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ミドルフェイズ3

 S市支部とM市支部の協力調査が始まった翌日のこと。

 ジバシは一人で町を歩いていた。調査活動に熱中していて少し遅くなってしまったが、一度調査を休憩し昼食が食べられそうな店を探している。

 雲一つ無い秋空の中、真上をやや過ぎた太陽が日差しを目一杯に降らせている。それを半目で睨み、日差しから逃げるように駅前商店街のアーケードへ入った。

 今の気分はパスタ、それもナポリタンだ。どこかにナポリタンが食べられる店はないかと視線を巡らせていると、正面から見覚えのある人物が歩いてきた。

 稲見月子、ジバシがこのS市で調査活動を始めた初日に偶然であった女性だ。彼女と目があう。無視するのも失礼と思い、ジバシは軽く頭をさげて声をかける。


「あれ、お久しぶりです」

「あっ、貴方はこの間の。あのときはありがとうございました」

「あぁ、いえいえお気になさらず」


 互いに何度か頭を下げあう。


「お買い物ですか?」

「美味しいナポリタンがある店を探していて」


 昼食をとろうとしていたところだと伝えると、稲見は「あら、そうなんですか?」と笑った。


「ちょうど私もお昼ご飯を食べようと思っていたところだったんです。良かったら一緒にいかがですか?」


 胸の前で両手を合わせる仕草をし、背の高いジバシを見上げるように提案する稲見。年上の女性とは思えないような、あざとくも可愛らしい仕草だった。おそらく本人は無意識なのだろうが。

 そんな彼女に微笑を返し、ジバシは頷く。


「ああ、是非」

「この少し先に美味しいと口コミで評判のパスタ屋があるんですよ」

「良いですね、行きましょう」


 稲見に案内され、ジバシは彼女おすすめのパスタの店にやってきた。店内はゆっくり出来そうな落ち着いた雰囲気で、少し遅めの時間だったからか待ち時間もなく席へ案内された。

 店員がすぐに注文を取りに来る。稲見はメニュー表を手に取り軽く眺めると、すぐに注文を決めた。


「私はこのクリームパスタを」


 ジバシも同じようにメニュー表を眺める。色とりどりのパスタが写真と共に紹介されている。その写真を見ていると、当初食べたかったナポリタンよりも稲見が頼んだクリームパスタの方が美味しそうに見えてきた。


「あー……同じものをもう一つ」


 結局、ジバシもクリームパスタを注文することに。


「あ、あれ? 赫枝さんはナポリタンじゃなくて良いんですか? 確かにクリームパスタも美味しそうですが……」

「ナポリタンは口が汚れそうなので……」


 注文をしてしばらく待っていると頼んでいたクリームパスタが運ばれてくる。暖かに匂い立つソースの香りがとても食欲をそそる。


「わぁ、美味しそう。早速頂きましょうか」

「そうですね、頂きます」


 二人は手を合わせ、運ばれてきたパスタを食べる。

 稲見がお勧めするだけありクリームパスタはとても美味しい。稲見とジバシは食事を楽しみながら、世間話になる。


「ジバシさんはこの町に住んでいらっしゃるんですか? ……以前、家がないみたいなことを仰っていた気がしますが」


 稲見が様子を窺うように尋ねた。初めて二人が出会ったときにジバシが言っていたことを思い出して気になったのだろう。


「今は支部長の――いや店長の、隣町にある喫茶店で住み込みで働いています」


 思わず口に出た支部長という言葉を店長と言い直し、UGNのことを伏せつつ答えるジバシ。彼は実際に支部長の双葉が経営する喫茶店で従業員として働いている。その分の給料も貰っているし、住み込みなのも真実だ。


「喫茶店で住み込みですか」

「ええ、ちょっと屋根裏で」


 まだ高校生の年代であるジバシが住み込みで働いていることに、稲見は感心する。


「まだ若いのに苦労していらっしゃるんですね」

「いやぁ、今のご時世に住み込みで働かせてもらえるだけありがたいですよ」

「へぇー、赫枝さんは立派ですねぇ」


 稲見に褒められ、ジバシは内心で胸を張った。

 その一方で、ジバシは改めて冷静に彼女を観察した。

 外見から予想するに、稲見は二十代前半から中頃。働く女性も当たり前になった今の時代、ジバシはまず仕事から彼女のことを聞き出すことにした。


「稲見さんは、お仕事は何をされているんですか」

「仕事はもう辞めてしまったんですよ。以前は会社勤めをしていたんですが、結婚を考えていてそれを機に」


 にこやかに笑う稲見は嬉しそうだ。どうやら結婚の相手がいるらしい。彼女の左手の薬指に指輪はまだないが、今は入籍にむけて色々と準備をしているところなのだろう。ジバシも微かに笑顔を作り、次々に質問を投げかけてゆく。


「あ-、そうなんですね。この町には長いんですか?」

「いえ、私はこの町に引っ越してきたばかりなんです」

「その前はどちらに?」

「以前は東北の方に」

「あぁー、東北に。東北は良いところですよね」

「ええ、空気も美味しくて住みやすい町でした」

「最近、何か困ったこととかあったりしました?」

「困ったことですか? うーん、やっぱり今だと雷の話ですかね? 怖いですよねぇ」

「あー、やっぱりそうですか。何か雷について、詳しい噂とかあったりします?」

「噂ですか……? いえ、私はそういうのに疎くて。消防の人とかが、対策とかしているんでしょうか?」

「そうですねぇ。ウチの店長も色々と調べてくれれば良いんですけどねぇ?」


 店長、もといUGNの支部長である双葉も今回の事件解決のために動いている。優れたノイマンである彼の調査成果がどれほどになるだろうかと、ジバシは苦笑する。


「へっ? 喫茶店の店長さんは、消防団か何かをされているんですか?」

「あー、まぁそんなところです」


 苦笑いを深め、ジバシはパスタを口に運んだ。




「では、私はそろそろ夕食の買い物があるので失礼しますね。一緒に食事が出来て楽しかったです」


 食事を済ませ、その後も世間話を中心に話し込んでいた二人だったが、ちらりと腕時計を確認した稲見は荷物を纏めて立ち上がる。ジバシも時間を確認するともう一時間半近くも話し込んでしまったようだ。随分と会話が弾んだ。


「いえいえ、こちらこそわざわざありがとうございました」

「また機会があれば一緒にお食事しましょう」

「そうですね、是非!」


 ジバシは前のめりになりながら返事を返す。

 二人は会計を済ませて店を出た。その別れ際、商店街の方へ歩いていく稲見の背中を見送っていたジバシはふとその姿に違和感を覚えた。

 なにかが不自然だと思い注意深く観察すると、彼女の歩き方が妙だということに気がつく。

 彼女は足を怪我しているようには見えないが、何故か歩き方が不自然でぎこちない。それはまるで体を動かして歩くことに慣れていないようにも見えた。

 それが妙に気になる。

 些細なことだが、ジバシの中には僅かなしこりのような違和感として残った。


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