(012) 『ニコニコ天使と黒い花の指輪』
「なッ……天使だと? 誰が召喚を……」
常に冷静だったリファナが、剣の柄に手をかけ、警戒を強める。
「ど~もど~も。お邪魔しますね~」
三つ編みに束ねた長い金髪、優しげに細めた目。
頭上には光輪を冠するが、よく見るとそれは白い魔法陣のようだった。
陽司のイメージとも合致する、いかにも天使という長身の女性。
とはいえ、その右手には大きな盾があり、攻撃的な装備でないが、ただただ平和的なわけではないように見えた。
「私、ワーキュライラと申します~。え~と、トーカティアの騎士団が黒魔女アーネスを連れて行こうとしてる現場、という認識でいいですかね~」
のんびりと緊張感のない口調で天使はリファナに問う。
「……だとすれば?」
「ひとまず、私が彼女らの身柄を預かります~。王様にも連絡しときますので~」
『殺伐』と『のんびり』が見つめ合う状況、温度差でヨウジの思考がギュイーンとなる。
(何だ、この緊張感のない天使は。こんな神聖サイドの存在が俺達を庇ってくれるのか? とりあえず女の姿だし、個人的には警戒してしまうけど……)
実際、天使の性別が女性なのかは不明だが、ヨウジは当然のように『やべー女』を想定する。
見たまま人を超えた存在ならば、戦闘能力的に人間がかなうものではない。そんな危険を前に、リファナの眉間のシワが深くなった。
「ワーキュライラ殿、何者に召喚されたか知らぬが、こちらも引くわけにはいかん。お引き取り願おう」
リファナは剣を左手に持ち替え、縦に構える。
そして、右手をその剣の腹に沿え、天使を睨みつけた。
一触即発という空気の中、天使は徐に……そう、悠然と……アーネス&ヨウジに近づいていく。
(ん……この天使の匂い、この不快感は何だ? 無機質というか、生を感じない……)
嗅覚から来る違和感に、ヨウジは少し戸惑う。
(天使って、生き物じゃないのか? それとも、召喚霊ってやつだからか? これと比べたら、今の俺の臭いとか『生きてる』って感じで心地いいもんな……)
「クサいわね……うん」
「え、マジで? そんなこと言われても……転生させられてのこの体だし、ちょっと我慢してもらわないと……」
「違うわよ! この天使がうさん臭いってこと!」
そもそもネガティブ気質で疑り深いアーネス、ヨウジとは違う感じ方で天使を警戒していた。
「とはいえ、『連行中に逃亡した』より『天使が身柄を引き受けた』の方が世論の印象はよさそうだよな」
「でも……リファナが言ったように、あの天使を召喚・指示してるヤツがいるはず。何者かの思惑があるってことよ、うん」
そんなことをコソコソ話しているうちに、天使はふたりのそばへ降り立ち、指先でチョンと触れただけで白の十字架をシャボン玉のように破裂させる。
「さ~、おふたりとも、行きましょうか」
「……逆らわない方がよさそうね、うん」
得体の知れない大きな力を感じ取り、アーネスは魔本から手を下ろした。
「…………私が甘かった。お前達に選択の余地など……ない!」
突然、怒り心頭という形相のリファナが、右の手甲のベルトを歯で緩め、その腕を振った。
すっ飛んだ手甲が、ガランガランと音を立て転がる。
その中から現れた女性らしい手、その中指には黒い宝石の指輪が填まっていた。
「国の意志は絶対! 審問を受けぬなら、この国に存在することは許さん!」
「姉様!? その指輪は……!」
ギンッ!!
問いかけるユイットに一瞥もくれず、リファナは指輪付きの拳で剣の刃を殴りつけた。
ビシッと音を立て、指輪の黒玉にヒビが入る。砕けたそれは、まるで花が開くように形を変え、ただならぬ魔力を湧き上がらせた。
「黒の魔力……! 何よ、リファナも黒魔女に憧れてたってこと?」
「国の判断は、すべて国のためを思ってのものである。それに逆らうことは国を否定することと知れ!」
「話が通じてないみたいね……うん」
指輪が填まった指から黒い茨がリファナの腕に広がり、顔にまで到達。まるでタトゥーのように白い肌を彩る。
リファナの魔力を吸い上げているのか、白い光が指輪へ集まっていく。
本人の魔力を倍増したような膨大なエネルギー。それが指輪から灰色の光となって噴き出し、ローブのようにリファナの体を包む。
威厳ある白騎士だったその姿は、怪しく灰色に光るローブをかぶった悪魔崇拝教徒かのように変貌した。
「あの黒い指輪が~、女騎士さんの欲望を肥大化し、正気を失わせてるんですね~」
「欲望を肥大化……? 天使、何か知ってるのか? 弟くんも指輪のこと知ってたみたいだけど……」
ヨウジからワーキュライラへの問いかけに、ユイットが悲痛な面持ちで口を開く。
「ここ最近……黒い花の指輪を使って魔法使いが事件を起こしているのです。対策を考案中だったのですが、まさか姉様が……。信じられない……信じたくない!」
「魔法使いを暴走させる薬物みたいなものなのか? だとすれば、騎士団としては大問題だな……」
「ち、違う! 姉様が自分の意思でそんなものに手を出すはずがない! 何者かの謀略か……」
ブオン!
ユイットの言葉を掻き消すように、リファナは剣をひと振り。
そして、剣を水平に構え、瞼を閉じた。
「リファナ・マーヴェンライトが理を示す! この命力を素とし、指した理霊の役割はひととき書き換えられ、異界へ繋がる門となる! 暗雲切り裂き、稲妻の速さで来たれ、盟約の剣!」
法詞を詠唱しながら、剣の腹を指でなぞり、術式を書き記す。と、剣先から魔法陣が現れる。
その剣で、リファナは天を突く。剣先の魔法陣が強く輝き、雷鳴が一度轟いた。
「『聖雷大剣オーズヴァイン』!!」
リファナの掲げた剣の上に、7・8倍もある巨大な剣がゆっくりとせり上がり現れる。
それは、名に『聖』とつくのがふさわしくない、まがまがしい印象の大剣。
「あれがオーズヴァインだと? 姉様……ッ!」
本来、白と金色を基調とした幅広の直剣。のはずが、その色はどんよりとくすみ、いくつも角が突き出したその形状は、ノコギリのできそこないのような。
呆然とリファナを見つめ、ただ立ち尽くすユイット。想像もしなかった姉の不可解な行動に、頭が真っ白になっていた。
「これより切り取る小世界、私が膝をつく時まで何者も出入りすることを禁ずる。『聖雷理結界』!!」
リファナはその場でひと跳び、剣を斜め下に構えながら、まるで演舞のように体を捻り一回転。降り立ったのち、流れるような所作の横一閃で締める。
その動きをトレースするように、空中の巨大剣はゴウと風を切って舞い上がる。
そして、その場にいる者をドーム状に囲うような軌道で空を撫でる。
バチバチと雷気を放つ透明のすり鉢を被せられ、ヨウジは溜息をついた。
「水責めの次は、電撃バリアの中に閉じ込められたのか。電流爆破リングなんて直接的にヤバいよな……」
「結界より、あのデカ剣がヤバいわよ。ユーオリアの白竜は憑依召喚……こっちの世界用に器を作って実体化させてたけど、コイツは異具召喚……つまり、本体そのものが来てるってこと」
「……なんとなくわかるけど、なんとなくわからん」
トーカティア王国の法では、異界から生物を召喚する魔法は禁じられている。
が、依り代に憑依させ『召喚霊』として一時的に存在させる『憑依召喚』は許されていた。
その形でなら、召喚霊同士を戦わせる娯楽なども一般的であった。
オーズヴァインは異界の存在だが、生物でないため合法。その力は減衰することなく、本来持つそのままで発揮される。
『合法で強力』なら誰もが選択しそうなものだが、そもそも特殊な才能によるもので、発現できる者はわずか。
ここまでの大物クラスとなると、国内ではリファナが第一人者と思われるほど希少な能力である。
「私の使命は、黒魔女を生きたまま捕らえること。だが、逃亡の意志あるならば……それができぬ程度には弱ってもらう」
ズシンズシンと足音が鳴りそうな威圧感。リファナは、一歩一歩踏みしめながらアーネス達の方へ歩み寄る。
「困りましたね~。私は人に攻撃することはありませんので、あなた達ふたりで何とかしてくださ~い」
「え? 天使らしく、人を超えた力で何とかしてくれると思ったんだけど……。じゃ、アーネス、魔法で……」
「まだ無理ね。てか……使い魔として戦うか、アタシに魔装転凛をかけるか、どっちにしてもアンタが起点になるのよ、うん」
(むう……推しには戦わせたくないし、俺が闘るしかないのか。しかし、電撃付きの巨大な剣……やれんのか?)
「えーと……巨獣フォームに変身するための強化魔法くらいはできそう?」
「……VSフェルオースでは『強化魔法』が変身のキッカケになったけど、あの姿は本来ヨウジの持つ力よ。自分だけでも……なれるはず、うん」
「それって…………『気合』ってこと?」




