらを切るつもりなのね)
私は手を握りしめると「では、」と言葉を続けた。
「もしその婚約状を私から直接再提出すれば、今度は私と殿下の仲を認めて頂けるということですね?」
「! そうね、考えるわ。
……それにしても、貴女は悪い人ね」
「はい?」
クスクスと下卑た笑みを浮かべ、ベアトリス殿下は言葉を続けた。
「ブライアンから半年も経たず、今度はエルヴィスに乗り換えるなんて。
貴女が欲しいのは、もしかしなくても王妃の座だったりするのかしら?」
「お言葉ですが、ベアトリス殿下」
私はその言葉に目を見てはっきりと返した。
「私はエルヴィス殿下を、心からお慕いしております。
私が欲しいのは、王妃の座ではなく彼と共にいること。 ただそれだけです」
「へぇ、つまり貴女が言いたいのは“愛”が全てだということね。
ふふ、おめでたいのね」
ベアトリス殿下の包み隠さない言葉に、私は冷ややかに返した。
「そうですか? それをいうなら、貴女の御子であるブライアン殿下がマリエット様との愛を貫き、私との婚約破棄をしたというのは、彼等自身も“おめでたい”ということなのですね」
「……!」
ベアトリス殿下は思うところがあったのか、眼光が鋭くなった。
それには構わず言葉を続ける。
「私はその婚約破棄であらぬ汚名を着させられました。 見ず知らずの彼の現婚約者の方をいじめたと言われ、彼の口から婚約破棄だけではなく退学することも命じられました。
……証拠もない上に衆目に晒され、そのような発言を向けられたということは、私に対する侮辱行為と捉えられますが……、あくまでも私の責任だと仰るのですね?」
「息子の言葉を信じない母親がどこにいるのです」
「……分かりました」
私は目を伏せると息を吐いて言った。
「ベアトリス殿下のお考えは、私とは決定的に違うようです。
これ以上お話を続けても分かり合うことは不可能でしょう。
私は、誰に何と言われようとエルヴィス殿下の味方ですので」
そう言い切ると、部屋から出ていこうとした。
しかし、そんな私の腕を彼女が強い力で引っ張った。
「っ」
その強さに驚きよろめいた私に対し、殿下が何かを言いかけたその時、ガチャリと目の前の扉が開いた。
驚き目を見開けば、そこにいたのは同じく驚いた様子のエルヴィス、本人だった。
彼は瞬時に状況を理解して、私の腕をスルッと彼女の手から解放し、聞いたことのない冷たい声で言い放った。
「……何を話されていたのです」
「ようやく王子様のお出ましというわけね。 待ちくたびれたわ」
そう真っ赤な唇で意地の悪い笑みを浮かべるベアトリス殿下に対し、エルヴィスは口元だけ笑みを浮かべて返した。
「生憎僕達は忙しいので、貴女とお話をする時間はありません。
……ミシェル、皆が待っているよ。
早く行こう」
私はその言葉に黙って頷けば、それを見ていたベアトリス殿下から笑みが消える。
そして、忌々しげに呟いた。
「相変わらず気味の悪い子。 さすがあの女の子供ね」
(え……)
驚く私だったが、ベアトリス殿下は何事もなかったかのように言葉を発した。
「そのような態度を取り続ける限り、貴方方の婚約は認めないから」
その言葉に、踵を返そうとしたエルヴィスの動作が止まる。
そして、彼は溜息を吐くと、ベアトリス殿下を一瞥し言葉を発した。
「別に、貴女に認めて頂かなくても困ることではありませんので」
失礼致します、と言ってエルヴィスは私の腕を引く。
私もベアトリス殿下の方を振り向くことはせず、彼の背中を追って部屋を出る。
部屋から離れた場所に来てから、私はエルヴィスに向かって口を開いた。
「どうして、ここにいると分かったの?」
その言葉に、エルヴィスはにこりと笑って言った。
「簡単だったよ。 暇潰しに会場内をずっと観察していたんだけど、どこにもミシェルの姿なんて見当たらなかったから、ゲームの話を聞いた瞬間に会場にはいないと判断したんだ」
「……変装していたら、私だって分からないんじゃ」
その言葉に、エルヴィスはクスッと笑って言った。
「僕はミシェルが例えどこにいても、探し出せる自信があるよ。 変装していても何をしていてもね」
「! ……そう」
「ミシェル?」
私はその言葉を聞いて立ち止まると、エルヴィスに勢いよく抱きついた。
驚いたエルヴィスが慌てて受け止めてくれたけれど、私がその背中をきつく抱きしめれば、エルヴィスは笑って言った。
「ふふ、最近のミシェルは積極的だね」
「こんな私は、嫌い?」
体を少し離し、彼の顔を見上げてそう口にすれば、エルヴィスは笑って言った。
「そんなわけない。 むしろ大歓迎だ」
「だ、大歓迎って」
二人でクスクスと笑い合えば、彼もまたギュッと私の体を力強く抱きしめてくれた。
(口に出さなくても、分かる)
励まそうとしてくれているんだ、私を。
王妃殿下と対峙している間、怖くてたまらなかった。
けれど、颯爽と現れたエルヴィスを見て、どんなに心強かったか。
(……今だって、いつだってこの温もりが、私を強くしてくれる)
私達はそれ以上は言葉を交わさず、互いに抱きしめあったのだった。




