21.
二〇一五年七月七日。今日の気分は最高。
賢い人は行動に移すのが早いと個人的に思う。やると言ったらすぐにやるし、辞めると言ったらすぐに辞める。
広太に続いて優が大学を辞めた。三人で同じ大学に通うためにレベルを下げてくれていた優のことだから、その気になれば東大受験なんていつでもできたのだろう。受験まで半年切ったこの時期から勉強すると話していた。
それなのに、優は受験勉強をするどころか、暇になった広太と俺とその他RAITの事務所関係者を含む七人で岐阜旅行へ行くことになっていた。当日、深夜のテンションで流れるように決まった。
七夕に七人で旅行なんて、縁起が良いとご機嫌なRAITは、おすすめの宿を予約してくれた。
俺は勉強が得意ではないから、ゴールに届くまでは全力で机に向かわなければならなかった。それに比べたら、中学生の頃から学年トップを維持する優にとってはなんてことないのかもしれない。
正直、優の才能は羨ましいと思うことが何度もあったけれど、余裕こいてる嫌味なヤツではないことは昔から知っている。
今回の旅行だって睡眠不足の中、『楽しそうだから』と即諾していたのも、親に敷かれたレールを歩くより俺たちと居ることを選んでくれた、優の人間味あふれる人柄あってのことだ。
ほんの数時間、仮眠をとって事務所の車での長距離移動が始まった。
一応、旅行の名目はドーム公演に向けたMV撮影ということになっているらしい。機材を積んだ窮屈な車内では居眠りもできないけど、和やかな雰囲気を寝て過ごすのはもったいない気がした。
コミュ力バケモンの広太は、RAITを含む事務所関係者全員と喋り続けていてすごいと思う。趣味の話や仕事の話、恋愛の話など情報が盛り沢山だ。
「え、じゃあ、坂口さんはこのプロジェクトを成功させる験担ぎみたいなんで今の彼女さんに告ったんすか!?すげえ!!勢いって大事っすね!いや、案外、勢いなんかなくても告白待ちだったんじゃないんすかー!?」
「それはどうかな。仕事に一生懸命な姿を良いって思ってくれたみたいだから、RAITとか空のおかげで三割り増しに見えてるだけなのかも」
「めっちゃネガティブ!!自信持ってくださいよ!坂口さんのダンスは世界一でしょ!ダンスをする坂口さんに射抜かれたに決まってますって!」
本音かどうかイマイチ分かりにくい広太の口調は、側から見ればただのいい人。広太と関わるうちに見えてきたのは、内輪には家族のように接するのに対して、外野には本音を言わずにうまく転がす。幸い、俺のことは家族として捉えてくれているから、言いたいことがあったら普通に悪口でも言ってくる。外野に対しては、相手を気持ち良くさせるだけに徹する。その差が激しすぎて、初めてそういう場に直面したときは広太を怖いと思った。
興味がないから、会話を続けるには相手の反応をいちいち観察して、勝手に話してくれるように仕向けるしかないのだと種明かししてくれたまでがセットで、人間って怖いなと思った。
坂口さんとのやりとりが本音かどうか分かりにくいのには理由がある。
広太が興味のない相手に繰り出す必勝法として、恋愛話と仕事の話がある。初手にこれを突っ込んでいるということは、少なくとも坂口さんに対して知っていることがほとんど無いということ。
それだけなら、いつものやつか。と納得できるのに、坂口さんの本業である、ダンスについて触れているのがいつもとは少し違う。広太はダンス経験者ではないから、一概に上手い下手を断言することは、広太の性格上、得策ではないと考えるはず。確かに、坂口さんは世界的に評価されているダンサーの一人だけど、RAITの前でダンスの話題を出すこと自体、ほんの少しだけリスキーだったりもする。
歌を歌えなくなったRAITが次に選んだ仕事の手段がダンスなのだから、下手をするとプライドに傷がつく。そんな危ない橋を渡るのか?と少々疑問が残る。
一人、悶々と考えるうちに車酔いしてしまった。自分で自分がクソ雑魚すぎて嫌になる。せっかくの楽しい雰囲気が台無しだ。
最寄りのパーキングエリアで小休憩。
「車酔いって珍しくね?スマホばっか見てたの?」
「いや…」
まさか本人には言えない。お前の心のうちを探ってたら酔った、なんて。
「まぁいいか。ちょうど、接待トークにも疲れてきてた頃だし」
「えぇ、やっぱり接待だったの…」
「いやぁー、RAITのことは好きなんだけど、なんか、ね」
歯切れの悪い返答にモヤが募る。
「別にあの人が悪いわけじゃなくて。俺の問題だわな。興味ないのよ、他人に」
車酔いするまで考えた結果が『興味ない』の一言で片付けられてしまう。考えるだけ無駄ってことだ。興味ないなら、無理に話さなくてもいいだろうに。




