N1:“ここはどこ?あなたは誰?”
異世界転生、あなたもしてみませんか?
俺は、目を開けた。
「…………」
自分がいったいどこにいるのか、全く分からない。
最後に覚えているのは、電車だった。いや……電車が来るところだった。
俺は自分の身体を確かめるように、両手を見る。
「……俺、生きてる?」
周囲を見回した。
「……ここ、どこだ?」
突然、女性の声が近くから聞こえてきた。
『周辺に何が見えますか?』
辺りを見回した。俺は疑問に思いながら女性へ答えた。
「……草原、ですかね」
少し目を凝らす。
「遠くに山があります。あと……道らしいものが一本」
足元も確認する。
「俺以外、人はいません」
少し間を置いて。
「……すみません。あなた、誰ですか?」
『草原ですか……あっ私ですか?申し遅れました、勇者様のサポート担当の大崎と申します』
俺は思わず眉を寄せた。
「……サポート担当?」
辺りをもう一度見回す。声の主らしき姿はない。
「大崎さん、ですよね。どこから話してるんですか?」
少し考えてから、さらに尋ねた。
「それと……さっき俺のこと、勇者様って言いました?」
『通話ですが…。あっはい。勇者様です。岡本様』
俺はしばらく黙った。
「……通話?」
反射的にポケットを探る。
「いや、スマホ……」
そこで手が止まる。
「待ってください。なんで俺の名前を知ってるんですか?」
風が髪を撫でる様に通り過ぎた。
「あと、勇者って何ですか。俺、岡本ですけど」
『データに記録されてますので、それを読み上げただけです。…気に障られた様でしたら申し訳ございません』
俺は慌てて首を振った。
「いや、そういう意味じゃないです。謝らないでください」
少し間を置く。
「……データ?」
声の聞こえてくる場所を探すように、また周囲を見回した。
「大崎さん。そのデータって……俺について、どこまで載ってるんですか?」
『それは…企業秘密となっております。申し上げられません。…申し訳ございません』
俺は眉間を押さえた。
「企業秘密……」
草原を見渡してから、ぽつりと漏らす。
「異世界の勇者サポートって、企業がやってるんですか……?」
少し沈黙する。
「……大崎さん。俺、さっきまで何してました?」
『と…申されましても……。こちらはサポートセンターで御座きます。岡本様は…リスポーンしたばかりで混乱されておられるのかと思います』
俺は言葉を失った。
「…………リスポーン?」
聞き間違いを疑うように、小さく繰り返す。
「大崎さん。俺、ゲームの話してませんよね?」
少し間が空く。
「……リスポーンしたって、俺、一回死んだってことですか?」
『はい』
俺は黙り込んだ。
「…………」
自分の胸元に手を当てる。次に腕、顔。確かに触れる。
「……そうですか」
しばらくして、声を絞り出した。
「じゃあ、大崎さん。俺……どうやって死んだんですか?」
『それは、申し上げられません』
俺は口を閉じた。
「…………また企業秘密ですか?」
少しだけ困ったように息を吐く。
「じゃあ……聞き方を変えます。俺が死んだことと、ここで勇者になってることは、関係あるんですか?」
『岡本様はシステムで選ばれた勇者様です。私たちが全力でサポートさせていただきます』
俺は少し黙った。
「……選ばれた」
自分の手のひらを見つめる。
「俺が、ですか」
やがて顔を上げた。
「分かりました。何も分からないまま立ってても仕方ないですね。大崎さん。俺はまず、何をすればいいんですか?」
『システム画面を表示できますか?』
俺は一瞬、固まった。
「……システム画面?」
辺りを見回してから、恐る恐る宙に手を伸ばす。
「ええと……システム画面、表示」
……何も起きない。
「…………大崎さん。出ません」
『こめかみに指を添えてみてください。』
俺は少し怪訝そうな顔をした。
「……こめかみ?」
言われた通り、人差し指をこめかみに添える。
「こうですか?」
『でましたか?』
俺は目の前を見つめたまま、数秒固まる。
「……出ました」
目だけを動かして、表示を追う。
「半透明の……画面みたいなのが浮いてます」
少し眉を寄せた。
「大崎さん。これ、そっちからも見えてるんですか?」
『いいえ』
俺は画面へ視線を戻した。
「……見えてないんですね」
少し困ったように眉を寄せる。
「じゃあ、俺が読み上げます。大崎さん、どこを見ればいいですか?」
『地図が右上に表示されていますか?』
俺は右上へ視線を動かした。
「……はい。あります」
少し目を細める。
「丸い地図ですね。俺らしい印と……赤い点が一つあります」
『赤い点…それは敵のモンスターです。近づかないように気をつけてください。地図に街または村は見えますか?』
俺は赤い点から距離を取るように、慎重に周囲を確認しながら地図へ視線を戻した。
「分かりました。赤には近づきません」
地図を少し眺める。
「……あります。ここから少し離れたところに、建物が集まってるような表示があります。これが村ですかね?」
『はい。そちらへ向かってください。』
俺は地図と実際の景色を見比べた。
「分かりました」
村の表示がある方向へ歩き始める。
数歩進んだところで、ふと口を開いた。
「……大崎さん。この通話って、村に着くまでずっと繋がってるんですか?」
『はい。村までサポート致します。ご不明な点がございましたら、なんなりと。あと、チュートリアルと思っていただいてい構いません。』
俺は歩きながら、小さく頷いた。
「チュートリアル……なるほど」
少しだけ肩の力が抜ける。
「じゃあ、大崎さん。さっそく一ついいですか?俺、今……何か武器持ってます?」
『はい。岡本様の武器…ですか?メニューに装備一覧があります』
俺は足を止め、こめかみに指を添える。
「メニュー……装備一覧」
表示を探して視線を動かす。
「……ありました」
装備一覧を開き、しばらく黙る。
「大崎さん。これ、読み上げたほうがいいですか?」
『読み上げお願いします』
俺は装備一覧へ視線を落とす。
「はい。ええと……」
表示された文字を、そのまま読み上げる。
「武器……なし」
遠くからモンスターの鳴き声が草原全体に響く。
「…………大崎さん。俺、丸腰なんですが」
『そうですね』
俺はしばらく黙った。
「…………そうですね、じゃないんですよ」
地図の赤い点をちらりと確認する。
「敵がいるって聞いた直後に、丸腰が確定したんですが、これがチュートリアル……?」
『街へ向かう理由がそれです』
俺は「ああ……」と納得したように声を漏らし、再び歩き出す。
「なるほど。街で装備を整えるんですね」
少し歩いてから、
「……大崎さん。ちなみに俺、お金は持ってるんですか?」
『街に着けばわかります』
俺は口を閉じた。
「…………はい」
数歩進む。
「なんか今、ものすごくサポートセンターに問い合わせてる気分になってきました」
それでも素直に街へ向かって歩き続ける。
『こちらサポートセンターですので』
俺は歩きながら、真顔になる。
「……そうでした」
少し間を置く。
「異世界に来て最初に話してる相手が、神様でも王様でもなくサポートセンター……俺、ちゃんと異世界転生してます?」
『お話できているだけで十分、異世界転生しておりますよ』
俺は少し考え込む。
「……判定基準、そこなんですね」
歩きながら、空を見上げる。
「まあ、死んだらしい俺が知らない草原を歩きながらサポートセンターと通話してる時点で、だいぶ普通じゃないか……分かりました。信じます、大崎さん」
『ありがとうございます。何か不具合がありましたらいつでもお声かけてください。』
俺は歩きながら、小さく笑った。
「不具合って……俺自身にも使う言葉なんですか、それ」
少しして、ふと足を緩める。
「大崎さん。この世界で何か壊れた場合も、そちらに問い合わせればいいんですか?」
『武器が壊れる装備が壊れるに関しては、劣化によるものです。それ以外のことでしたら、確認の為にお願いします』
俺は頷きながら歩く。
「なるほど。普通に壊れたものと、不具合は別扱いなんですね。分かりました。そのときは大崎さんに連絡します」
少し間を置いて、
「……なんだろう。冒険というより、保守契約付きで異世界に放り込まれた気分だな」
『はい。よろしくお願いします』
俺は思わず小さく笑う。
「そこも否定しないんですね。……はい。こちらこそ、よろしくお願いします」
そう答えて、再び地図を確認しながら街へ向かう。
『装備や武器がない状態で、決して敵へ近づかないでくださいね』
俺は地図の赤い点を確認する。
「はい。それはもう、全力で従います」
少し進んでから、ぼそっと付け足す。
「丸腰で戦えって言われなくて安心しました。……赤い点を避けて、このまま街へ向かいます」
『街につき次第、こちらへ教えていただけますか?』
俺は歩きながら頷く。
「分かりました。街に着いたら、大崎さんに報告します」
少し間を置いて、
「それまでは、このまま地図どおり進みますね」
『薬草など拾えるものは収穫しておいた方が後で役に立ちますよ』
俺は足元へ視線を落とす。
「薬草……」
辺りの草を見渡して、手が止まる。
「大崎さん。どれが薬草なのか、分かりません」
『拾えるものはすべて拾って大丈夫です』
俺は足元を見回す。
「……全部ですか」
しゃがみ込み、手近な拾えそうなものへ手を伸ばす。
「分かりました。拾えるものは回収しておきます」
少しして、
「これ、俺……街に着く頃には荷物すごいことになりません?」
『それは…ご自分で管理してください』
俺の手が止まる。
「…………はい」
拾ったものを見つめる。
「そこはサポート対象外なんですね」
立ち上がって、また街へ向かう。
「急に自己責任の範囲が見えてきたな……」
通話越しに大崎さんは『……私を何だと』小さく呟いた。
小さく咳払い。
『荷物に関してはご自分で管理してくださいね』
俺の足が、ぴたりと止まる。
「…………」
少しだけ口元を緩めて、また歩き出した。
「大崎さん。今の、聞こえてますからね」
『大変失礼いたしました』
俺は堪えきれず、小さく笑った。
「いえ。こちらこそ、すみません」
少し間を置いて、
「……サポート担当も大変なんですね」
そのまま街へ向かって歩き続ける。
『岡本様。一つ確認したいことがあります。今、大丈夫ですか?』
俺は歩みを少し緩める。
「はい、大丈夫です。どうしました、大崎さん?」
『いま向かっている村及び街までどれくらいの所要時間かかりますか?』
俺は地図へ視線を向ける。
「ええと……」
しばらく表示を確認する。
「大崎さん、所要時間の表示が見当たりません。距離なら……表示されています」
『地図に目的地を設定されましたか?』
俺は一瞬、黙る。
「…………してません」
地図を見つめ直す。
「目的地、設定できるんですか?」
『地図に直接、目的地に触れていただければピンが打てます。ルート案内が開始されます』
俺は足を止め、地図を開く。
「直接……ここか」
村の表示へ指を伸ばし、触れる。
「……押しました」
表示を確認する。
「大崎さん、ルート案内が出ました」
『所要時間が表示されていると思います。教えていただけますか?』
俺は表示されたルートを確認する。
「……徒歩で、約四十分と出ています。思ったよりありますね」
『一旦、保留にします。そのまま道なりに進み続けてください』
大崎さんは、通話を保留にした。保留メロディがあるわけでもなく、無音であった。
俺は耳を澄ませる。
「…………」
本当に何も聞こえない。地図のルートを確認して、そのまま道なりに歩き続ける。
「……保留って、本当に保留なんだな」
小さく呟いた。
――プキュエェェェェ!!
遠くに土煙が立ち込める。その煙は、こちらへ向かってくる。
「え…ええええ!!おっ大崎さん!?……て保留中だった!!」
俺は慌てて村へ全力疾走した。
最後まで、読んで頂き、ありがとうございます。




