一方その頃~帝国編
白き守人の「帝国」は、教会の予言によって政治も経済も動いていた。
ある日もたらされた予言は、帝国と教会の運命を変える存在についてのモノだった。
☆
夕陽が赤から紫色に変わり、毒々しく地上を染める。
ぬるく吹く風は、異臭を運び辻から窓辺に届くが、人は身を潜めて知らぬ振りを決めていた。
ガタガタと建物が揺れる。
壁が軋む中、息を殺してやり過ごす住民達。
町の中を行くのは、魔物の大群。
街道を埋め尽くして流れてゆく恐怖の影。
姿さえ見付からなければ、殺されない。
アレらは、これから他の国へ向かうから。
魔性の者が率いる百鬼夜行。
『デスマーチ』や『モンスターズトレイン』とも呼ばれる、死の軍団。
魔物とは街を襲い人を殺し喰らい犯し、人の生活を侵すモノ。
だがコレは違うのだ。
指揮するモノが居て、従っている。
通り道に興味は無い。
関わらなければ、大丈夫な筈だから。
小さき我らに何が出来よう?
武器も無ければ、数も無い。
目指す方向に知り合いが居ようと、『仕方が無い』のだから。
遠くのまして、見知らぬ死者に、罪悪感なぞ有りはしない。
しかし。
それで、良いのか?
ここで露の如くに払われるのは全くの御免だが、本当に、コレが自分の採るべき行動だったのか。
……今となっては解らない。
気紛れか。
街道が緩やかに曲がっていたからか。
魔性の者が腕を揮って、建物を纏めて薙ぎ払った。
叫び声が、上がってしまった。
きっかけは、それだけ。
魔物は街を、押し潰し飲み込んだ。
住民2000人の街は、序でに滅ぼされてしまった。
……全く何て、不幸だろう。
不幸…… 幸せではない。
不公平…… 公平ではない。
巡って来た手札に、取って置きも切り札も無い。
無役で発足かますのも限界がある。
特に知恵が働くワケでもない。
ユーモアも愛嬌があるワケでもない。
まぁ努力家って言える程に頑張っちゃいないが。
全くの手付かずで騙ってみたりはしない。
限界が見える位まで、で諦めたけれど。
才能は、あるヤツの勝ち。
幸いに、不公平な世の中。
傷だらけになったって、負けたらおしまい。
だから、俺は落っこちた。
それこそ世界の隙間を、諦めた瞬間に真っ逆様だ。
ネモリカと言う異界へ、吸い込まれていた。
ああ、仕方ない。
俺は家族も恋人も裏切り、一人だけ生き延びようと逃げ出したんだ。
生穢い。
街道から逃れ、旧道から外れ、途中馬が死に、落ちて怪我をしてもまだ逃げて。
Gが馬に集っているのを幸いと、旧跡の陰に隠れて。
しかし朽ちかけの壁が崩れて、また逃げ出そうとした。
崩れた壁が落ち、床から亀裂が広がり、崩落。
直ぐ下の階へ叩きつけられ、瓦礫に埋まる、とはならなかった。
下に、穴が空いていた。
真っ黒な、空っぽの、空洞。
底がみえない。
さっき打ち付けた右腕が痛んではっとする。
落ち続けているのに、まだまだ落ちる。
異常な場所。
心当たりにぞっとした。
もう帰れない。
異界の奈落だ。
ああ、仕方ない。
目を閉じて思う。
裏切りの、罰さ。
家族を見捨てた、裁きを受けねば。
我が身を諦めた俺なぞに何が語るのか、声がした。
[……まだ生きておる…… まだ…… 使える……]
熱のない、抑揚もない低い声。
[……魂ごと…… 歪め…… 詰め込め……]
かすかに骨が痛んでまた覚醒した視界に、落ち続ける俺を囲んだ異形の群れが。
体を掴み、押さえ、細い管や金具が差し込まれる。
痛みも口を塞がれ、吐き出せない。
[体は魂への門…… 拗開けよ…… 我らの禱りを注ぎ込むのだ]
[……一度では足らぬ…… 二度でも駄目だ…… 三度でも……]
[神に届けよ…… 神に届けよ…… 神に……]
痛みと恐怖と混乱、腕や腹に刺さる妙な器具の唸りに、意識は維持され、頭に刺さった針から何か…… 見識が伝わってくる。
……山々の間から大きな人、巨人? いやもっとデカい。超巨人!!
槍を掲げ投げた。
爆発。
鎚を振るう。
地面から空へ雷が伸び、街へ落ちていく。
弓を放つ。
突き刺さる場所がズタズタに。
海岸線が歪み、半島の様に剔られていく。
空から何かが飛んでいく。
翼妖人と有翼人が、超巨人へ炎の魔術を次々と浴びせては離れる。
これ、世界神名大戦?
魔人は?
魔族は?
『悪魔』は?
地上と異界の戦いじゃないのか?
頭が痛む。
これ、誰かの記憶か。
認識の違いが痛みとして現れる。
不和を起こさぬ様に、調整された何かが腹の中に送り込まれる。
熱さと不快感から吐き気がするが、記憶が新たな、いや過去の映像か、様々を見せ付ける。
突然の不愉快。
痛みがある。
誰かの感情だ。
苛立ち。
怒り!
何れも全てはお導きに遵いて…… 我等の祈りは…… 命は……。
何も変わらぬ…… 変わらぬ…… 揺るがぬ……。
おお、主等は、為れど主等!!
聞こえぬか我等の思いや!
踏み躙るが神たる顕れか!!
瞳からは血の滲む涙。
怨嗟は全ての口から吐き出され周りを囲み捉え、異形の列が俺を担いで流れて行く。
何度目なのか分からないが、苛立ちと怒りが波状的に押し寄せ、体の中に送られる何か。
まだ子を宿した事は無いが、これは俺の胎に、子供を産み付けているのか?
あのG紛いのマネをこの異形共が?
……違う。
気味が悪い。
嘘だ。
頼む…… やめろ。
何人も意思が交わり、顕れ、消える。
二人、消えずに語り続けてきた。
我等の希望だ。
同胞を宿せ。
小さな女が言う。
此方から彼方へ返してやろう。
大きな女が言う。
交換条件だとでも言うのか。
選択肢は最初から無いが、それでも語るのはこの子供を操る為か。
賢しく考えるな。
宿せ。
頼む。
その子は産まれると共に我等の意思を世に吐き出す。
堆く積み上げた屍を、お前も観ただろう。
腐敗した同胞の体を盾に、踞るしか無かった我の気持ちも識っただろう。
神々が望むるを適えた許りに、我等の受けた仕打ちを、識っただろう!!
神の恩恵を受けた獣人、亜人ばかりが生き残り、知恵の限りに戦った我等の人生、全ては蔑ろよ!!
神は何処や?
神とは何ぞや?
この思いを届けなくてはならぬ。
ならぬ。
ならぬのだ。
産み出せ。
同胞を宿せ。
産み出せ。この思いを届けなくてはならぬ。
……悲しみに世界が溺れた。
やりきれない思いに、魂が、歪んで囚われて、こんな風に成ってしまったのかな。
痛みから解放されると、急に浮き上がる感覚。
腕が引かれる。
痛い、右腕はさっき打ち付けたから!
さっき?
裏切りを思い出し、俺はまた泣いた。
………………
気がつけば、痛みは、無かった。
真っ白くて気味が悪い空間。
病院か。
……いや、ヤバい!
俺、殺される!
異界渡りは、祝福印を捺されたら留め、つまり殺される。
輪廻させる為。
この病院が何処の教会の物かは知らないが、逃げ出さなくては。
今は周りに誰も居ない。
体も動く。
腕は、何ともなってない。
ただ懈く、力が入りにくい。
疲れているのか、体も重たい。
窓から抜け出すと、一面の緑。
その淵は絶壁?
海のど真ん中みたいだ。
病院の正面側には道が続いているが、橋で陸地に繋がり、ここが隔離された場所だと分かる。
夕日が、沈んで行く。
孤独を強調する静寂が、俺の気力を削り取って行く。
……今、気付いたんだが。
腹に、傷が有る。
胎から子供を取り出したみたいな。
……自分が悪い事をしたのは分かってる。
しかし。
アレは何だったんだ?
そして。
俺は、何を、産んだ?
遠く近く、赤児の泣き声が聞こえる。
とても、恐ろしい、小さな声だった。




