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幼馴染による『もう一つの姿』の披露


 その日、公務で街に出かけたというシルヴェスターとヴェルノーがパメラディア邸を訪れたのは、ちょうどおやつの時間だった。


「なんだかごめんね」

「なにがでしょう?」

「時間帯、悪くて。いきなりだったし」


 紅茶を出した際にシルヴェスターから申し訳なさそうに謝罪を受けたことに、コーデリアは肩を竦めた。

 シルヴェスターが屋敷に来るのはこの日が三度目で合ったのだが、確かに今までは突然の来訪は一度もなかった。

 しかし、幼い頃からヴェルノーに来訪予告などされたことがなかったので、そういう意味では『いきなり』などコーデリアにとっては慣れたものだ。

 多少驚くといったことはするものの、『じゃあ、おもてなしの用意をしないといけませんね』くらいの感覚しか抱いていない。


「お茶ならたくさん揃えていますから、どうぞお気になさらず。それこそ一日では飲み切れない量がありますよ」


 ついでに言えば、パメラディア家をいきなり訪問することに慣れているヴェルノーにはまったく悪いとは思っていなさそうだった。

 ヴェルノーコーデリアが紅茶を淹れたにも関わらず、それに手を付ける前に「とりあえず水をくれ」と要求した。


「構いませんが、珍しいですね」


 ヴェルノーがパメラディア家で水を要求したことなどない。

 そんな中での要求にコーデリアが応えつつ尋ねると、ヴェルノーは深いため息をついた。


「朝から飲まず食わずでこの時間だ。いい加減疲れた」

「朝からって……」

「予定が押したんだ」


 そう言って行儀悪くだらりと背もたれに体重を預けるヴェルノーを、シルヴェスターも苦笑しながら見ていた。シルヴェスターも一切ヴェルノーの行儀の悪さに言及しないあたり、その気持ちは十分に理解しているといったところなのだろう。


「何か軽い食事でも用意させますね。それまでは……そうですね、クッキー程度しかありませんが……」


 そしてコーデリアが立ち上がって戸棚から瓶に入ったそれを取り出すと、二人の視線はコーデリアの手元に釘付けになっていた。よほど空腹であるらしい。


「どうぞ」


 コーデリアは何事も見なかったかのようにふるまってテーブルの上にクッキーを置いてからドアに近づき、外に控えていた使用人にすぐに食べられる食事を用意してほしいと依頼した。

 それからコーデリアは再び自分の席に戻ろうとしたとき、陽の光を浴びながらクッキーに手を伸ばしている二人を見て懐かしい光景が脳裏に浮かんだ。

 それは、祖母であるフルビアのところに遊びに行っていたときの光景だ。


「ディリィ? 何を笑っているの?」

「いえ、不意に幼い頃が思い出されました。先生の所へ行ったときのことです」


 シルヴェスターの問いかけにコーデリアが答えると、ヴェルノーも面白そうに笑った。


「ああ、あれも楽しかったよな。あの頃もジルは真面目だったっていうのに、その真面目さをもっていかにバレずに抜け出すかを考えていたのがたまらなく面白かった」

「ちょっと、ヴェルノー」

「事実だろうが。まあ、あの時のジルはジルであってシルヴェスター殿下のお姿ではなかったわけだが」

「ヴェルノーだって『座学より市場調査』と言って私より抜け出す手段を提案していたじゃないか」


 やや芝居がかったような調子で言うヴェルノーに、シルヴェスターもただ黙っているような性格ではない。

 ただ、二人とも言い合っているわけではなく、互いに懐かしんでいるだけなのでその様子は微笑ましい。


 しかし、そんなときにコーデリアはふと、一つの疑問を抱いた。


「ヴェルノー様。ヴェルノー様は変化の魔術を他人にかけることもできるのですよね?」

「ああ。それでジルの姿を作っていたからな」

「では私も別の姿にしていただくことも可能でしょうか?」

「まあ、普通にできるな。なんだ、興味があるのか?」


 そんな風に尋ねながらも、ヴェルノー自身も興味を覚えたらしく口角が上がっている。


「だって、変身なんてそうそうできることではないでしょう?」

「なら、やってみるか」


 そしてヴェルノーは立ち上がった。


「俺の魔術は自分の姿は自由に変えられるが、他人の姿は一種類にしか変えられない。それも選べないから、どんな風になるかはわからない」

「はい、以前お聞きしました」

「ならいい。どんな姿になってもクレームは受け付けないからな」


 その注意事項を口にしたヴェルノーはコーデリアの頭に手を置いた。


「なら、始めるぞ。一瞬だ」

「はい」


 そして次の瞬間、コーデリアは自分に強い魔力が流れてくるのを感じた。そしてそれは自らを覆うように漂っている。


(魔力の着ぐるみみたいな感じ……というのが近いのかしら……?)


 そんなことを考えている間に、ヴェルノーの手は離れた。


 ヴェルノーは二歩ほど下がってコーデリアを見ていたが、何度か瞬きをして不思議そうだった。コーデリアはシルヴェスターのほうも見たが、やはりシルヴェスターも目を瞬かせていた。


「あの……?」

「いや、変だとかそんなわけじゃないし、いいと思うんだけどさ。なんというか……ディリィってわかってても別人に見えるんだよ。そういう術だけど」


 その意味を知るため、コーデリアは鏡がある位置まで移動し、そしてその中に映った自分を見て絶叫しかけた。


(これ、前世の私の高校生時代くらいの姿……!!)


 久方ぶりに見る姿なのではっきり言えば若干朧気ではあるのだが、今のコーデリアの年齢だったくらいの前世の自分に見えて仕方がない。

 そう思うと、ヴェルノーの反応は理解できた。

 コーデリアも前世の自分が日本人らしい黒髪黒目の容姿で『コーデリアです』と名乗ったら一瞬考えることだろう。


「た、確かに予想外の姿ですよね。私も驚きました」


 コーデリアは誤魔化すようにそう言ったのだが、未だシルヴェスターからの反応がない。これはどういう反応なのだろうか、ヴェルノーと同じように想定外過ぎて困っているのだろうかなどと思っていたが、やがてポツリと言葉がこぼれた。


「なんだか、嬉しいね」

「……嬉しい、ですか?」

「同じ色。仮の姿とはいえ、なんだか同じっていうのも嬉しいね。あ、元の色よりいいっていうわけじゃなくて、どっちもかわいいっていう意味だよ」


 後半、慌てて付け足された言葉はコーデリアの耳を軽く通り越していった。

 あまりに想定していなかった言葉にコーデリアも目を瞬かせた。


「……同じ、か。まあ、確かに髪色が同じお前と並んでたら兄妹みたいで違和感も減るな」


 確かに、同じ色合いならそれもそうかもしれない。

 けれどそれは本当に色だけじゃないかとコーデリアは少し呆れたのだが、シルヴェスターは黙ってしまった。


「ジル?」

「ヴェルノー、術、解いて」

「は? もともと長く続けるつもりはないけど……急にどうした?」

「兄妹はちょっと嬉しくないからね」


 ヴェルノーからの問いかけに間髪入れず答えたシルヴェスターの表情は非常に形容し難いものであった。ただ一つだけ言えるのは、その表情はこの上なく真剣であるゆえに現れたものであるということだ。


 コーデリアとヴェルノーは揃って黙ったものの、やがてコーデリアはにやけたヴェルノーの視線から逃げるように顔を逸らせた。

 しかしそのくらいでヴェルノーの追撃は終わらない


「いや、せっかくだから俺も一回黒に変えて見せようか? 三きょうだいってのも悪くないかもしれないぞ」

「……私はヴェルノー様のようなお兄様がいるというのは、勘弁願いたいと思いますね」


 友人としては良好な関係を築いていても、それがコーデリアにとっての心からの本音であった。

 ただ、前世の自分の姿も好ましく思ってもらえたという事実がある以上、こんな依頼をするのではなかったなどとは思わなかった。










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