九 乙女ゲームの世界だって?
彼女たちの暮らしていた街は、日本海側に面した寒い地域で、冬になると道路が見えなくなるほど、ぶ厚い雪が降る。
そのため冬の間は、不良少女達はバイクを乗り回すこともできずに、家の中に籠もりきりになることを余儀なくされるのだった。
ベリンダの前世であるアヤコは、家族が多い上に家が狭い。
そんな環境では、バイクに乗れないからと自宅に帰る気にもなれず、唯一の舎弟であるヤンスの自宅に厄介になることは少なくなかった。
ヤンスは荒れた不良高校に通ってはいるものの、本人の性質は温厚であり、比較的真面目である。
そして、彼女の興味はどちらかというと、不良行為に走ることよりも、オタクの方面に向いていたのであった。
今年の正月。
アヤコがいつものようにヤンスの部屋に上がり込むと、彼女はテレビゲームをしていたようであった。
「あ? 何それ?」
「あ、姉御。あけましておめでとうっす」
「おー。で、何それ?」
「これっすか? 恋愛シミュレーションゲームっすよ。姉御もやるっすか?」
「やんね」
「そっすか。じゃあこれから選択肢が出てくるんで、恋仲になりたい男子の好感度が上がりそうな選択肢を選ぶっすよ」
「やんねーっつってんだろ!」
と、言いつつも、ヤンスはその恋愛シミュレーションゲームをやり続けるし、アヤコも家から逃げてきてる身だ。
興味は無いが、他にやることもないので、結局ふたりでそのゲームを遊んだ(というより、ヤンスが遊んでるのを横目で見てた)……という記憶が、確かに浮かび上がってくる。
画面上には、何人か、キラキラしたイケメンの男達の絵が表示されていた。
男に興味が無いアヤコは、そのほとんどを覚えてはいなかったのだが……たったひとりだけ。
テレビ画面に、ひときわ派手で、ひときわやかましい声で、ひときわ腹の立つキャラクターが映し出されていたことを……彼女は覚えていた。
そう。
彼女は覚えている。
なんだこの腹の立つ女は、と。
コイツ、主人公のやることなすこと、全部邪魔してくるじゃねーか、と。
そんなふうに、ゲームを進めるヤンスに言った覚えがある。
そしてあの時のヤンスは、彼女にこう答えたのだ。
腹が立つのは当然っすよ、と。
彼女の名前は、ローザリヤ。
主人公の恋の障害になるために存在する、悪役令嬢なんすから、と。
そして見やった画面上。
伸ばした手の甲を頬に当て、オーッホッホッホ! と高笑いするその腹立つ女の顔は。
ついさっき庭園でやり合ってきたばかりの、あのローザリヤ嬢と、確かに同じものだったのではないか。
……庭園で最初にアイツと顔を合わせた時、感じた既視感はこれかよ!
確かに初めて会うわけじゃなかったみてーだな!
まさかそれが、画面越しの、こっちと向こうだとは思いもしなかったけどよ!
ひとまずヤンスの言うとおり、そのことを思い出したベリンダは。
ぎょっと表情を強ばらせて、目の前の鳥に問いかける。
「……おい、待てよヤンス。じゃあ、なにか? オレたちは今、あのゲームの世界にいるって、お前はそう言いてーってことなのかよ……?」
自分で口にしておいて、あまりにも信じがたいシチュエーションだ。
だが、ソファにとまったインコは、事も無げにこくりと頷いて。
「どうやらそうみたいっすね!」
「まーじかよ……!」
ベリンダは頭痛でもするみたいに額に手を置いた。
だがしかし。
考えてみればベリンダは、バイクでの交通事故に遭っている。
あの時出していたスピードから考えて、まず間違いなくあの時バイクに乗っていた肉体は無事では済まされなかっただろう。
だというのに、当の彼女は、今もこうして別の人間として息をしている。
その転生だけであっても、理外の範疇なのだ。
ならばその転生先がゲームの世界であったところで、もはやこれ以上驚くようなことではない。
「まあ、こうなっちまったもんは仕方ねーし。こっちの世界で、どうにかこうにか生きてくしかねーのかねえ……」
と、半ば強引に事態を飲み込もうとしたベリンダだったのだが。
しかし彼女を取り巻く事情は、そう単純なものでは無かったのである。
ヤンスは羽をバタバタと羽ばたかせながら、ベリンダの顔を見上げて言った。
「姉御! んな悠長なこと言ってる場合じゃねーんすよ!」
「な、なんだよ急に……。つったって、焦ってもどーにもならねーじゃねえか。元の世界に戻る手段も心当たりはねーし」
「そうじゃなくって! 事態はもっと逼迫してるんす!」
「あ? どういうことだよ」
「だから……つまりっすねえ……!」
羽を大きく振りまくヤンスは、必死の形相でベリンダに訴えかけてくる。
そして次にその嘴から発せられた言葉は、今度こそベリンダの頭を思考停止に追いやった。
「このままだと姉御、死んじゃうんすよ! 悪役令嬢ローザリヤの失墜に巻き込まれて!」
「…………なんだって?」
オレ、死んだばっかなのに、また死ぬの?
なんて、辛うじて頭に思い浮かんだ軽口は、しかし。
実際に死を垣間見た直後では、重たすぎて口にすることはかなわなかったのだった。
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