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11/11 セシル

ポッキーゲーム!!


 すっかり秋も深まり、長袖なしで外を出歩かなくなった十一月十一日のこと。


「さすがに全く同じというわけではないけれど、味は近いわね。チョコレートがあったら完璧なのだけど」


 私は前世でよく好んで食べていたお菓子を見つけて、勢いのまま買ったのだ。

 塩味が効いたなんの変哲もないプリッツである。

 小腹を満たす為に開発されたそれは、溶かしたチーズやヨーグルトにつけて食するのが一般的。

 この世界では、チョコレートの原料であるカカオの人工栽培にまだ成功していないので未だチョコレートは王家しか買えない高級嗜好品なのだ。


「あまり間食していると夕食が入らないぞ」


 ぽりぽりとプリッツを食べていると、コーヒーを淹れたセシルがキッチンから戻ってきた。

 世話好きな彼らしい小言に苦笑しながら、私はプリッツを指で摘む。

 その時、ふと今日の日付を思い出した。


「そういえばセシル、プリッツゲームって知ってますか?」

「プリッツゲーム? いや、知らないな。どんなゲームなんだ?」

「プレイヤーは二人で、一人がプリッツの端を口に咥えます。それをもう片方が食べ進めていくものです。唇が触れたら食べ進めていた人の負け。唇が触れるぎりぎりで折った時の長さで勝敗を決めるんです」


 前世の記憶を引っ張りながら説明する。

 ラブコメでよく仲を深めたり、ハプニングを起こす為の起爆剤としても扱われたりしたゲームだ。


「若者の間ではそんなゲームが流行っているのか……」

「流行ってるんでしょうかね」

「プリッツゲーム、か。よし、やってみよう」


 私が手に取ったプリッツを取り上げたセシルは、私が座っていたソファーの隣に座って「ん」と声を上げる。

 髪と同じ円やかな茶色の瞳で私をじっと見た。


「え、やるんですか?」

「んっ」

「今、ここで!?」

「ん」


 指でくいくいっと私を急かすジェスチャーをする。

 自分から振った話題ではあるが、まさかやることになるとは思わなかった。

 セシルの顔を見る限り、ここで誘いにならなかったら後日、ネチネチと嫌味を言われる。


「……分かりましたよ。一回だけですからね」


 ぐっと息を飲んで、プリッツの反対側を齧る。

 程々の距離で負ければ納得するかな、なんて考えながらぽりぽり食べ進める。

 鼻先が触れる距離を頃合と見て、プリッツを折ろうとした瞬間。


にふぇるあ(にげるな)


 ガシッと肩を掴まれた。

 身動ぎすら許されず、長い睫毛で縁取られたミルクティー色の目が私を覗き込んできた。

 肩を掴む手は逃すまいと力が込められていた。


ひょ(ちょ)ひょっと(ちょっと)……!」


 べちべちとセシルの肩を叩くがビクともしない。

 男女の筋肉量の差には勝てないうえに、体格ではセシルの方が優れている。

 だんだんと私に体重をかけてくるが、このままでは確実に良くない気がする。

 腹筋に力を入れて、ソファーに倒れ込むのを阻止する。


「んっ!」

「あっ!?」


 顔を動かすとぱきんとプリッツが折れる。

 併せてセシルの手首を掴んで引き剥がしにかかると彼はムッと眉を寄せた。


「自ら負けにいくとは、君にスポーツマンシップはないのか?」

「相手に触れるのはマナー違反ですよ!」

「む、そうか……」


 ようやく私の肩を放してくれたので、ほっと一息つきながら衣服の皺をのばす。

 なにか、鬼気迫ったものを感じたが気のせいだったようだ。


「はぁ、びっくりした……」

「じゃあ、もう一度しようか」

「え、なんで?」


 セシルが机の上に置いてあったプリッツを手に取り、私の唇に押し付けてきた。


「もし、わざと負けたら『ばつげぇむ』とやらを与えるからな」

「罰ゲーム!? んむっ……!」


 罰ゲームの内容を問いただそうとしたら、口にプリッツを捻じ込まれた。

 ほんのりとした塩味が口に広がる。


「俺が思うに、だ。そのプリッツゲームとやらは、度胸試しを兼ねたものだろう。若者は『恐れ』を揶揄う雰囲気がある」

「な、なるほろ……?」

「つまり、だ。自ら負けにいくのは若者らしからぬ振る舞いだとは思わないか?」


 いつの間にか、私の両頬をセシルの大きな手が包んでいた。

 試しに暴れるが、やはりビクともしない。


「ところで、これは『ばつげぇむ』に関係ないんだが……先月、アランと街を歩いたらしいな。それも、夜遅くに」


 ば、ばれている……!?

 特段、隠していたわけでもないし人で賑わっていたから、目撃されていてもおかしくはないのだが、まさかセシルに見られていたとは思わなかった。


「俺が仕事で忙しくしていた時に呑気なものだな」

「えーと、あは、あははは……」


 専業で作家をやっている私と違い、セシルは兼業で小説を執筆している。

 月末は経理監査で忙しいと嘆いていた。

 ちなみに、年末年始は家に帰れないほど多忙を極めるらしい。

 口に咥えていたプリッツを齧って、片手で持つ。


「聞けば、アランとは食事をしたりデートをしたりしたそうじゃないか」

「えぇ……? セシルさんとも食事したじゃないですか」

「デートはしていない」


 依然として私の顔を掴んだまま、セシルはにっこりと微笑んだ。

 いつになくご機嫌なセシルの顔を見て、私の肌にうっすらと汗が滲む。


「あの、セシルさん……疲れてるんですよ、あなた……」


 よくよく見てみれば、目の下に隈があった。

 年末年始が近いこともあって、仕事が忙しいのだろう。


「明日は久々の休みだ」

「それは良かったですね、あの、ところでそろそろ放していただけると……」

「明日、デートしよう」

「この流れで誘うんですか」


 徹夜続きなのか、思考がとてもぐちゃぐちゃになっている。

 心なしか目の焦点も合ってないような気がしてならない。


「分かりましたよ、明日デートしましょう。だから一旦放していただけると……」


 やんわりと様子がおかしいセシルを家に返す口実を考えていると、セシルが突然驚いた顔で私を見た。


「『ばつげぇむ』にデートをこじつけるはずだったのに、俺としたことがっ……!?」

「セシルさん、一時間だけでも寝た方がいいですって」

「これでは、デートできない……」

「本当に寝ましょう! ほら、毛布とかクッションならありますから!」


 いよいよ論理的におかしな事を口走り始めたセシル。

 それでも私の頰を手放すどころかむにむにと揉み始めてきた。


「レティシア、俺はたった今、天才的なアイディアを思いついてしまった! なにも明日までデートを待つ必要はない! 『ばつげぇむ』として今日から明日の夜にかけてデートする権利を所望する!」

「一旦、寝ましょう!?」


 普段は冷静で皮肉屋のセシルとの会話が成り立たないという恐怖に半泣きになっていると、ほっぺを揉む手をピタリと止めていきなり真顔になった。


「というわけでやるぞ、なんとかゲーム」

「プリッツゲームです」

「負けたら俺とデートだ」

「わかりました、わかりましたよ。その代わり私が勝ったら寝てくださいね!」

「……そんな勝ち負けに拘らなくとも君がその気なら俺はいつだって」

「ああ、もうっ! 会話が捻じれる!!」


 頭を抱えたくなったが、顔をセシルに掴まれているこの体勢ではそれもできない。

 こうなったらプリッツゲームで勝って寝かせるか帰らせるしかない。


「ほら、どーぞ!」


 腹を括ってプリッツを咥える。

 「ん」とプリッツをセシルの方に向けると、彼は満面の笑みを浮かべて反対側に噛み付いた。

 ぽりぽりと食べ進めていく彼の顔を見ながら、ぼんやりとプリッツゲームの勝利条件を考える。

 そう、このゲームはギリギリでプリッツを折ればいいだけ。


「んんんんっ!?」


 話はそう単純では済まなかった。

 なにせ、今の私はセシルの手によって拘束されている。

 折るタイミングは完全にセシルの意思に委ねられているのだ。

 一回目の時よりも距離は近く、鼻先がちょこんと触れた。


「いま、思ったんだが……このまま行けばキスできるんじゃないか!?」

「んもー!!」


 吐息が混ざるほど近い距離になって、セシルはとんでもないことを言い始めた。

 冗談だと笑い飛ばしたいが、彼の真剣な眼差しと目の下の隈が許してはくれない。

 こうなったら仕方がない。私は前歯でプリッツを折って強制的にゲームを終了させた。


「あ、折れた……」


 落胆したセシルの声が部屋に響く。

 『折れた』というより私が折ったのだが、どうやら疲労が限界まで来ているようで正常な判断が出来ていないようだ。

 その証拠に、私の顔に触れている手はぽかぽかと暖かいし力が入っていない。

 やがて、うつらうつらとし始めると終いには私に凭れ掛かる形で寝始めた。

 まあ、いつもお世話になってるし疲れているようだから寝かせてやろう。

 手を伸ばして毛布を掴む。


「おやすみなさい、セシルさん」


 明日セシルを労う意味も込めて近場のレストランで奢ってあげようかな、なんて考えながら私はセシルの身体に毛布をかけてあげた。

11/11はもう過ぎてる? 知りませんなあ……!

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― 新着の感想 ―
[良い点] まとめ読みしたので感想長くてすみません。 テンプレでない予想外な展開と、レティシアや男性キャラの他の作者のヤベー奴とは違うヤベーや性格が、世の中にはこんな引き出しがあったんだと新鮮で面白か…
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