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正式な婚約者

 エマ様がエルヴィスの婚約者。


 その言葉に驚きを隠せない私に、エルヴィスもまた驚いたような目でエマ様を見る。


(……っ)


 そんな見つめ合う二人の姿がお似合いに見えてしまって。

 私の心臓はドクンと嫌な音を立てる。


(どういうこと? エマ様が、エルヴィスの婚約者ということは、私は……)


 突然突きつけられた思いがけない言葉に、思考が追いつかない。

 そんな私を見て、エマ様はあら、と首を傾げて言った。


「二人共まだひょっとして知らされていないかしら?

 私とエルヴィスは婚約者だと、他でもないキャンベルの王妃殿下が正式にお取り決めになられたのよ」

「「!」」


(王妃殿下が……!?)


 嫌な予感は的中した。

 婚約者になるのには手続きが必要である。 ましてや王族は、その婚姻が国のトップである陛下自身に認められなければ当然、婚約も認められない。

 私もエルヴィスの婚約者だと認めてもらうために、婚約上にサインをして城に送った、はずだった。


(っ、もしかして、ベアトリス王妃殿下はわざと……!)


 私はハッと顔を上げたが、それをエマ様に直接告げる勇気は持ち合わせていなかった。

 シンと静まり返るその部屋で、私は学園長の方を向くと口火を切った。


「学園長、エマ様のサポートの件お受け致します。

 そして二学期、私は次の生徒会選挙を持って生徒会最後の仕事となりますが、最後まで役目を全うし、次の生徒会に繋げたいと思います。

 宜しくお願い致します」

「!」


 学園長が私を見て驚いたような表情を浮かべる。


(今私がすべきことは生徒会長としての仕事。

 動揺している姿を人には見せるわけにはいけないわ)


 震える心を奮い立たせるように淑女の礼をすると、今度はエマ様とエルヴィスの方を向かって少し息を吸うと口を開いた。


「……久しぶりにお二人にお会い出来て嬉しかったです。

 エマ様とエルヴィス殿下はお二人で積もるお話もありますでしょうし、私はこれで失礼致します。

 又後で教室でお会いしましょう」

「「!」」


 その言葉に、二人揃って目を見開く。


(この反応を見るからに、エマ様は私がエルヴィスの婚約者だと広まっていることをご存知、なのかしら)


 でも、正式な婚約者だと認められなかった今、私の立ち位置は……。


「……失礼致します」


 そして二人にも淑女の礼をし、私はその場を逃げるように後にした。






 学園長室の扉を閉めた後、気が付けば私の足は生徒会室に向かっていた。


(あ……)


 生徒会室の前で鍵を持っていない事に気付き、引き返そうとしたらガチャッとドアが開いた。


「「あ」」


 目が合い声を上げたのは、先程も会ったレティーだった。


「レティー、生徒会室に来ていたのね」


 私の言葉に、レティーは「えぇ!」と大きく頷いた。


「ミシェルは学園長室に行った後、この部屋に来るかなと思って待っていたの。

 ほら、もう少しで生徒会選挙もあるでしょう? 最後だし、私もミシェルを見習ってしっかり仕事をして、後輩に継がなきゃと思って役員候補の名簿をまとめていたの。

 後で目を通してくれる?」

「! ありがとうレティー。 今すぐ目を通させてもらうわ」

「……ミシェル、元気ない?」

「そ、そんなことはないわ」


(レティーはやっぱり鋭いわね)


 それでも心配そうな彼女を見て、私は「大丈夫よ」ともう一度自分にも言い聞かせるように言うと、生徒会室へ入る。


「これが生徒会候補の一覧ね。

 生徒会長への立候補が2名、副会長が3名、書記は……」


 レティーの分かり易い説明を聞きながら名簿に記された名前を追っていると、ふとレティーが話すのをやめた。


「ミシェル、泣いているの?」

「っ、え?」


 レティーの言葉に頬に手をやれば、冷たい滴が指先に触れる。

 泣いては駄目だ、そう思っても涙は止まらなくて。


「……っ」


 その理由は分かっている。

 気が付かないふりをしようとしても無駄だった。


(私のこの気持ちは、正式に認められていない)


 私が望んだ、エルヴィスと一緒にいたいという想いは許されないのだろうか……。


「ミシェル……」


 レティーはただ涙を流す私を見て、黙って背中をさすってくれたのだった。




(エルヴィス視点)


「一体どういうつもりだ」


 腹の底から怒りが収まらず、そう幼馴染、いや、腐れ縁といったところか、その彼女に向かって怒りを露わにして言葉を放つ。

 前を歩いていた彼女はくるっと振り返ると、相変わらず僕にしか見せない胡散臭い笑みを浮かべて言った。


「あら、婚約者に向かって何かしら、その態度は」

「ふざけるな。 僕は認めていない」


 そう間髪入れずに告げれば、今度はその言葉に彼女が鼻で笑った。


「認めていないも何も、貴方の国の王妃がお決めになられたのだから仕方がないじゃない」

「っ、君はそれで良いのか。 私と君との間に愛なんてない。

 それどころか」

「“愛なんてない”。 ……それを貴方が言うかしら?」

「!」


 エマはクスリと笑ったかと思うと、僕の前にツカツカと歩み寄ってきて挑発的に言った。


「貴方が前に言ったんでしょう? “政略結婚に愛なんて必要ない”って。

 その貴方の口からまさか、愛という言葉が出るとは思わなかったわ。

 ……やっぱり、貴方が幼い頃から憧れて愛してやまないあの子の影響かしら?」


 その言葉に、僕は思わず彼女の手首を掴んだ。

 一瞬顔を歪めたものの、なおも笑う彼女を見下ろして言った。


「……君が何を考えているかは分からない。

 今は百歩譲って大目に見ているが、もし彼女を傷付けるような真似をしてみろ、僕は例え君が王女だとしても容赦はしない」

「! あら、そうすれば私と貴方の国で戦争になってもおかしくないわね」


 大変だわ、と笑う彼女を見て何が面白いんだ、と思いつつ馬鹿らしくなって掴んでいた手を離した。

 彼女は大して力を入れていなかったというのにわざとらしく手首をさすり、「それにしても、」と思い返すように言う。


「風の噂で聞いてはいたけれど、彼女に随分な気の入れようね。 先程も思ったけれど、彼女は確かに肝が据わっていて他の令嬢方と訳が違うから面白そう。 

 これからの学園生活が楽しみ」


 その言葉にゾクッと背筋が凍った。


(エマは昔からそうだ。 何を考えているか分からない)


 彼女もまた頭が切れる。 人の弱点を掌握し、それを言葉巧みに操りながら嫌なところを突いてくる。

 一言で言えば要注意人物だ。


「とにかく、僕は君の相手をするつもりなんてさらさらないし、ミシェルを君に近付けさせはしない」

「あら、お言葉だけど彼女には学校の案内をしてもらうことになっているわ。 学園長にそう言われているもの」


(そういえば、ミシェルが確かに言っていたような)


 僕は思わず頭を抱えそうになったがもう一度舌打ちをして、「良いか」とエマに向かって念を押した。


「彼女には手を出すな。 それから余計なことを吹き込むなよ」

「ふふ、余計なことって何かしら? 貴方の幼い頃の話?」

「……」


(あぁ、よりにもよって何で僕はこの人と腐れ縁なんだ……)


 エマの相手は疲れる、と僕は深いため息を吐き、踵を返す。


「何処へ行くのよ」

「ミシェルのところだ」

「貴方の頭はその子のことばっかりね。 私のことはどうするのよ」

「さあ。 学園長室に戻れば誰かが案内してくれるんじゃないか」

「冷たい人」


 彼女に冷たい人呼ばわりされる覚えはない、と内心ツッコミを入れながら、代わりに「なんとでも言え」と口にすると、走ってその場を後にしたのだった。


(っ、ミシェル)



 そして一人残されたエマは、その背中を見て薄く笑った。


「……へえ、あのエルヴィスがこんなに執着するなんて。

 ミシェル・リヴィングストン……ね。 

 ふふ、折角此処まで来て自由になれたんだもの、楽しまなきゃ損よね」


 そう口にして、近付いてきた足音の方を振り返り、目が合ったその主に笑みを浮かべたのだった。





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