とある下働きの少女の出会い
お城に仕えるというだけで、キラキラしたお仕事なのだろうとその少女には思っていた時期があった。十五歳になったばかりの少女にとって、城というだけで特別な仕事であるような気がしていたのだ。
もしかしたら、運命の出会いが待ち受けているかもしれない。
もしかしたら、すごい方とお知り合いになれるかもしれない。
もしかしたら、とんでもない玉の輿が待っているかもしれない。
そんな夢を見ていたつい半年前の自分に、少女は『馬鹿なことを考える前に現実を直視しなさい』と言いたくて仕方がなかった。
いや、むしろ言いたいという思いだけであるならば、一週間もあれば十分だった。
いくら下働きといえども、城仕え。マナーや規律は一定程度は叩き込まれる。
けれど貴人とすれ違うこともなく、毎日やってくるのは大量の洗濯物。
洗えど洗えど、終わりが見えることはない。
ただし洗わなくては給金も発生しないので、少女はひたすら洗っていた。
だが、ある日。
いつもにも増して洗濯物が多いせいで人の出入りさえも難しく、結果少女は外でたらいを用いて洗濯をする羽目になった。
「それにしても……今日は頑固な汚れが多いこと」
そう思うも、与えられた分は洗わなければいけないものだ。
少女はごしごしと洗い続けたのだが、だんだん腕もだるくなってくる。
しかしそれでも頑張ろう……そう思っていた時だった。
「ごきげんよう。精が出ますね」
そんな軟らかい声が少女のもとに降ってきた。
少女は驚いた。
相手の女性は自分より五、六歳年上だろう年ごろだった。貴族の女性に見えるが、ドレスではなくもっとシンプルな服装だ。手には蔓で作られたカゴを持っている。
その服装を見て、少女は女性のことを自分の知らない専門職もしくは研究者なのかと考えた。それなら、貴族の女性でもドレス非着用で城にいても不思議ではない。
ただ、研究者といえば難関を潜り抜けなければ就けない職業だ。
たくさん勉強した人なのだろうかと少女が疑問を浮かべている間、女性もまた少女の方をよく観察していた。
「今日はたくさん洗濯物があるようですね」
「あ、はい。量もなんですが、汚れも頑固で……驚いています」
「森の魔物狩りが行われましたから、その結果かもしれませんね。手間をかけます」
「え、いえ、そんな!」
もしかしたらこの女性も遠征に従事していたのかもしないと少女は思った。
だからこそ謝罪を伝えてくれたのかもしれないが……それならば、むしろ少女も礼を伝えなければいけない方だ。定期的に行われる魔物狩りがなくなれば、王都への街道にも魔物が現れかねない。
それでも女性はゆるく首を振る。
「あなた方の支援があるからこそ、できることもあるのです。ですから、感謝しております」
「いえ、本当に、私は……」
「でも、この汚れは本当に大変そうですね。もしよろしければ、少しお手伝いをさせてくださいな」
「え?」
女性は手伝いを申し出るや否や、籠の中から一つの瓶を取り出した。
「まだ、試作品ですが……きっと、こちらの方がよく落ちますよ」
「これは何ですか?」
「洗濯専用の、液体石鹸だと思ってください」
とぷとぷと女性はそれを桶の中に注ぐ。
少女は恐る恐る、その桶の中に洗濯物を入れ、洗濯板に擦り付けると……驚くほどの泡が現れる。さらにすっきりした香りも漂っている。
「すごい」
「喜んでいただけたなら、何よりです。それから、水で濯ぐ時には……このサイズだと、こちらの瓶の中の液を洗い桶に二、三滴ほど落としてみてください。いやな匂いは消してくれますから。ただし手には直接つけないでくださいね。あくまで水に落としてください」
「これは、なんでしょうか?」
先ほどの大きな瓶とは違い、茶色の遮光瓶に入ったそれを少女は不思議そうに見た。先ほどの液体石鹸ともにた香りがするような気がした。
「こちらはユーカリという植物から精製した精油です」
残念ながら少女に精油という概念はよくわからなかった。
けれど液体石鹸を融通してくれるくらいの女性が言うのであれば間違いないと思い、まずは一度試してみることにした。
いつも通り泡を落とすために一度軽く濯いだあと、二回目の濯ぎをするたらいで女性から教えてもらった通りに少女は精油を混ぜた。
そこで注ぎ洗いをした洗濯物は先ほどの液体石鹸に近い香りがし、わずかに残っていた、もう取れないかと思った汚れも薄れている気がした。
そういえば貴族の女性の化粧品には、原料由来の魔力でよい効果をもたらすものもあると聞いた気がする、と、少女は思い出した。
加工時に魔力を操作するらしいのだが、もしかしたらこの精油というもののも同じように作っているのかもしれないと少女は思う。
「あの、ありがとうございました」
「もう少ししたら完成品も配布されると思います。何か不都合なことが起こったら、すぐに知らせてくださいね。改良に努めますから」
その後、女性はそのまま去っていった。
少女は『高貴な身分の人ってああいう人をさすのか』と、一人とても納得していた。
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だが、その人がただ高貴な人だと思っていたのは、その後すぐに崩れ去った。
洗い終えた洗濯物を干す前に脱水をしようと行った時のことだ。
少女の洗濯物をみて、先輩使用人が目を見開いた。
「……この香り……、あんた、石鹸を誰かから渡されたのか?」
「あ、はい。研究者の方だと思うんですが、液体の石鹸を下さったんです。注ぎ液に入れる仕上げのためのものもあって、すごくいい香りになっていますよね」
「いや、あんた……そうだけど、そうじゃない。そのお方は赤目の女性ではなかったか?」
「え? ええ、とても綺麗な赤い目をしておられました」
何が違うのかと少女が首を傾げていると、先輩使用人は乾いた笑みを浮かべた後、真っ青になっていた。
「あんた! それ、王太子妃様だよ! 失礼なことを言ったりはしていないだろうね!?」
「え!? し、失礼なことはしていませんが……本当ですか!?」
「ここに来て王家の方々のお顔を覚えていないことに私は驚いているよ!」
先輩使用人からそんなことを言われた少女は驚いた。
失礼なことは言っていないはずだ。
正しい言葉遣いだけで話したかと問われれば少し自信が足りない者の、無礼なことは言っていない。
しかしここで働いているといえども、王族の姿を拝見する機会など余程の機会でなければ訪れず、あったとしても遠目で豆粒のような小さな姿を見ることが精いっぱいなのだ。
(だから、仕方がなかった……!)
ただ、今から思えば赤目という珍しい特徴に心当たりが持てなかったことには確かに驚かれても不思議ではないかもしれないと思うが。
「まあ、穏やかな方だから滅多なことじゃお怒りになられないと思うけれど……私はその方があんたが本当は何かやらかしたんじゃないかって思って心配になるよ」
「だ、大丈夫ですよ」
振る舞いに自信があるわけではないが、少なくとも去り際は笑っていた。
それならば、問題はないはずだ。
「とりあえずあんたの言葉を信じるけど……よしとくれよ、あとで怒られるなんて御免だよ」
「大丈夫ですよ、働きっぷりを褒めていただいただけですから……!」
しかし少女はそう主張しながらも、そんな人から仕事に対する礼を言われたのかと思うと、少女はどこか不思議な心地になった。
誰にでもできるような洗濯ではあるけれど、それに感謝してくれる人がいる。
しかもそれが王太子妃だったと思えば、なんだかやる気が
しかし、そこでハッとする。
自分たちのために洗剤の改良を研究してくれる王太子妃に対し、自分は期待に応えられる仕事をしているだろうか? サボっているつもりはないが、そこまでしてもらっていることを思えば、まだまだ不足していたのではないかと思う。
「よし、もっとがんばろう!」
その気合は非常に強く、その後洗濯係には非常に気合の入った少女がいるという噂が周囲に広がるまで、それほど時間を必要とはしなかった。
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著者の別作品ですが、『ようこそ、癒しのモフカフェへ! ~マスターは転生した召喚師~』がアリアンローズ様より書籍化、2020年9月12日発売します。
ご興味をお持ちいただけた際には、ぜひよろしくお願いいたします。




