表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
34/127

信じているから

6月、期末試験編開始致します。

 6月。

「……あら、雨……」


 放課後、学園の図書室の窓からふと空を見上げれば、いつの間にかしとしとと雨が降っていて。


「……そろそろ、帰らなければね」


 パタリ、と教科書を閉じ、雨がこれ以上強くならないことを祈りながら、教科書やノートを鞄にしまっていると。


「あれ、ミシェル?」

「! ……エルヴィス殿下」


 図書室に用があったのだろうか、私を見て驚いたような顔をする彼に向かって口を開く。


「まだ帰っていなかったのね」

「あぁ。 ……ミシェルはこの時間までここで勉強を?」

「えぇ、もうすぐ期末試験だもの。 しっかり勉強しておかないと」


 イベントの次は、期末試験。

 今回もしっかりと勉強をして良い成績を残さないといけない。

 だって、私は……。


「流石だね、ミシェルは。 ……でも」

「!」


 彼が不意に、私の頭を撫でる。

 その行動に驚けば、彼はアイスブルーの瞳を細めて笑った。


「あまり気を張ってはいけないよ? きっと君のことだろうから、自分のことより僕の“婚約者”だから良い成績を、とかそういうことを気にしているんだろう?」

「っ、ど、どうしてそれを……」

「ふふ、君のことなら何でもお見通しだよ」


 彼はそう言って、不意に私の制服に目を向け……、柔らかく微笑んだ。


「……付けてくれたんだね。 そのピンバッジ」

「!」


 彼の視線の先、それは、私が以前貰った“婚約者の証”である、彼のイニシャルが入ったピンバッジで。


「……か、勝手に付けてしまったのだけど……、良かった、かしら?」

「勝手に付けるも何も、僕が以前言った言葉を覚えていてくれたんでしょう?」

「!」


 それは、婚約者の証を貰った直後に言われた言葉。


 ―――もし……、君の気持ちが少しでも、僕に向いてくれたら。

 その時は……、君が弟の婚約者であった時と同じように、校章の横に僕の婚約者である“証”を付けてくれたら嬉しい。


 私は小さく頷けば、彼は少し悪戯っぽく笑って言った。


「そうだよね、これで僕達は、晴れて両思いになれたわけだし」

「!?」


 彼の直接的な表現に、思わず私は顔が赤くなるのが分かる。

 それを見た彼は、態とらしく笑って口にした。


「あれ? 両思いじゃないんだっけ?」

「……意地悪」


 私がそう返せば、彼は少し驚いたように目を見開いて……、ボソッと呟いた。


「あーあ、いつまで我慢出来るかなあ」

「!?」


(そ、それはどういう意味!?って聞きたいけど、ここで突っ込んでしまっては、また彼の思う壺になる気がする……)


「っ、あ、雨が本降りになっては大変だし、私はお先に失礼するわ!」

「っ、逃げられた」


 彼のククッと笑う声とその言葉に、私はやっぱりからかわれたんだと再認識しながら、火照った頰を冷ますように、足早にその場を後にするのだった。





(学園長がお話って……、何だろう)


 翌朝、登校してくると、レティーから学園長が私をお呼びだと告げられ、私はすぐに学園長室へと向かった。


(でも……、イベントもないこの時期に、何故お呼びがかかったのかしら? 例の薔薇の件は殿下が内密に済ませた、と言ってくれていたけれど……)


 私はそう不思議に思いながら、学園長室の扉をノックし、扉を開けると、其処には。


「! エルヴィス殿下?」

「! え、ミシェル!? どうして此処に……、まさか」


 彼は何故か、少し青褪めたような表情をした後、学園長を睨みつけるように見る。


(ちょ、ちょ、殿下! 幾ら長い付き合いだと言っても、相手は学園長よ!?)


 そんな私の視線と彼に向けられた視線を見て、学園長は息を吐くと、分厚い眼鏡をクイッとあげ、私に扉を閉めて入ってくるよう促す。

 それに従い、彼の隣に立てば、学園長は何処か険しい表情で殿下の方を見る。

 そして、口を開いた。


「……エルヴィス殿下。 私が如何して、貴方方を呼んだのか……、貴方なら分かるでしょう?」


(! や、やっぱり何かやってしまったかしら)


 そう一瞬焦りが過った私を他所に、彼は厳しい表情で静かに口を開いた。


「分かっていますよ。 ですがどうして、彼女を……、わざわざミシェル嬢を呼んだのですか?

 彼女には関係のないことだ」

「!」


 私は思わずその言葉に彼を見上げた。


(っ、線引き、された……?)


 “彼女には関係ない”

 その言葉は、彼の口から飛び出ると、何倍にも膨れ上がって深く胸に突き刺さる言葉で。

 それに気付いた彼が、ハッとしたように慌てて私を見て言った。


「ご、誤解だよ、ミシェル。

 僕はこんなこと、君に知らせる必要はないと言っているだけで」

「そうはいきませんよ、エルヴィス。

 ……こうして彼女を呼んだのは、貴方が心配だからという私の気持ちからです」

「し、心配……?」


 一体、何の話をしているのだろう。

 頭の中で疑問符が浮かび続ける私に、学園長は「良いですか」と私と殿下を交互に見て言った。


「今度、期末試験がありますね」

「は、はい……。 ?」


(? 何故其処で期末試験の話が……?)


「その試験まで……、ミシェルさんにとって迷惑な話かもしれませんが、エルヴィス殿下と一緒に勉強をして頂けないかしら?」

「!?」

「は!? 学園長!?」


 その言葉に、エルヴィス殿下は素で驚いたようで、慌てて口を開いた。


「だ、だから大丈夫だと言っているだろう!

 今回は真面目にやると」

「こ、今回?」


 私が思わずその言葉に突っ込めば、学園長は深くため息を吐いて言った。


「ミシェルさん。 この通り……、エルヴィス殿下は今迄、試験をまともに受けた試しがないのです」

「!? で、殿下!? それは本当なの!?」


 思わず私が彼に詰め寄れば、彼は明後日の方を向いてしまう。


「……その結果、彼は……、今回、他の誰よりも良い成績を収めなければ……、卒業出来ない。 最悪の場合、落第するとの先生方の見解が出たのです」

「!?!? え、エルヴィス殿下!!」

「……その話をなにも、彼女に言わなくて良いだろう……」


 そう言って蹲ってしまう彼に対し、私は少し迷ってから口を開く。


「あの、その……、今回の試験の結果が良ければ、彼はきちんと卒業出来るんですよね……?」

「えぇ、今回さえ頑張ってくれれば……、何とかなるでしょう」

「……分かりました。 それなら、私が彼と一緒に勉強します」


 私はそう言うと、彼に手を差し伸べる。


「殿下、いつまでも蹲っててはいけませんよ」

「……」


 そう言った私の言葉に彼は何も言わず、私の手を取って立ち上がる。

 それを見ていた学園長は、ゆっくりと口を開いた。


「では、宜しくお願い致しますね」


 その言葉に私は頷いたのだった。





 そして、学園長室から出て教室へ向かっている途中、何処か暗い表情の彼を見て、私の心の中ではずっと引っかかっていることがあった。 ……それは。


(……以前……、“手を抜いていた”と言っていた)


 それが何を意味しているのか、未だに分からないけれど……、やはり彼には、何か抱えているものがあるのではないか、と。


(だって……、今迄の彼を見てきたら分かる)


 エルヴィス殿下は頭の回転も運動神経も、全てにおいて万能であると。


(だから今迄の試験だって、彼には何か考えがあって、手を抜いているのだとしたら……)


「……ミシェル」

「!」


 不意に彼に名を呼ばれ顔を上げれば……、困ったような、何処か泣き出してしまいそうな、見ていて痛々しい笑みを浮かべて彼が口を開いた。


「格好悪いところを、見せたよね。

 ずっと……、言わなくては、と思っていたんだけど……」


(……手が、震えてる)


 そう言っている間、殿下の握った拳が、小さく震えているのが分かって。


「っ、僕は……、!」


 私は思わず、その手を両手で握った。

 そして、首を横に振ってゆっくりと言葉を紡いだ。


「無理しないで。 貴方が……、言いたくないことは、無理して言わなくて良いから」

「! ミシェル……」


 本音を言ってしまえば、彼が何を思い、何を抱えているのか、知りたいと言う気持ちはある。 そうすれば、彼がたまに見せる悲しげな表情をしている理由が分かるだろうし、それを一緒に抱えてあげられることが出来ると思うから。

 ……だけど。


「……いつか、殿下が……、言いたくなったら。 私にも、伝えられると思ったら……、その時、ちゃんと話を聞かせて。

 私は、それで逃げたり、貴方を嫌ったりなんて絶対にしないから」

「っ、ミシェル……」


 彼の握っていた拳が解かれたと思ったら、今度はギュッと、私の手を包み込むように手を握られて。

 そして彼の額が、私の額と重なった。


(! ……泣いている……?)


 近くなった距離によって、目の前にあるアイスブルーの瞳に、ほんの少し涙が溜まっていることに気付いて。

 私はそんな彼の姿を見ないようにと、目を瞑って、静かに彼だけに聞こえるような声で告げた。


「エルヴィス、私はいつだって、貴方の味方だわ。

 ……信じて、いるから」


(だから、負けないで)


 私はそう思いを込めるように、彼に握られた手をそっと握り返したのだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ