一方その頃~大峡谷の発明家
ある大きな橋が名物の街の、昼過ぎの事。
主の居なくなった水神の神殿に何人かの人が立ち往生を強いられていた。冷たい雨は石畳の色を変え、まだ止む気配はない。
その中の一人、長袖上下は生成色、青いコート、朱髪ショートヘアのその少女は、杖を突き左足を庇って、しかし濡れた裾を気にせず片足は水溜まりの中に入ったままで、瞳に活力は無く、暗い空を見上げ、溜息を吐いていた。
雨宿りをしていた屋根の下、他に居るのは二人。
夫婦なのか、女性が男性の髪を拭き、男性は荷物を確認していた。
その姿を羨むわけでも無い。
ただ、苦しそうに唇を噛んで見ていた。
彼女は技術者。
過去に、Tの被害を受けた。
…世界では、人間の成人女性5人に1人は卑鬼被害者だと言われている。
人への害が看過できないレベルになったGやT、O。
有効な武器や魔術の開発は急務として世界に広まっていた。
そして。
人々の鬱憤を晴らすべく、街工場で一つの発明があった。
それはクロスボウの機構を流用したスリングショット、弓式の散弾銃としても使われる武器の、弾だ。
発明品は包み紙に入った榴弾。
打ち出すのはタール、そこに発条を鐵微子で挟んで止めた部品が混ざっている。何処であろうと当たれば弾けて、タールを飛散する。服を着たり鎧を身に着けないヤツらには直接的にも痛手となるし、混乱を引き起こせるなら一石二鳥。
タールは滑りやすいし、鐵微子は鋭くなっており、裸足で踏めば歩行困難になるだろう。コールタールとオイルガスタールを使っているのだが、どちらの匂いでも効果はある。
これが有効なのは特にT、次いでG。
…奴らは自分達こそ臭いくせにタールの匂いを嫌い、その匂いが近くにあると、集団行動ができない様だ。
この榴弾、名前は製作者が拘らず、そのままの「タールスプラッシュ」となった。
同時に、中身に大牙蟻の酸を入れた「フォーミックアシッド」と、眼眩蚕の糸を入れた「スロウフォームライン」を開発し、騎士団は順次装備品として採用、整備と運用方法を精錬していった。
冒険者達は我先にと買い求め、タールスプラッシュの有効性を目の当たりにし、掃討作戦はかつて無い効果をあげていた。
しかし、製作者が指定していた言葉は伝わりませんでした。
「タールは放置して構わないけれど、鐵微子はなるべく回収して欲しい。出来ないなら土を掛けるなり、アイツらに使われない様に」
小狡い相手に、道具を与えるマネをしたくなかったのだろう。まだソレを使うGやTやOは居ないが、いずれ現れないとも限らない。
それらを考える度に、彼女は溜息を吐いた。
今は、連射出来るボウガンと、打撃力の高い長柄武器を開発中だ。
どちらも騎士団からの依頼なので、断る事が出来なかった。
……イライラする。
彼女の表情には現れていないが、心には失望と怒りが有った。
悲しげに唇を噛んで、眉を寄せて。
「……お加減がわるいのですか?」
雨宿りしていた商人夫婦に心配される程に、痛みに耐えている様に見えた。
しかし、軽い会釈をして声無く手で「お構い無く」と表現すると、まだ降り止まない雨の中に歩きだした。
「…どんどん殺してくれなくちゃ、約束通りに…」
確かに痛みに耐えていた。
この足も、元通りに歩くには高額な治療魔法が必要だ。
雨に濡れて冷えていく身体に、暗い感情が浮かび上がってはまた隠れていく。今までの蔑視や憐れみ、恋人の浮気等が思い出されるが、諦めるのがクセに成りつつあるのか苛立ちばかりで、激発までは到らない。
「…増産の後押しが必要だ。榴弾は材料が高いから一括で作り上げてもらわないと安くならないし…弓と台座を固定するのはウチの工房でなくとも可能だから他所に回して…」
杖を突くリズムに乗せて呟き、考えを纏めていく。その時。
後ろから馬車の走行する音が近付いて、脇へと避ける。
街中で幌を掛けた馬車もないわけではないが、前後をしっかりと覆い隠したモノはまずない。商人の話し声が小さく聞こえた。
「今日雨が降る事を何で知っていたんですか?」
「最近ね、海の商人が教えてくれたんですよ、この天気予報という加護の神」
「…天気、予報」
そこからは離れてしまい、聞こえない。
(気象予測、勘でもなく、神が)
彼女の「スイッチ」が、切り替わる。
(間違いの無い気象予測ならば榴弾を雨の中で使うバカは減る)
(間違い無く命中するなら弓矢の加護の方が良い)
(湿気の有無が知れるなら胞子爆弾は見直しかな)
(いやあれは見境無しだから却下だ)
(相手が濡れているなら毒液の候補がいくつか…)
(乾燥させたタールパウダーも、使い途があるか)
(魔水晶が沢山あれば、粉末にして閃光弾を作れるけど)
(ポールウェポンは斧にスパイク可動式のギミックを入れる?)
(何でもいいからあいつらみんな殺してよ)
(リロード機構搭載すると一人じゃ扱えないのに…)
(威力不足を手数で補いたいなら回転発条式の速射ダーツがあるけど)
(威力自体が全く無くなるし却下)
高速で流れる思考。
発案し、問い質し、訂正、改変、棄却、採用と、目まぐるしい。
シルクレット・デルタ・オーランドは天才と呼ばれ、しかし、過去に襲撃された時に親に見捨てられなぶられるという体験から、大柄な男を嫌い、亜人を嫌い、人を嫌っていた。
「……」
思考が、緩やかに戻る。今回はちょっと長かった。
機械の操作をしている時は無心でいられる。
ただ、何かしら切っ掛けがあると、今の様に立ち止まり思考の海に浸かってしまう。
…いけない…さっさと工房に帰って、次の試作品を仕上げなくては。
路肩で濡れたまま立ち尽くしていたシルクレットは杖を上げて進もうとして、雨が降り止んでいる事に気付く。
(…雨の如く流れ費える時間は金、でしたね)
信仰する「算術と商売の神アキン」の言葉を思い出し、歩く。
気持ちは引き締めるだけではいけないのだ。
底が抜けていないか、正直にあるがままに居られているのか。
…力づくで奪われる悲しみを、私は知っている。
だから、力でどうにかするっていう傲りきったバカが大嫌いだ。
力を持っていても何も考えられないバカもキライだが、力を振るうだけの奴らが大嫌いだ。
「…亜人なんて、絶滅させてしまえばいいのよ」
顔を隠す眼鏡の奥で、真っ黒い瞳が輝いていた。
シルクレット・デルタ・オーランド Level=20
15才 状態=歩行困難、渇望(狂気)
職業=機学士 称号=新進気鋭の発明家
ギフト=「天射す工啓」目星、運転、機械修理
スキル=「作成の細工」
炉の護り手(大)
道具整備(大)
耐熱・耐火(小)
縫製(中)
思考加速level.9/10(制御不能)
魔法=黒魔術(初級)




