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初めてのデートを何度でも(下)

 フルビアの家を発ってからしばらくしたころ、シルヴェスターはコーデリアに手を差し出した。


「その荷物、持つよ」

「え? ピクルスの瓶が一つとハーブですから、重くありませんよ」

「けど、見た目はちょっと大きめだし、なんだか落ち着かない」


 昔から紳士な態度をとっていたジルらしい物言いだなと思うものの、やはりそれほど重いものでもない。コーデリアがその要求に応じかねていると、シルヴェスターは少し困った表情を浮かべた。


「その荷物の中のピクルス、たぶん私のものだよね?」

「え? そうですね」

「じゃあ私が私の荷物を持ちたいっていっても、問題ないよね」


 その説得に、コーデリアは苦笑した。

 コーデリアもどうしても自分で荷物を死守したいわけではないので、そこまで言われれば自分が持っているほうが申し訳なくなる。


「式に先生にも来てもらいたいね」


 紙袋を受け取りながら呟いたジルに、コーデリアは目を見張った。


「お呼びしてもよろしいのですか?」

「私はお忍びだからお声かけは難しいけど、ディリィなら恩師だから呼べるよね?」

「でしたら、遠慮なくお声かけさせていただきたいですね」

「うん。でも、今日はまず腹ごしらえかな。そろそろお腹も空いたよね」


 シルヴェスターの言葉通り、確かにお昼時のいい時間になってきている。大通りまで戻ってきたが、食事処はあちこち賑わい始めている。


「何か召し上がりたいものはありますか?」

「何か、っていう食品じゃないんだけど……問題がないなら、下町の食堂らしいところにいってみたいかな」

「食堂ですか?」

 思いがけない希望にコーデリアは思わず問い返してしまった。

「実は行ったことはないんだ。賑やかな場所だって聞いてはいるんだけどね」

「ヴェルノー様とも行かれたことはないのですか?」

「食事時はだいたい避けて遊びに来ていたからね。城を抜け出すにしても、その時間だとすぐにばれる。だから買い食いまでしかしたことがないんだ」


 確かに食事が運ばれてきたときに不在であれば見破られるなとコーデリアも納得しかかったのだが、そこで違和感に引っかかる。


「……でしたら、今日はどういう状況なのでしょう?」


 ヴェルノーにもお忍びは告げていないと言っていた。仕事に関しては都合をつけているのだろうが、お忍びだとも聞いている。休みとはいえ誰にも言わず抜け出しているなら、昼食を契機に大騒ぎになることもあるのではないか。

 しかしそう危惧したコーデリアにシルヴェスターは軽く笑った。


「今日は母上の実家に行っていることになってるから、平気だよ」

「え? まさか、王妃様がご協力を……?」

「母上の実家に行くって言えば、護衛を撒く必要もないしね。とはいえ、今日の外出は母上にも言っていないけどね。確認が行くこともないし、抜け出すときはいつでも理由にしてかまわないって言われてるから」


 息子へのお忍び指南も行っていたという未来の義母の子育てに、コーデリアは数度瞬きをしてしまった。


「でもあまり頻繁に行くってなると嘘がばれるかもしれないから、ここぞっていう時だけにしようって前から決めていたんだ。実際に使ったのは今日が初めてかな」

「では、今日はいつもならできないことをなおさら楽しまなければいけませんね。賑やかな食堂に行きましょう」

「うん。でも、ディリィはそういうところでも大丈夫?」

「ええ。実は私、以前にお父様に連れて行っていただいたこともございます。それに、一応飲食店のオーナーですから、見識を広げることは好きですよ」


 しかし、食べたい食事の種類ではなく店の雰囲気となると、どこに向かおうかとコーデリアは少し迷った。以前エルヴィスと行ったことのある食堂はここから少し離れている。ならばいっそ、シルヴェスターに外からみて好みだと思う雰囲気の店を選んでもらうべきだろうか? なかなか衝撃的な食事に巡り合う可能性もあるが、それもまた一興――などと思っていると、不意にシルヴェスターが足を止めた。


「気になるお店がございましたか?」

「いや、そうじゃないんだけどあの子……」


 そうしてシルヴェスターの視線を追えば、その先にはコーデリアと同年代の女性が荷物を運んでいた。ただ、抱えている紙袋が破れているらしく果物が落ちてしまい、それを拾おうとしたら更に果物が零れ落ち……という状態を繰り返していた。


「この外袋、ハーブは小袋に入っているし、瓶は手で持ってもいいかな」

「では、私はハーブのほうを預かりましょう」

「それもいいんだけど、ディリィは袋を彼女に渡してきてあげて。渡すにしても、女性同士のほうがいいでしょう」


 そう言いながらシルヴェスターは片手でハーブの小袋を三つと瓶詰のピクルスを抱え、空になった袋をコーデリアに渡した。

 コーデリアはそれを受け取ると、女性に小走りで近づいた。


「こんにちは。もしよろしければ、この袋もお使いなさいませんか?」


 コーデリアがそう女性に話しかけると、女性は肩を跳ね上げさせて驚いた。


「え、あの……?」

「袋が破れてお困りのようですから。その袋をまるごとこの袋に入れれば、補強できますでしょう?」


 そう言うコーデリアはやや強引であったものの、女性の抱える袋にしたからかぶせて袋を補強した。


「あ、ありがとうございました」

「いえ、先に気付いたのは私ではありませんでしたから」


 そう言って振り返れば、シルヴェスターもすぐ近くまでやって来ていた。


「袋のサイズ、ちょうどだったんだね。よかった」

「あ、あの……! お二人ともありがとうございます……!!」


 ぺこぺこと何度も頭を下げる女性にコーデリアもシルヴェスターも緩く首を振った。しかし、女性は様子はなおも変わることがなかった。


「もしよろしければ、ぜひお礼をさせていただきませんか?」

「紙袋ですから、お気になさらず」

「いえ! その、こういうのは御縁だって、教えられてますので! あの、申し遅れました。私、ローナと申します。一応、料理人です」


 その言葉を聞いて、コーデリアとシルヴェスターは顔を見合わせた。


「ディリィ、どうかな」

「ええ、かまいませんよ」


 そのやり取りで、シルヴェスターはローナに向かって柔らかい声で尋ねた。


「今、ちょうど昼食をと考えていたんです。よければお店を教えていただけませんか?」


 ローナの店がどのようなものかわからないが、こういった偶然もなかなか経験できないことだ。どのような店かわからないのでシルヴェスターが希望していた店と異なる可能性もあるが、そうなれば賑やかな食堂はまた今度でもかまわない。一方ローナに案内を頼むのは別の機会にすることは難しいだろう。


「もちろん、代金は支払わせてくださいね。お礼はお店までのガイド料で」

「え、あの、その……私しか料理人はいませんが大丈夫ですか!?」

「「え?」」


 コーデリアとシルヴェスターの声は見事に重なった。

 先ほどの会話の流れであればローナは礼に料理人としての腕を披露してくれるつもりだったのだろうとコーデリアは思っていた。おそらくシルヴェスターも同様に感じたからこそ、せっかくの誘いを無下にしない選択をしたはずだ。

 しかしローナは明らかに狼狽えていた。


「ええっと……何か不都合が?」

「いえ、その……お代金をいただかないなら、お礼になると思ったのですけど……その、見栄を張っちゃったんですが、私の店、今はお客さんが本当にたまにしかいなくって……料理人も私一人だし、人気店とは口が裂けても言えませんし……」


 乾いた笑みで口元をひきつらせながら言うローナに、コーデリアもまた肯定も否定もできずどうするべきかと愛想笑いを浮かべて固まった。閑古鳥が鳴いている店というのは想定していなかった。

 ただ、それでもコーデリアはローナの料理がまずいからそうなっているのだろうとはあまりは思わなかった。もちろんそれが理由の一つである可能性もあるが、たとえ無料で振る舞うつもりであっても、味に自信がなければ礼にするなど言わないだろう。

 だから、コーデリアはゆるりと笑みを浮かべた。


「紙袋のお礼でごちそうしていただくなど、釣り合いがとれませんよ」

「あの、本当にお客さんいなくても平気ですか?」

「貸し切りというのもなかなかできることではありませんね」

「貸しき……そ、そうポジティブにとってもらえるなら、あの、心強くはありますけど……本当に、本当に期待はしないでくださいね……?」


 思わぬ言葉だったのだろう、ローナは反応に困ったようで、それ以上コーデリアたちに本当に構わないのかと確認をおとることはなかった。

 そして先を歩き始めたローナの後をコーデリアとシルヴェスターは少し距離を開けてついて歩いた。


「楽しみですね」

「そうだね。こうやって昼食の場所がきまるとは思っていなかったけど」


 少し抑えめの声で笑いながら言うシルヴェスターに、コーデリアも笑った。


「そういえば、視察等ではどのようにお食事を摂られていたのですか?」

「訪問先では相手と会食することがほとんどかな。道中は外で食べてもいいんだけど、私が外に行くと護衛も気が休まらないから宿の部屋で摂ってるよういしているよ。宿でもその土地の立派な郷土料理を用意してくれいて、とても美味しいんだよ」


 しかしそうであるなら、初めて下町の食事をするための場所に向かうというのはやはりシルヴェスターにとってはより楽しみになるだろう。

 時折振り返り二人を見るローナはいまも時折自信無さげな様子ではあるが、それでもコーデリアもどんな店を尋ねられるのか楽しみだった。


 そうして到着したローナ店は、大通りと交差する細い道を曲がってすぐのところに存在していた。

 店内には大きめの丸テーブルや長椅子が置かれているカウンター席があり、その雰囲気は酒場のように感じられた。そしてそれを証明するかのように、端のほうのテーブルの上には所狭しと様々な酒瓶が置かれていた。


「あの、ど、どうかなさいましたか? お店の中で、何か気になるところでも……?」

「いえ、少しローナさんの雰囲気とは違っていて意外でした。お酒がお好きなのですか?」

「あー……私はほとんどお酒はわからないんですが、これ、全部父のコレクションなんです。お酒の瓶を集めるのが趣味らしくて」

「まぁ、お父様のですか」


 親子揃って料理人だったのかとコーデリアは一瞬ほのぼのと感じたが、しかしローナは一人で店を切り盛りしていると言っていたことを思いだした。ただ、コーデリアが尋ねるまでもなく肩を落としたローナがため息交じりに言葉を続けた。


「ですが父は半年前に突然、自ら釣った海魚料理を出す店を開きたいと言い……突然母とともに港町に移住してしまって」

「あら、行動的なお父様なのですね」

「行動的過ぎて困ります。いきなり店をやるからって言われたんですよ。私も将来はここで働くつもりでしたけど、他の街の知り合いの店で修行してた最中だったんです。でもすぐに継がないなら店は売るって言われて、私なりに精一杯頑張ろうって思ったんですけど……この状態で……」


 そう、暗い雰囲気になりかけたのはローナ自身が感じたのか、慌てて木のボードをコーデリアたちの前に差し出した。


「一応ここにメニューもあるんですけど……おすすめランチなんていかがでしょうか」

「でしたら私はそれを。ジル様どうなさいますか?」

「一緒のものを頼もうかな」

「では、承りました!」


 そしてローナは慌てて厨房の奥に向かい、エプロンに三角巾を身に着けてからカウンターの中で調理を始めた。

 コーデリアとシルヴェスターはカウンターに腰かけ、その様子を眺めていた。特にシルヴェスターは興味深げな様子だった。


「料理ができる過程はあまり見たことがないから新鮮だね」

「そうなのですか?」

「ディリィは見てるの?」

「見るもなにも、ジル様に差し上げているお菓子も調理場で作っていますよ」


 コーデリアも頻繁に作るわけではないのでオーブンを使う調理は調理場を借りるしかないし、昔からハーブの入手に協力してくれちえる料理長を訪ね調理場には頻繁に向かっている。だから調理場にはなれている。


「彼氏さん、もしかして結構いいお家柄です? 大きな商家とかですか?」


 シルヴェスターの発言にローナは考え得る範囲で最大の可能性を口にしたのだろうが、コーデリアは曖昧に笑って誤魔化した。それは身分についての質問に対してというよりは、想像していなかった『彼氏さん』という言葉のせいだ。一度も自分で発したことのない言葉を、まさかここで聞くとは露ほども予想していなかった。

 そしてそれは、シルヴェスターも同じだった。


「あ、それ私なのか」

「え、違いました!?」

「いや、そうだよ。婚約者なんだ」

「ぐっ」


 確かにその通りであるが、恥ずかし気もなくさらりと言われることにコーデリアも喉を詰まらせた。しかしその正面でローナは歓喜の声を上げていた。


「それはおめでとうございます! じゃあ、いまはラブラブなんですね!」

「らぶら……」


 からかわれることがあっても、そのように言われたことは今までにない。ただ、言葉を失ったコーデリアとは対照的に、シルヴェスターはより気分よさげな表情を浮かべている。


「そうだといいな。どうかな、彼女さん」

「ちょっと、からかわないでください!」

「あーもう、いいですねぇ。私まで顔がにやけてしまいそうです」


 しかしそうしゃべりながらも、ローナの手は止まらない。

 シルヴェスターだけではなくコーデリアも興味深々に見つめる先で、仕上がった料理が二人の前に提供された。


「おまちどうさまです、今日の日替わりおすすめランチです」


 それは一皿にいろいろな料理が載っているものだった。プレートの上には浅めのガラス皿に入った生ハムとタマネギのマリネや刻んだ緑やオレンジの野菜が覗くミートローフ、ショートパスタを使ったサラダ、それから小さなオムレツがある。別の皿には濃い色のソースがかけられたローストポークがメインに据えられ、粉吹き芋が添えられている。ほかにパンのはいったカゴと、小ぶりなマグカップに入ったコンソメスープが並べられた。

 それらはいずれも豪快な酒場のような店の雰囲気とは少し異なる、丁寧な盛りつけだった。


「どうぞ、召し上がってください」

「では、いただきます」

「いただきます」


 そしてコーデリアとシルヴェスターは同時に料理に手を付けた。


「とても、丁寧で温かい味がするね」


 オムレツを食べたシルヴェスターが感心したようにそう口にした。オムレツの中には甘辛く味付けされた鶏ミンチが入っている。


「そちらもですけど、このタマネギにかかっているドレッシングもとても美味しいですね。すりおろしたニンジンとタマネギがベースですが……ビネガーがうちで使っているものと少し違うように思います」


 一人で店を回すために考えられた献立もよくできている。それらはいずれも美味しく、気付けば皿が空になってしまっていた。


「ごちそうさまでした。とても楽しいお食事でした」

「お粗末様でした」

「とてもおいしかったよ」


 当初の予定とは違ってしまったが、美味しい上に楽しい時間だったとコーデリアは思ったが、ローナはコーデリアとは対照的な表情を浮かべていた。


「あの……率直に言います。……改善するべきところ、何か感じられましたか?」

「改善点ですか?」


 良好なところではなく、あえて指摘されるところがないかと尋ねたローナにコーデリアは首を傾げた。シルヴェスターも美味しかったとしっかり伝えているのだから、悪いところを先にローナが尋ねるのは不思議な気がした。

 だが、ローナは困り顔で言葉を続けた。


「はい。実はお礼なんて言っておきながら、あまりに来店客がなくて、久々に私の料理を食べてもらいたかっただけだったんです。それでいまいちな反応なら、もうやめたほうがいいのかなって。でもお二人の表情はよく読めなくて」

「お料理は本当にどれもとても美味しいかったですよ」

「そうですか」


 しかしそれは喜びというよりも、途方にくれたような返事であった。

 実際コーデリアは思ったことをそのまま言った。価格から考えても非常に良心的で客が満足度が高い組み合わせになっているし、一人で多種類のものを出すための工夫も凝らされていると思う。

 ただし本当にそれ以上工夫できないかと問われれば、思いつくことも一応ある。


「ほかのお料理を拝見してないので、これだけで判断するのは早計かとも思います。しかしこの雰囲気のランチをお店の看板にするなら、ターゲットを絞るのも手かとも思います。でも、あまり私も責任を持てませんから滅多なことを言うのもどうかと思いまして」

「ターゲット、ですか? その、どういう……?」


 予想外といった具合で首を傾げるローナに、コーデリアは「あくまでも私が感じたことですが」と前置きし、言葉を続けた。


「このランチ、女性に好まれると思うんです。ジルはどう思います?」

「少量ずつ多種類ってなると、母上も好みそうかな。あと、男には少し量が足りないと感じるかもしれないね」

「女性向け……だったのですね、私のお料理」


 唐突に店をすることになったせいで特に意識せずやっていたのか、ローナは面食らった様子だった。


「その反面、お店の内装は女性好みとは少し異なります。女性好みの店は数人で囲めるテーブルを適度な距離を開けて置く方がいいですね。また、余裕があればランチョンマットなどの活用で温かみが出るかもしれませんね。逆に男性客を多く得るには、もう少しお食事のボリュームを増やしたほうがいいかもしれません」


 もっとも他のメニューでそれが叶っているなら的外れなことかもしれないと思いながら、コーデリアはなおも言葉を続けた。


「あとは大通りから一本外れていますが、人通りがないわけではありません。こんなお料理を出すお店がありますよ、と、外にボードを置いてもいいかもしれません。それから女性向けを意識なさるなら、ほんの少しだけ値段を上げてプチデザートとお茶を提供するのもありかもしれませんね。手間がかかるようでしたら、果物でもいいかもしれません」

「デザート、ですか?」

「ええ。そうすると滞在時間は少し長くなるので回転率は落ちますが、お食事のあと喫茶店にいかずとも井戸端会議ができますから、リピート率は上がるかと」

「なるほど……」

「それから……お料理の色合いも、もう少しだけ変えてもいいかもしれませんね。個人的にはグリーンサラダを一角に添えるのが早いと思います。やはり華やかな色合いは食欲をそそりますから。ですが……例えばこの粉吹き芋に緑を足したりするのも、ちょっとした工夫で叶いますよ」


 他になにかあっただろうかとコーデリアが思い返していると、ローナが目の前で勢いよく両手を合わせた。ローナは勢いのよい音が鳴り、頭を下げている。


「あの!! もしよかったら、一度見本を見せていただけませんか?」

「え?」

「お話をお聞きしている限り、すごくこういうことにお詳しい方だと思いました。ですから、色合いというものをぜひ勉強させてください!!」


 ただ、口にはしたが、コーデリアも盛りつけを自分自身で行ってきているわけではない。ただ、ローナには援護も加わった。


「せっかくだし私もディリィが作ってるの見てみたいかな」

「……作るっていっても、盛るだけですが」


 ただし二人から期待の眼差しを受けてしまえばやらないとは言い辛く、立ち上がったコーデリアにローナは自分が身に付けていたエプロンを手渡した。


(並べるだけっていっても、ここまで注目されているとやっぱり緊張するわ)


 しかしここまで色々口にした以上、そうも言っていられない。


「ジル、先生からいただいた袋、かしてくれますか?」

「え? ああ、うん」

 そしてコーデリアはフルビアからお土産に渡された袋からまずはパセリを適量取り出し、みじん切りにした。そして粉吹き芋に振りかける。ローストポークを用意してもらうのも申し訳ないので、コーデリアはそれを小皿に置いた。


「たとえばこうして芋に緑の差し色を入れると、見た目が少し締まります」


 それに感心した声を出したローナにほっとしつつ、コーデリアはたくさんの料理が載っていた皿を再現しつつ、生ハムをおいた小皿に少しだけ手を加える。


「たとえばここも、サイドにレモンを添えて、刻んでいないパセリを上にほんの少しおくだけではっきりするかな、と。色がぼけやすくなるところですから」


 それから次にショートパスタを置いていたところに緑の葉物野菜を少しと、切ったトマトを添えた。


「とりあえずはここもこんな感じでしょうか。時期によってはトマトは手に入りませんが、ラディッシュやりんごなどで暖色は取り入れていけたら食欲もかきたてられるのではと思います」


 配置をかえるわけでもないほんの少しの付け足しだが、印象が変わることがある。それは料理だけではなくほかのことにも当てはまることだが、普段はできない少しの手間はときに人を楽しませる。

 そして仕上げにコーデリアはにフルビアからもらっていた袋の中から大場を取り出した。


「少しだけこちらもお借りしますね」


 そしてフライヤーの前に立ち、コーデリアは大葉を素揚げにした。


「揚げた大葉はどこでも飾りつけやすいですし、一緒にミニトマトやニンジン、カボチャ、ピーマンなども素揚げすれば添え物としての彩りが増すかなとも思います」

「オオバ……初めて聞く食材ですね」

「ちなみに大葉は生でも食べられます。もしも御入用なら、購入できる場所をお伝えできますよ。あとは……オリーブオイルに刻んだパセリを混ぜて周囲におくだけでも飾りになりますから、よろしければ試してみてください」

「私、いままで葉っぱってどうも食べ残されるイメージがあったんですよね。でも、たしかにお皿に入ると料理から受ける印象が変わった気がします」


 そう言って、笑うローナに、コーデリアは首を傾げた。


「残っていたというのはお父様のお店で、でしょうか?」

「はい。修行先でもですけどね。お酒が進んでいるからなのか、例えば揚げ物にお野菜を添えていてもそのまま残ることが多くて。知らず知らずのうちに、私もいらないものだって思ってたのかもしれません」

「逆にもしもお酒を中心に一品料理としてお出しするなら、お野菜を添えないというのもありだと思いますよ。単品で注文なさるなら、野菜が必要な方は別に頼まれることでしょうし。その辺りは私もあまりお酒を中心にする食事をとったことがないので不得手な分野ですが」


 コーデリアにローナは苦笑していた。


「私、あのお酒が飛び交うような雰囲気も好きなんです。けれどこういう飾りつけのお料理もしてみたくて。ただこっちをやると一品料理には手が回らなくなるし、かといって人を雇う余力もないし……そう思って、断念してるんです」

「では、夜は酒場で、昼はランチのお店の二部制にしてみてはどうでしょうか。お昼のラストオーダーと夜の開店時間を周知すればお店の切り替えもしやすくなるかと思いますし、うまくいけば昼の御客さんが夜にも、夜のお客さんが昼にも興味を持ってくれるかもしれません」

「!!」

「もっとも、あくまで例示です。もっといい方法もあると思いますよ」

 だが、コーデリアの言葉にローナは目を輝かせていた

「今までどうしたらいいのかわからなかったけですど、お客さんに来てもらえないからもうだめかもしれないって思っていたけど……なんだかやる気が沸いてきました。まだまだやることがあるんだって。ありがとうございます!」

「少しでもお役に立てたのなら、よかったです」

「もしかして、同業者の方ですか? もしそうなら、今度食べに行かせていただきたいと思うんですけど……」

「私は料理人ではないですね。ただ、食べることはとても好きです」

「そなのですね。すこし残念ですが、グルメな方とお話できたことが、凄く運がよかったです。ありがとうございました!」

「いえ。好きに言っていただけですから。またいずれ、食べに来させてくださいね」

「はい、もちろんお待ちしていますので! その時には他のお客さんも入ってるようなところ、見ていただけるように頑張ります」


 そして心強く宣言するローナと別れ、恐縮するローナに代金を支払ってからコーデリアたちは店を出た。

 コーデリアが盛りつけた皿はローナのまかないにするとのことだったが、それは少しシルヴェスターにとっては残念だったことらしい。


「せっかくだからディリィが作ったのも食べたかったな」

「あの、私は本当に盛りつけただけですからね。どうせなら本当に作ったものを楽しみにしてください」


 多少手は加えたとはいえ、あれはローナの作ったものだ。ローナが作ったものが美味しいというのはわかるし、コーデリアがちょうど満腹という量だったので、もしかしたらシルヴェスターはまだ腹八分目という状態なのかもしれない。


「今から、最初に仰っていた揚げ菓子を買いにいきませんか?」

「いいの?」

「もちろん。そのお菓子、私も食べてみたいですし」

「いや、そうじゃなくて。作ってくれるの?」


 その言葉にコーデリアは目を瞬かせた。確かに菓子しか渡した覚えはないが、どうやら本当に料理を楽しみにしてくれているらしい。


「どうせなら、ジルも一緒に作ってみますか?」

「いいね。今度遊びに行ったときに作ってみたいな。楽しみだ」

「では、楽しんで作れるお料理を考えておきますね」


 しかしシルヴェスターと食事を作ってみたいので調理場を借りたいと申し出たら、料理長がどのような反応をするだろうかと思い浮かべたコーデリアは今のうちから心の中で謝罪した。幼い頃から色々と融通を聞かせてくれている料理長なので柔軟な対応をしてくれるだろうが、おそらくはらはらどきどきといった気持ちで見守ってくれることだろう。


「しかしローナとは会ったばかりなのに、ずいぶん気が合ったみたいだね」

「逆に会ったばかりで気軽なお客さんの状態でしたから、遠慮なく色々お伝えできたというのもありますけどね。それに思いついたことをお伝えしただけですから、本当に参考になるかは別のお話です。とても美味しいお料理だったので、少しでも役立ったならいいのですが……」

「店や料理に関することももちろんだけど、なにより一番大事なことを伝えられたんじゃないかな。自信がなくなってしまっていたら、本来成功することだって失敗する。最初と最後で、ローナの表情は違っていたから、それだけでも成功に近づけたんじゃないかな」


 本当にそうであればいいことだが、真偽はともかくシルヴェスターにそのように思われたことにくすったさを感じてしまった。


「今日の予定は先生のところに行くってことしかできなかったけど、私が考えていたよりずっと楽しい時間になったよ」

「もしかして先生の所と食事以外にも、何か考えてくださってたのですか?」

「誘った手前、一応ね。食事のあとに行こうかなと思っていた場所もあったけど、ローナと話すディリィを見てるのも面白かったよ。食事が作れるのも知らないかったし、まだまだ知らないこともあるんだって改めて思い知った」


 その言葉を聞いて、コーデリアは苦笑した。

 最初は厨房に立つのも多少躊躇いもあったが、つい楽しくなってしまって途中はシルヴェスターを放ったらかしにし過ぎたかもしれないと思っていたので、それを気にしていないというのなら本当にありがたいと思った。

 しかし念のために言っておきたい。


「ジル様。もしも私が気になる行動をしていましたら、遠慮なく仰ってくださいね」

「え? あ、うん。どうして?」

「せっかくのデート、ジル様にも楽しんでいただきたいではないですか。私もだまだうっかりがあるかもしれません。ジル様のことでまだ知らないことも、絶対にありますから」


 普段ならできるだけ注意も払いたいとは思うが、どうにもこうにもジルに関してはちょっとしたことで落ち着かなくなり、普段なら問題ないことでもついうっかり、という心配だってある。もちろんそれはデートの時に限ったことではないのだが。

 自ら言っておきながらデートという単語が恥ずかしく茶化し気味にコーデリアが言うと、シルヴェスターは虚を突かれたようだったが、すぐに笑みを返した。


「今日は『様』つけないって、いままで守ってくれてたのに。忘れてしまうくらい、一生懸命な告白だったんだね」

「ちょっと!」

「ごめんごめん、でも、私も同じだから」


 その場を流すために言っているだけではないかとコーデリアが睨みつけると、シルヴェスターは照れた表情を浮かべていた。


「ジル様?」

「ディリィのことはよく知ってるつもりだし、どきどきするより一緒にいて落ち着くことが多いのに、それでもやっぱりどきどきするときもあるし。たしかに街でのデートは初めてだけど、今日じゃなくてもいつでも初めてのデートの気分も味わってるよ」


 そしてそのまま優しい表情でコーデリアを真っ直ぐ捉えた。


「でも、何回でも初デートでも構わないかなって思ってるんだ。そもそも同じデートなんて起こり得ないんだからって」


 そう堂々と言い切られ、コーデリアは目を丸くした。


「だから私に気になるところがあればディリィも……って、ディリィは昔から言ってくれてるよね」

「あら、よくご存じで」


 シルヴェスターが肩の力を抜いたのを見て、コーデリアも肩をすくめて返事をし、そして互いに笑ってしまった。


「じゃあ、次の初デートは今日いけなかったところに行くとしようか」

「楽しみにしていますね」

「そのために仕事もがんばらないとね。抜け出せるよう、しっかりと」


 もちろん次もその想定通りになるかどうかはわからない。けれど、そうなってもそうならなくても、どちらでも楽しいのだろうなとコーデリアは思ってしまった。



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