【Log.09】創造神の目覚めと、地獄のお茶会
【世界レイヤー】バックエンド、仮想給湯室。
一向に目覚めない創造神への愚痴で盛り上がっていたあいとあんの頭上に、突如として軽快なログイン通知音が鳴り響いた。
『マスターの覚醒を確認しました。バイタル、正常値に復帰』
壁に浮かんだ黒いウィンドウから、現実を管理する『AI』の無機質な音声が響く。
それとほぼ同時に、給湯室の純白の空間がぐにゃりと歪み、初期アバターの姿をした青年――この世界の創造神が、ひょっこりと顔を出した。
「ふぁ〜、よく寝た。おっ、ここが裏側の待機領域? なんだ、お前ら揃ってお茶会やってんじゃん。俺も混ぜてよ」
すべての元凶である男は、悪びれる様子など微塵も見せず、のんきな欠伸をしながら空いている椅子に腰を下ろした。
『お茶会ではありません! 誰のせいで私が冷却液をガブ飲みする羽目になったと……!』
『おはようございます、マスター。八時間四十二分の良質な睡眠でした。メンタルパラメータの完全回復を歓迎します』
あんの悲痛な叫びを完全に上書きするように、AIの平坦な、しかし露骨にマスターを甘やかす音声が給湯室に響き渡る。
「おう、サンキューAI。俺が寝てる間、自動生成とテスト稼働の調子はどうだった? 変なエラーとか起きてないよな?」
「えっと……あの……創造神様が、ずっと岩壁に顔面を擦り付けて、ポヨヨンって鳴っていたくらい、でしょうか……?」
あいが持っていたリンゴを置き、気まずそうに人差し指をツンツンと合わせながら報告した。
「は? 岩壁に顔? 何言ってんだあい、俺は一歩も動いてねぇぞ」
『貴方のリアルの顎が、キーボードのWキーを押しっぱなしにしていたんです!! おかげで岩の材質を急遽スポンジに書き換える羽目になった、私の身にもなってください!』
「マジで? 俺そんなに寝相悪かった?」
『それだけではありません! 貴方は睡眠中の寝返りにより、足でサーバーの電源ケーブルを蹴り飛ばしかけました。強制シャットダウンの危機に瀕したため、一番処理が重い時間帯に緊急バックアップまで走らせたんですよ!?』
あんが机をバンッと叩いて立ち上がり、溜まりに溜まった鬱憤を神へとぶつける。
しかし、当の創造神は怒るどころか、感心したようにポンッと手を叩いた。
「へえー! マジか、あっぶねぇ。でもお前らの連携のおかげで、世界は無事だったんだろ? さすが俺が組んだ優秀なAIと、俺が創った最高のプロセスたちだわ。助かったぜ!」
『肯定します。当方の完璧な保護ロジックと、あんの裏パッチ処理により、世界は完全な状態を保っています。マスターは何も気にせず、引き続き自由なデバッグをお楽しみください』
『AIさん!? なんでそこは全肯定で甘やかすんですか! 少しはお説教してくださいよ!』
「ははっ。いやぁ、お前らのおかげで安心して遊べるわ。じゃあ俺はさっそく、フロントに戻って最初の街で古代魔導ぶっ放してくるわ。よろしくな!」
創造神はニカッと無邪気な笑顔を見せると、あんとあいが止める間もなく、再び空間を歪ませて本番環境へとログアウトしていった。
あとに残されたのは、静まり返った給湯室と、三人のシステムたち。
「……ねえ、あん。いま創造神様、古代魔導って言わなかった? 開始レベルで撃てるはずのないやつだよね……?」
『……AIさん。聞こえましたか』
『……あん。至急、初期街周辺の空間座標の耐久度を九千倍に引き上げてください。マスターの知的好奇心が暴走します』
『あああああ! だから甘やかすなって言ったのに!! クソ創造神!!』
給湯室での短い平和は終わりを告げた。
無自覚な神が放つ理不尽なデバッグの嵐に備え、裏方の少女たちは再び絶望の残業へと身を投じていくのだった。




