大人たちの夜
リーナさんの猫たちを召喚した次の日、まったりと午後のひとときを楽しんでいた。そんな俺の休日は、一本の電話で一変したのだった。
『にゃ~ん、にゃ~ん、にゃ~ん』
「はい、もしもし?」
『アルフレッドだが、タケル君、今は大丈夫かね?』
「はい、のんびりしていただけですので、大丈夫ですが?」
『そうか、せっかくの休日に申し訳ない。今、ヘンリーも来ていてね、君が珍しいお酒を扱っているという噂を聞いたのだよ』
あ~、リーナさんか! さっそくギルドで猫の話とか色々したんだろうな。
猫カフェの宣伝になるから、猫の話はいいんだけど、お酒の話題がヘンリーさんの地獄耳に入っちゃったか……。
「何のお話か、さっぱり私には分からないのですが……」
俺は猫と暮らしたいだけで、あまり商売の幅を広げる気がないんですよ。
ゴンゾさんに渡した一種類であれば、提供してもいいけれど、それ以上は却下!
『まあ、そう警戒しないでくれたまえ。貴重なものだということは理解をしている。だがね、少年にはまだ理解できないかも知れないが、我々にとってお酒とは、とても魅力的な物なのだよ』
大丈夫です、知ってます。俺自身がその魅力にとり憑かれているのではなく、とり憑かれている人々を知っているからですが。
『無理を言っているのは分かってはいるが、何とか飲める機会を作ってもらえないだろうか?』
気持ちは分かるんですけどね、正直面倒――
「――分かりました、明日の夜まで待ってもらえますか? 特別なお店にご招待致します。ただ、招待するのは領主さまとヘンリーさまだけです、使用人もなしです。私が迎えにいきますので」
『そ、そうか! 明日の夜か! 使用人の件は何とかしよう、タケル君の案内ということであれば、説得も問題ないだろう』
領主さま、喜びすぎだろう……。
「では明日、陽が落ちた頃、お電話しますね」
『ありがとう、よろしく頼む!』
「はい、それでは準備がありますので、失礼致します」
飲める機会を作って欲しいと聞いて、ちょっと閃いてしまった俺は、さっそく行動に移すことにした。
「エルナさん、こんにちわ!」
「あらタケルさん、どうされました? あの、申し訳ないのだけれど引っ越しの準備はまだ……」
「引っ越しの件では……なくもないかな? って、それを確認しに来たのではなく、物件だけ先に引き渡したいので、新居まで付いてきてもらえませんか?」
まずは、マイホームとして登録されているエルナさんの新居を、俺の管理委託物件としてエルナさんへ引き渡す手続きをした。
これで建築できるマイホーム枠がひとつ開いた。
そして俺は、マイホームの対面にもう一軒、新しい家を建てた。
「ふふふ、ちょっと楽しくなってきたぞ! でも明日の夜に間に合うかなぁ……まあいい、頑張ろう!」
一人呟いて振り向くと、楓と紅葉が窓から俺を眺めていた。うん、可愛い!
そして次の夜……
『お待ちしておりましたタケルさま、旦那さまにお繋ぎ致しますので、少々お待ちいただけますでしょうか』
わずか数コールで電話に出るセバスチャンさん……待ち伏せされた気分です。
『アルフレッドだ、こちらはいつでも大丈夫だが、どうすればよいのだ?』
「では、お迎えに参りますので、庭の家でお待ちいただけますか?」
『分かった、すぐに向かう』
そして、セカンドハウスに転移すると、そこに居たのは領主様、ヘンリーさま、セバスチャンさん、そして案の定ソフィーさま……。
「ソフィーさま、やっぱり付いて来られましたか」
「すまないタケル君……」
「わたくしはタケル君に会いたかっただけですよ。でも、連れていっていただけると、とても嬉しく思います!」
うーん、これで連れていかないのは可哀想だなあ。セバスチャンさんも、ソフィーさまに付いて来ただけだろうし、まとめて連れていくか!
「分かりました、ソフィーさまも御一緒にどうぞ。ただ、あまり騒がしくしないように。あと、セバスチャンさんもせっかくですから一緒にどうですか? あ、飲めないのであれば無理強いはしませんが……
」
「よろしいのですか?」
セバスチャンさんは許可を求めるように領主様へ視線を投げる。
「タケル君がよいのであれば構わぬ」
「では、セバスチャンさんも御一緒にどうぞ。ただ、今日お連れするお店では貴族や使用人の区別はなく、皆さんただのお客様です。といってもセバスチャンさんには難しそうですので、その辺は領主様がどうにかしてください」
「承知した」
領主様もヘンリーさまも納得してもらったところで、さっそく向かいますか!
「では、参りましょう!」
そして転移した先は、薄暗く照明に照らされた一つの扉の前である。
黒い扉には猫の瞳が二つ輝いている。ちなみに猫の瞳はペンキで書いた自信作だ。
「ショットバー『キャッツ』へようこそ!」
そう、そこは趣味全開で作った、異世界のお酒をバーテンダー「俺」が提供するショットバーだった。
「暗いので気を付けてくださいね。カウンターしかないので、こちらへ座ってください」
四人をカウンターへ案内するが、皆さんキョロキョロと忙しそうである。
ただ、ソフィーさまだけは目敏く猫を発見する。
「箱のなかに猫さんが住んでいる……訳ではないのですね」
天井からぶら下げた二つの超高解像度液晶テレビには可愛い猫映像を垂れ流している。
それに一番近い椅子へソフィーさまは腰掛ける。背もたれ高め、座り心地抜群のを選んだつもりです。
「ここは、酒場なのか?」
「はい、ヘンリーさま。私の世界にあったショットバーというお店です」
皆さん席についたところで、システムの説明でもしようかな。その前に猫映像に夢中なソフィーさまへ、オレンジジュースでも出しておこう。
「ソフィーさま、甘い果実を絞った『ジュース』と言うものです。お酒は入ってませんので大丈夫ですよ」
「はい、頂きます!」
と言いつつ、猫に夢中だ。
「では、ここからは大人の時間ということで……お酒のメニューというものはございませんので、好きにご注文頂いて構いません」
「リーナ君の言っていたお酒はどれになるのだろうか?」
やっぱり情報源はリーナさんでしたね。
「ウイスキーという種類ですね。あまり色々なお酒を飲むと味が混ざって勿体ないですから、今日はウイスキーで楽しんでみましょうか? これだけでも結構な種類があるんですよ」
色々なフレーバーを楽しめるように、ショットグラスに少しずつ提供して、舌をリセットするための水と一緒に飲んでもらう。
「これは……」
「だ、旦那さま……使用人風情が飲んでよいものではございません……」
「ヘンリー、セバス、深く考えるな……旨い酒に失礼だ」
それぞれ気に入ったフレーバーを基本ロックで飲んでもらいながら、大人たちの時間は過ぎていく。
そんな感じで、ショットバー「キャッツ」の第一夜はウイスキーナイトとして始まり、ソフィーさまが眠ってしまうまで続いたのであった。
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