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兄上は義弟を連れて行きました

アレックス視点です。



 一日、二日で衣服が調達できるわけではない。昨日と同様にエリウスには私の服を着てもらっている。背丈が同じぐらいで助かった、と胸を撫で下ろす。

 布も、服も、田舎にとっては高価なものである。王都ではこういった装飾の、こういった布で仕立てられたものが人気で……と、己を着飾ることに心血を注ぐ者が多いだろうが、国全体を見渡してみてもそんなことができるのはごく一部、一握りの限られた貴族や王族のみだった。

 フォーレイン家の一員である私、アレックスや妹のマグノリアは、一応貴族の端くれであるからそれなりに衣服は持っている。だが、本当に「それなり」だ。平民となると、身に纏うものは一着のみしか持てずに生涯を終える者も少なくない。だから、豪華絢爛な王城とは異なり、少なくともこのフォーレイン領ではすぐに服を仕立てることができないのだ。


 マグノリアが生まれる前、まだ父も母も生きていた頃、一度だけ王都を訪れたことがある。その時に一瞬だけ見えた国王の顔を思い出して脳内で延々と殴り続ける。現陛下は辺境の重要性を何も理解していない。我々が命をかけて戦っているからこそ国の平和が守られているというのに、何故こうも、金も何も寄越さないのか──大罪人は送りつけてきたが。

 思わず左の掌に右の拳を打ち当ててしまう。それを見たエリウスがギョッとした顔で「どうかなさいましたか」と尋ねてきたことで意識を現実に戻す。いかんいかん、私は領主だ。冷静になれ。

 仕立て屋が一刻も早く、エリウスの体に合わせた衣類を作り上げることを祈るばかりだった。


「馬は?」

「乗れます」


 邸宅の外の厩に向かう。好きな馬を選ぶように伝えると、エリウスは少し黒の斑模様が入った栗毛馬を選んだ。


「それを選びましたか。名はケイと言います」

「ケイ……ああ、離島の英雄と同じですね。素敵な名前です」


 よく知っているものだ、と私は感心した。

 ケイとは、南の離島に住む人々が崇める英雄の名である。かつてその島が悪しき王に支配されていた時、圧政に苦しむ民を救わんと立ち上がった一人の平民。彼の行動が、やがて周囲に勇気を与え、結果として王を打ち果たすことができたという。その歴史が英雄譚として語り継がれているのだ。

 難なく馬の背に乗る姿から、馬に触れるのに慣れているのだと感じさせる。


「ついてきてください」

「はい」


 馬の横腹を蹴って走り出す。後ろからはきちんと地面を蹴る蹄の音がついてきた。

 もしかすると、彼は使えるかもしれない。そう期待を抱かせるには十分だった。


 程なくして砦へと到達する。今はまだ魔物が活発に活動をしない時期であった。だからここにはあまり人が控えていない。と言っても、人がいなくていいわけではないが。毎日毎日、人手不足加減を痛感してしまう。

 私たちが到着すると共に、私の元に兵が何人か近づいてきた。厩の番に馬を預けて「報告を」と短く告げれば、兵士は順に口を開く。


「アレックス様、本日はまだ異常なし、であります!」

「見張りの任、ご苦労。そろそろ交代時刻だから担当の者に代わるといい」

「はっ!」

「手配していただいたサトナ商会より食糧が届きました。大麦が十、芋類が七、野菜類は合計十二。現在、倉庫番が選別をしております」

「しばらくは持ちそうだが……例の魔物の肉はどうなっている?」

「筋を取れば何とか食べられるかと。ただ、筋が多すぎて可食部が少ないのが難点です」

「食べられないよりはマシだな。作業を引き続き頼む」


 駆け寄ってきた兵士たちに指示を出していく様子を、エリウスはずっと見つめていた──いや、私ではなく、私がいる砦そのものを観察していたのかもしれない。

 しばらくして、兵が離れていったところで「申し訳ありませんでした」と声をかければ、一拍子遅れてエリウスは「とんでもございません」と返した。


「お恥ずかしいですが、これがここの現状です。眠る赤子に荷を運ばせた(猫の手も借りたい)い程に、魔物から民を守るフォーレイン防衛線は苦境に立たされております。ですので、どうかお力添えをしていただければと」

「私はフォーレイン家の人間となりました。喜んでこの地のため、ここに生きる人のため、この身を捧げます」


 エリウスを連れて砦内部へと進む。私が見慣れぬ人間を連れているのに興味を隠しきれない兵たちの視線を受けながら、内部の広場へと向かった。

 見知らぬ人間、しかも私が他人行儀に接している、となると、一体どんな素性の者なのかと探る眼差し。それに囲まれてもなお、エリウスの目は翳ることがない。


「こちらはエリウスという。つい先日、我が妹、マグノリアの夫となった。これよりフォーレイン家の一員として、フォーレインの民草の守り手として、共にここで戦うことになる。皆、よろしく頼む」


 数歩下がったところからエリウスが「よろしくお願いいたします」と頭を下げる。泥と汗にまみれた兵士にさえも頭を下げられるのは、王家のプライドを捨てたからか、それとも元より腰の低い人物だからなのかはまだ判断がつかない。

 集まってきた兵士たちを見回して、私は彼らに声をかけた。


「彼がどこの配属に適しているかを確認したい。どこか、手の空いているところはないか」

「むしろ手を貸していただきたいです。炊事場、芋の皮剥きと火の番程度で構いません」

「武器の手入れ……いえ、武器の選別作業がまだ残っています。使用不可のものを潰すのに工房に持っていく必要もありますが、その運び手も」

「アレックス様! 東の森奥にて、鳥の大群が飛び立つのを確認したとの報告が!」

「……わかった。トッド!」


 副官のトッドを呼び出す。本当は直々にそれぞれの仕事場へと足を運ばせたかったのだが、仕方がない。


「トッド。彼に任せられそうな仕事があれば、是非ともやらせてやってほしい……エリウス、彼は私の副官のトッドです。彼の指示に従って動いてください」

「承知しました、アレックス殿」


 ではこちらへ、とエリウスはトッドの案内を受けて歩いていく。私はそれを見届けると、すぐさま見張り番のいる櫓へと向かった。


アレックス視点はあと二話ほど続きます。

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