5.体調不良(?)な騎士様と、甘い妨害
「アメリアさん、先日の魔法陣解析の件なんですが……」
「あ、カイルさん。そこの魔導式、もう少し詳しく解読できたので見ていただけますか?」
魔法式は、魔法陣を細かくわけたあとの呼び方だ。複数の魔法式の組み合わせで魔法陣はできている。
研究室で同僚の男性職員・カイルと羊皮紙を覗き込んでいた時だった。
背後から、凍りつくような冷気を感じて振り返る。
「……あ、アメリア」
ドアの枠に力なく寄りかかっていたのは、制服姿のヴィンセントだった。
顔色は少し青ざめているように見え、どこか弱々しい雰囲気を漂わせている。
「ヴィンセント様!? どうされたんですか、そんなところで……!」
焦って駆け寄ると、ヴィンセントはふらりと身体を傾け、私に倒れかかるようにして体重をかけてきた。不意の出来事に慌てて支えようとするが、鍛え上げられた騎士の身体は重い。
「……すみません、アメリア。前回の採血と、昨日の遠征の怪我が……少し響いたみたいで。頭がクラクラするんだ……」
「えっ、怪我!? そんな状態で来ちゃダメじゃないですか!」
慌てる私をよそに、ヴィンセントは私の肩に顔を埋め、深々と息を吐いた。
その角度からは見えないが、私の背後で呆然と立っていたカイルに向かって、ヴィンセントが**冷酷そのものの射殺すような鋭い視線**を飛ばしていることなど、私は知る由もない。
(な、なんだあの人……!? さっきまで普通に歩いてきたろ……!?)と青ざめるカイルを完全に無視して、ヴィンセントは小さく掠れた声で囁いた。
「立っているのも、少し辛くて……
少し心細くもなっちゃて」
◇
「……まったく、無茶ばかりするんだから」
騒ぎを聞きつけた研究所の先輩たちが、「いつもお世話になっているヴィンセント様の体調が第一だ!」「アメリア、お前がつきっきりで面倒を見てやれ!」と、半ば強引に私を彼のお世話係に任命した。
研究所の一角にある応接用のソファにヴィンセントを横たわらせ、温かいお茶を準備する。
「はい、お茶です。飲めますか?」
「……腕も痛くて、カップが持てそうにないや。アメリア、飲ませてくれないか?」
「えっ……」
上目遣いで懇願するように見つめてくるヴィンセント。
かつて「天使」だった頃の幼い面影がふっと重なり、私は断れなくなってしまう。
「……もう、今回だけですよ」
ゆっくりとお茶を口元へ運んであげると、ヴィンセントはルビーの瞳をキュッと細めて、心の底から嬉しそうにそれを飲み干した。
「ありがとう、アメリア。……すごく美味しい」
「ただのハーブティーですよ。……それにしても、ヴィンセント様がこんなに弱気になるなんて珍しいですね」
私が苦笑しながらおでこに手を当てて発熱がないか確かめると、ヴィンセントの身体がピクッと強張った。
彼の肌はほんのり熱を帯びているように思えたけれど、それは体調不良ではなく、単に**私が触れていることに過剰に緊張しているから**だとは気づかなかった。
◇
(本当は……体調なんてどこも悪くない)
ソファに横たわりながら、ヴィンセントは心の中で密かに毒づいていた。
採血のあとの小さな掠り傷なんて、彼の破格の自己治癒魔法を使えば一瞬で塞がる。
遠征の怪我だって、2~3日で完治するような軽い怪我しかしていない。
だが、アメリアが他の男と距離を詰めて楽しそうに話しているのを見た瞬間、胸の奥でどろりと黒い感情が渦巻いたのだ。
(僕以外の男と仲良くしないでほしい。僕だけを見てほしい……)
どうすれば彼女の視線を自分だけに釘付けにできるか。
プライドも何もなく、咄嗟に出たのがこの「体調不良のフリ」だった。
だが、あの男とアメリアが付き合いだしたところを想像して、心臓と胃が握りつぶされたような感覚になり本当にめまいがした。
弱っているフリをすれば、アメリアは優しいから見捨てない。昔みたいに世話を焼いてくれる。自分のためだけに時間を使ってくれる。
(……ズルい男だと思われてもいい。このまま、ずっと僕だけの面倒を見てくれればいいのに)
自分を見つめるアメリアの愛おしい瞳を見上げながら、ヴィンセントは「もっと弱ったフリをしてみようか」と、密かに歪んだ計画を練るのだった。
◇
「体調が落ち着いてきた」というヴィンセントを部屋まで送り届け、 しっかりとベッドに寝かせる。
「お腹空いているなら、何か食べやすいもの食堂から貰ってきますよ」
私がヴィンセントに声をかけると
「アメリア……、側にいて……」
その弱り切ったような声に抗う事などできる訳もなく、ベッドの近くに椅子を寄せて座る。
「て、手を握ってくれたら、安心して眠れるかも…」
差し出された手を無言で優しくつなぐ。
(どきどきしていい状況じゃないのに……)
自分を落ち着かせるために深呼吸をして
少し落ち着いたところで、ヴィンセントの様子を見ると、バチりと目が合った。
「目をつぶらないと、眠れませんよ」
そう言って空いた手を、彼の目元に置き視界を塞ぐ。
しばらくそのままでいると、ヴィンセントは眠ったようだった。
繋いでいた手の力も抜けていたためそっと手を抜いた。
何も食べず眠ったので、お腹がすいて目が覚めるかもしれないと思い、簡単に食べられる軽食と飲み物を準備するために静かに部屋を出た。
フルーツやパンを準備し静かに部屋に戻ると、ヴィンセントはベットの上で上半身を起こし、自分の左手を静かに見つめていた。
(私の握っていた方の手だ。わ、私の手汗がついて、ベタベタしたのかしら?
気持ち悪くて目が覚めてしまったの!?
あれは、原因がわからず、考えている顔?バレる前に拭かなきゃ!)
「ヴィンセント!!!
て、手!!拭きましょう!」
手に持っていたものを素早くサイドテーブルに置き、ハンカチを持ってヴィンセントの手に迫った。




