美味しそうに食べますね
我がフォーレイン家は、財政的に非常に困窮している家である。税のほとんどを防衛に費やし、領主である兄アレックスは押し寄せる外の魔物から、妹である私、マグノリアは痩せ切った土地の悲鳴から、領民を守ってきている。貴族としての責務を果たさんとするためであった。
そのためか、ほとんど邸宅に手をかけられていないのが現状である。父が存命であった頃は、父や兄の手伝いをしつつも私が邸宅の管理を行っていた。貴族らしい調度品も何もない家で、こぢんまりとした面白みのない狭さではあったが、それでも私なりに小さな彩りをもたらそうと、庭に手を入れたり、あるいは大して広くもない広間に花を飾ってみたりした。
今となっては、何もできていないが。
そんな殺風景な館にエリウスは文句の一つも零さず「素敵なお屋敷ですね」と世辞を述べる。先程までの動揺や顔の赤みがすっかりとなくなっているのが流石だと言うべきか。出会った時と同じ、洗練された所作で彼はスプーンを持った。
「長年培われてきた歴史とでも言いましょうか、そのような厳かなものが感じられます」
柔らかい雰囲気でエリウスはそう言うと、雑穀の粥をためらうことなく口に運ぶ。
先述の通り、フォーレイン家には金がない。パンを焼く施設なんてものも、ましてやパンを作るための材料である麦を挽く施設さえも、領地には存在しなかった。フォーレイン領で最も裕福なのが我がフォーレイン家であるのだから、ここではパンという食べ物に出会わずに生涯を終える人間の方が圧倒的多数である。
手作業で挽かれた、荒めの麦を粥にしたもの。肉は食べられる魔物や、鶏などの少量。あとは領地で採れた野菜と豆と芋のスープ。これが、フォーレイン家の食事であった。
「口に合えばいいのですが」
「どれも素晴らしい料理です。本当に心のこもった料理で、作った方の腕の良さと、愛情が伝わってきます」
実際、エリウスの手は止まらなかった。余程腹を空かせていたのか、味の薄いスープでさえも美味しそうに平らげていく。
「こんなものは食えたものではない!」と逆上される可能性も見ていただけに、すっかり私たちは呆気に取られてしまった。
私たちの視線にようやく気がついたのか、あ、と小さな声を漏らしてエリウスは手を止めた。
「申し訳ありません、はしたない真似をしてしまいました」
「いえ……気に入っていただけたようで何よりです」
「わずかな食材と調味料で、なんとか持ち堪えられるように料理人が工夫をしてくれているのです。そのように喜んで食べていただけたのであれば、料理人もきっと喜びますわ」
ウチの料理人──ラナは、決して腕は悪くない。むしろ良すぎる。あれだけの食材で、あれだけの調味料で、よくもここまで食べられるものを作れるものだと感心しているのだ。もしもフォーレイン領が豊かな土地であれば、きっとラナは後世にまで讃えられる希代の料理人として名を馳せるだろう。
ラナはいつも怒ってばかりで──私とアレックスが悪いのだが──あまり笑う姿を見たことがないが、食堂の隅に控える彼女はほんの少しだけ口元を綻ばせた。あれは、ラナが本当に嬉しく感じている時の表情だ。
三人で食卓を囲む。窓を見やれば、もう陽が落ちていた。部屋を照らすランプには動物性の油が使われている。これの臭いは少々、どころかかなり鼻をやるもので、貴族が好んで使うものではなかった。だが、エリウスは臭いなど感じない顔で、とうとう全てを平らげてしまった。
まだ食べ終えていない私たちを見るなり、バツの悪そうな表情をして彼はカップの紅茶に口をつけた。
話題はやがて、今後のエリウスの扱いへと移っていく。
「エリウス。貴方には辺境を治めるフォーレイン家の一員として働いてもらうことになります。何かできることはありますか?」
私にはもうわかっていた。アレックスは、エリウスが何と言おうとも、魔物からの防衛前線に向かわせる気でいる。下働きでも何でも、とにかく人手が足りないところに「フォーレイン家の人間」という名札をつけて送るつもりだ。
私としては、子供さえ作れれば特に言うことはない。
「人並みですが、剣が使えます。王都にいた頃は騎士団に入っておりました」
「騎士団? 王族なのにですか?」
聞けば、彼は王都を中心に活動する一騎士団に入団していたという。だが、王族が騎士団に入るなどという特例は一度も聞いたことがなかった。それだけ珍しいことが起これば辺境にまで一欠片ぐらいの情報は入ってくるとは思うが、王都での騒動が決着がつくまで伝わってこなかった土地である。我が領地が遠すぎるのか、それともデタラメなのか。
もう王族ではありませんが、と笑って紛らわせてエリウスは話す。
「私の母はただの使用人です。身分の低い者から生まれた婚外子は、王族であって王族ではないのです。政は任せてもらえない立場でしたので、騎士団に入って人々を守りたいと考えました」
やはり、我が領地は王都から遠すぎるようだった。