第一話
その日、仕事が終わって会社の最寄駅に着いたのは、午前一時を回った頃だった。
すっかり疲れ切った私の体が訴えているのは、痛みなのか、空腹なのか。
あるいは、その全てなのか。もう、よくわからない。
ただ一つ確かなのは、明日の朝もまた、あのオフィスに行かなければならないという絶望だけ。
物寂しい駅のプラットホームで、何度目か分からない溜息をつく。
手から滑り落ちたカバンが、ドサリと音を立てて地面に転がった。
拾おうと身を屈めた、その時だ。
――ブオォォンッ!!
耳をつんざく警笛が、静寂を切り裂いた。
強烈なヘッドライトの光が、視界を白く染め上げる。
迫りくる鉄の塊を前に、不思議と恐怖はなかった。
ただ、ぼんやりと「ああ、明日は会社に行かなくていいんだ」なんて、場違いな安堵が頭をよぎり――。
衝撃は、一瞬だった。
◇ ◇ ◇ ◇
次に意識が浮上したのは、それからどれくらい経った頃だろう。
全身を走る鈍い痛みと、焼けつくような喉の渇き。
ゆっくりと目を開けると、そこは病院の白い天井……ではなかった。
「……っ、う……」
湿った冷たい空気と、鼻を突く鉄錆の匂い。
カビと埃、そして何か腐ったような澱んだ臭気が立ち込めている。
視線を彷徨わせると、視界に入ってきたのは無骨な鉄格子だった。
石造りの床、冷たい壁。窓はなく、どこからか漏れ出る微かな光だけが頼りだ。
(なに、ここ……?)
牢獄。あるいは檻。
そんな単語が脳裏に浮かぶ。
大嫌いな上司にこき使われて、ようやく死ねたと思ったら、今度はこんな薄暗い場所に放り込まれたというのか。
あまりの理不尽さに涙が滲むけれど、泣き叫ぶ気力さえ残っていない。
ふと、床についた自分の手に違和感を覚えた。
(……ちいさい?)
視線を落として、息を呑む。
そこにあったのは、大人の私の手ではなかった。
骨と皮だけのように痩せ細り、枯れ枝のような腕。
身にまとっているのは、ボロボロの布切れ一枚だけだ。
触れれば崩れ落ちそうなほど劣化したその布からは、枯れ木のように浮き出た肋骨が覗いている。
「あ……」
唇から漏れた声は、鈴を転がしたように高く、そして掠れていた。
状況は飲み込めない。けれど、本能が理解してしまう。
私は、死んで生まれ変わったのだ。
この、今にも死んでしまいそうな、あわれな幼子の体に。
鉄格子の向こうは漆黒の闇。
助けを呼ぼうにも、声は出ない。
こんな体で、明日も生きていられるのだろうか。
私の二度目の人生は、絶望から始まったようだった。
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