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家に帰ってきました



「……というわけで、そのうちサーシャ嬢がフォーレイン領に来ますわ。もしかすると彼女を追ってキース王子も……来たら万々歳ですわね」


 ほんの少し離れていただけだというのにもう懐かしく思えてしまうフォーレイン邸、我が家。使用人たちも、アレックスも、エリウスも、何もかもが懐かしくて仕方がない。その日の夕食の鶏肉のステーキを切り分け、その味を噛み締める私を、アレックスは「来てしまったらどうするんだ」と困り果てた声音で咎めた。


「そうですわね、エリウスやこのフォーレイン領に二度とちょっかいを出す気が起きないようにしてあげませんと」


 色々と策は考えていた。王都でずさんな寸劇を披露してきたのも、策の一つである。

 まず、醜聞を作ってやる。エリウスによる兄王子殺害未遂の事実を湾曲するために利用された婚約者、サーシャ=ワークトは非常に扱いやすい人間であった。友人にしたくはないが、利用価値のある令嬢は大好きだ。彼女を使って、キース王子の名に泥を塗ってやるのだ。「キース王子が弟から奪った婚約者は、他の男に目移りしてしまった」と。

 しかもこれは貴族の間でまことしやかに囁かれている噂とは異なり、平民に広まってしまった事実なのだ。彼らは、力こそは王侯貴族には到底及ばないものの、数が圧倒的に多い。我がフォーレイン領を治めるフォーレイン家の貴族が婿のエリウスも合わせて三人とするなら、そこに住まう平民は五百ほど。兵士らに取り締まりをさせたとしても、五百もの口を塞ぐのは難しい。


 貴族は人の上に立って生活をしているが、常に人の目には気をつけなければならない。我がフォーレイン領でも、何かあれば本来なら我々が管理している五百の民が、小さな反抗心を持ち、農具片手に、あるいは真剣を握って我々に襲いかかってくるかもしれないのだ。民に反旗を翻されることのないよう、民が支配者層に抱く感情に注意しなければならないからこそ、此度の醜聞はよく効くだろうと考える。

 その上、キースが感情的になってサーシャを追ってきてくれれば、尚更王家への民の印象は悪くなる一方である。とてもではないが、フォーレイン家になぞ構ってはいられないだろう。むしろ、その状況でも構ってきたとすれば、それはもはやアインツアルト王朝の終焉となる。さっさと代替わりしてしまった方が国のためになる。


「で、あとはあちらが言いがかりでもつけてきて……むしろ大勢の前で暴力を振るってくれれば、尚良しですわ。先に手を出した方が悪いのですもの。あとはボッコボコのグッチョグチョにして二度と関わりを持ちたいなどと思えないようにして、かつ、キースは悪い王子で、我々は王子に襲われた可哀想な辺境の貴族、とでも周囲に認識させてしまえばいいのです」


 勿論、武力行使に出るのはアレックスもしくはエリウスの仕事である。私の細腕では男を殴っても──もしかすると痩せぎすの男なら倒せるかもしれないが──そう怪我は負わせられないだろう。

 そこまで作戦を聞いていたエリウスが、雑穀の粥を飲み込んだ後に恐る恐る口を開く。


「あの……マグノリア殿」

「はい、なんでしょう」

「ボッコボコのグッチョグチョとは、具体的には……?」

「ボッコボコのグッチョグチョはボッコボコのグッチョグチョですわ」


 うんうん、とアレックスが頷く。「死なない程度に痛めつける、ということだ」と兄は補足をしたが、エリウスは頭に疑問符を浮かべたままの表情だ。エリウスは殺すために剣を取るか、訓練のために手合わせをするかしかしたことがないのかもしれない。少なくとも己の快楽のためだけに人を傷つけるような人間には思えなかった。

 だからと言って我々フォーレイン家の兄妹がそういう人間だというわけではないのだが。ただ単に、どのぐらい痛めつければ人が言うことを聞くかを何となしに把握しているというだけで。決して、物語に出てくる典型的な悪者ではない、はずだ。


「キース王子に関しましては冗談ですわ。あまり痛い思いをさせてしまいますと、私たちが忘れかけた頃に復讐されかねませんもの。一番は民心の操作ですわ」


 それで今後、キース王子が何か仕掛けようとしてもそのような行動をとることが憚られる状況に持っていけるようにしたい。それが私の目標であった。

 蒸し野菜をもぐもぐと頬張る。鶏肉のステーキといい、この野菜といい、今までは文字通り味気のない食事だと──ラナが数少ない調味料の中で何とか頑張って工夫を凝らしてくれていたのだから感謝こそはすれ、文句は言えないのだが──そう思っていたのだが、もしかするとこれは、素材の味を十分に活かした、最高の料理なのかもしれない。王都近郊の料理は、フォーレイン領の食事に育てられた私にとっては味が濃ゆく、食べるのに大変な思いをしたのだ。


「そう上手く事が運ぶといいのだが……」

「まあ、こういう悪巧みについては全てマグに任せておくといい。我が妹は、こういうことに関しては誰にも負けないのだから」

「兄上、そういう言い方はおよしになって。私はただ、発想力並びに実行力が優れているだけですのよ」


 心配するエリウスを安心させるようにアレックスが声をかけるが、何かが私を傷つけているような気がした。何故実兄は、こんなにも可愛らしい妹を、さも悪どい女狐のように扱うのだろうか。ぷくりと頬を膨らませてみせるが、「そんなことをしたところで本性は隠せないぞ」と、やけに据わった目で兄は私を見つめた。



次回は7月11日20時更新となります。

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