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隣国の王女



 始業の合図が鳴る。

 教室に着席した生徒達の前に現れたのは、学園長室で会った王女様、本人だった。

 堂々としていて気品に溢れるその美しさに、誰もが感嘆の息を漏らす。

 そんな中、彼女はスッと息を吸うと、にこやかに笑って言った。


「初めまして、隣国のヴィトリーから参りました、エマ・ヴィトリーです。

 卒業まで短い間ですが、仲良くして頂けると嬉しいです。

 宜しくお願い致します」


 彼女がそう挨拶を告げると、皆が一斉にどよめいた。

 エマ様は美しいとこの国でも評判なほどだから無理もない。

 そして先生は、「席は」と口を開きかけたが、エマ様は軽く手を叩いて言った。


「先生、その事なのですが、学園に慣れるまでの間だけでも良いので、エルヴィス殿下のお隣の席でもよろしいですか?」

「「「!」」」


(エルヴィスの隣?)


 ちなみに今の私の席はエルヴィスとは離れている。

 私は窓側の後ろの方の席、エルヴィスは教室の中央の前の方の席だ。

 エマ様はそのエルヴィスの席の隣が良いと仰ったことになる。

 その言葉にまた今度は違う意味で皆が一斉にざわつくのを制すると、先生は「そうですね、」と言った後言葉を続けた。


「その方が早く学校に慣れることが出来ますよね。 そうしましょう」

「ありがとうございます、先生」


 エマ様はそう綺麗な笑みを浮かべる。

 それを見て、私は心がズキリと痛んだ。


(エルヴィスの隣の席が、エマ様……)


 そしてエマ様は、エルヴィスの隣の席へ移動すると、知らん顔をしているエルヴィスに対して一言口を開いた。


「エルヴィス、何故此方を向いてくれないの」

「別に」


(え、エルヴィス……)


 どうやらエルヴィスは本当にエマ様のことを嫌いなようで、冷たい態度に氷点下を下回る声音で返答するエルヴィスの姿に思わず此方がヒヤヒヤしてしまっていると。


「……っ、ひどい」

「!?」


 エマ様はそう言って酷く傷付いた顔をすると、驚くエルヴィスに対して言葉を続けた。


「私は貴方との婚約が決まった時から貴方に会いたくて仕方がなかったと言うのに……っ」

「「「!?」」」



 エマ様の口から飛び出たエルヴィスとの婚約という言葉。

 その言葉に、私の体は一気に血の気を失う。

 そんな私とエマ様を見て、周りにどよめきが広がる。


「え、エマ様が殿下の婚約者?」

「ミシェル様ではないの?」


 そんな声が耳に届いてくるが、その全てが私には遠くに聞こえる。


(っ、駄目、毅然としていないと)


 そう思っても、この状況にどう対応すれば良いのか分からなくて。

 その時だった。


 ―――バンッ!!!


「「「!?」」」


 急に物凄い音がしたと思ったら、それは他でもないエルヴィスだったらしい。

 彼は思わず凍りついてしまうほどの笑みを浮かべると口を開いた。


「ちょっと、その件については知らされていないし、僕も混乱しているから取り敢えず余計な詮索はしないでくれる?

 後、このことを外部に漏らしたら……、皆、どうなるか分かるよね?」

「「「!!」」」


(え、エルヴィスの怒りがピークに……)


 教室の空気が一気に氷点下まで下がったのを感じ、思わず私も固まってしまっていると、目が合ったエルヴィスは何事もなかったかのように、今度は穏やかな空気を纏って言った。


「僕の婚約者は他でもないミシェルだけだ。

 根拠のない話をされるのは許し難い。

 ……エマ殿下、というわけだからその話は今後一切持ち出さないでくれ」


 その言葉に、エマ様は小さく何かを呟いた。

 一瞬、それによってエルヴィスの眉間に皺が寄った気がしたが、彼は聞こえなかったふりをするように皆に席に座るよう促した。

 私も何だか落ち着かなくて、席に座り直した。


(これで少しは噂されないと思うけれど、それでもこのクラスの方々にはエマ様こそがベアトリス女王に認められた婚約者だとバレるのも時間の問題だわ)


 直接的にベアトリス女王とエマ様の間にどんな話を交わされているのかは分からないが、エルヴィスの婚約者であるとエマ様が言った際に、聞いていたであろう学園長が否定しなかったからエマ様の言っていることは本当なんだろう。


(今日は何も知らされていないと言い張ってエルヴィスは済ませていたけれど、今後エマ様がどう振る舞うかも分からないし……)


 エマ様とエルヴィスが並び座っているのを見て、私の心は締め付けられそうになるのだった。





 その日は皆、エマ様が婚約者であるという話には絶対に触れないようにしながら何処か私の顔色を伺っていた。


(私、そんなに顔に出ているのかしら……)


 それでも、その話をされるかもと身構えていた私の緊張は大分和らぎ、二学期初日は何事もなく終えた。

 放課後、一緒に帰ると約束してくれたエルヴィスは、目立たないよう二人で同じ馬車に乗ることになり、先に行ってそれぞれの御者にそのことを伝えに行ってくれた。

 私はその間に生徒会室にある資料を取りに行くことにした。


 私の生徒会としての最後の仕事となる“生徒会選挙”は今月末にある。

 準備期間が短いため、家に持ち帰ってやらなければならない仕事も多い。


(当日のプログラムは家に持ち帰って作った方が早そう。 取り敢えず、作るのに必要な材料を持ち帰らないと)


 エルヴィスが待っているから早くしないと、と慌てて持ち帰るものの整理をしていると、不意にノックをする音が聞こえた。


(? 誰かしら)


 私はガチャ、と扉を開け……、あ、と小さく声を上げた。

 その方はふわりと笑みを浮かべ、「良かった」と口にした。


「貴女は此処にいるかもと聞いたから来てみたの」


 そうエマ様に言われ、少し遅れて言葉を返す。


「そ、そうだったのですね。 ごめんなさい、少し驚いてしまって……。

 それで、ご用件は何でしょうか?」


 私が尋ねれば、彼女は笑みを浮かべる。


「早速なんだけれど、明日のお昼休みに学園内を案内して頂きたいの。

 此処に来るまでも迷って、何人にも尋ねてしまったから」

「! そうだったんですね。 この学園は広いですし、無理もありません。

 分かりました、明日のお昼休みにご案内致します」

「ありがとう! とても嬉しいわ」

「お役に立てれば何よりです」


 そう言って笑うエマ様の姿は本当に綺麗で、私は思わず見惚れてしまう。


「こうやって貴女を独り占めするから、エルヴィスは面白くないんでしょうね」

「え?」


 エマ様から飛び出した彼の名前にドキッと心臓が跳ねる。

 エマ様は頬に手を当て、「どうしてかしら」と口を開いた。


「私はミシェル様とお近付きになりたいだけなのに、エルヴィスは凄く怒るの。 近付くなって。

 幼い頃からの仲だというのに酷いと思わない?」


(っ、幼い頃からの、仲……)


 エマ様の言葉に、またズキリと胸の奥が痛む。

 その痛みに気が付かぬふりをしながら、私は微笑みを浮かべてみせた。


「エルヴィス……殿下とは幼い頃からお知り合いなんですよね。 それだけ何でも言い合える仲というのは素敵で羨ましいです」

「!? 私とエルヴィスの仲が?」


 エマ様の言葉に、私は自分が紡いでしまった言葉にハッとして慌てて弁明した。


「い、いえあの、お気を害したら申し訳ございません。

 私は幼馴染、とかそういう幼い頃からの知り合いみたいなものに憧れる、という意味で」

「あら、それならブライアンとは幼馴染と言えるのではないの?」

「!?」


 私は突然出てきた元婚約者の名前に違う意味でドキッとしてしまう。


(た、確かに言われてみればそうなる……わよね。 それこそ、腐れ縁とも言いたくないほどだけれど)


「……なるほどね」

「? 何か仰いましたか?」


 エマ様が何か呟いたのが聞こえず、私が聞き返せば、彼女は「何でもないわ」と笑って口にした。


「取り敢えず明日の学園の案内、楽しみにしているわ」

「はい、私もご案内できることを楽しみにしております」

「! ……ふふ、嬉しいわ。 ありがとう」


 そう言ってエマ様は優雅に淑女の礼をして教室の方へ行ってしまった。


(エマ様とお話していると、つい警戒心が薄れてしまう)


 エルヴィスには忠告されているけれど、何処を探してもエマ様が悪い人には見えないのだ。

 警戒しなければいけない相手、というのは、大体目を見て分かるのだけれど、私の目にはエマ様がそういう人には映らないのだ。


(どうしてだろう)


 不思議に思いながらも、エルヴィスが待っていることを思い出し、帰り支度を進めるのだった。



















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