大罪人は初心(ウブ)でした
本当はアレックスと共にエリウスに邸宅の案内をする気でいた。だが、有体に言ってしまえば、彼は汚かった。汚すぎたのだ。急遽メイドたちに風呂の準備をさせ、エリウスを浴室へと突っ込んだ。
手持ち無沙汰な私たちは食堂に戻ると、ラナの焼いた菓子を囲んで再び会議を始めた。
「どう思う、マグ」
「……種が出せれば」
「そういうことではなく」
残っていたクッキーをアレックスと二人で頬張る。今、この場にはラナはいない。誰も、私たちを咎める者などいなかった。
「嫉妬に狂ってどうこうする方には見えませんわね」
「王家の厄介払いと見るべきか……真実はわからないが」
「首は突っ込まない方が良さそうですわ……私たちは王命に従い、殿下の『家』となるだけです」
使えそうですか? と尋ねれば、連れて行ってみないことには、と曖昧な返事を返される。
私たちにとって、馬車から降りた罪人はあまりにも想定外の雰囲気を纏っていたのだ。逃げ出したくていっぱいな顔をしていればとにかくさっさとやることをやって、私が妊娠したら後は人手として使えそうなところに回す。怯えた雰囲気でも、王族なのだと踏ん反り返っていたとしても、それは同じだった。とにかく世継ぎ問題を解消させた後に「役目」を与える。その気でいた。
だが、先程対面したエリウスはどうだろうか。
「本当に、王族らしい王族が来たような感覚だったわ」
「その割には随分と汚かったがな。今頃ラナに皮膚が剥けてなくなるほど擦られているんじゃないか?」
「兄上は、可愛い可愛い妹のマグに化け物と抱き合えと言いますの?」
「……随分と楽しげに話してらっしゃいますね、お嬢様」
「失礼、もう奥様ですわね」と訂正をわざわざ加えてきたのは、真冬の雪を貼り付けたような顔のラナだった。
「エリウス様の湯浴みは終了いたしました。それで、代えの衣服なのですが」
「……私のを使って良い。大体背丈は同じだろう」
どうやらエリウスは罪人が監獄に送られるのと同様に、着の身着のままでフォーレイン家に来たようだった。どこまでも、王家はフォーレイン家を舐めているようだ。
すっかり冷えた紅茶を一気に飲む。クッキーの食べ過ぎで、口内の水分という水分が全て持っていかれてしまっていた。ぷは、と息を吐いて気を引き締めた。
湯浴みを終えた後のエリウスは、別人のようだった。
アレックスから聞いていた通り、油のとれた髪はどこまでも深い、黒さであった。光を全て吸い込んで闇の色と化してしまいそうな頭髪だが、ほんの少しだけ艶が入っている。手入れの良さ故か、それとも本来の質の良さか。
肌は案外、黒かった。貴族と言えば大体は肌が白い。外に出ず、出ても馬車から日除けのある軒下へ、とほぼ陽の光を浴びないのだ。肌を焼くことは、つまり外で労働をしている証であり、それは貴族社会においては恥ずべきこととされている。
私は書類と戦う執務業務が多いため肌は白い方ではあるが、兄のアレックスは前線勇猛に戦う将である。貴族の中ではかなり肌が焼け、黒くなった方である。故に、アレックスの見目は──妹の眼鏡を通してもさして悪くはないのだが──貴族たちには敬遠されるものであった。
「早速お手数をおかけしてしまい、申し訳ありません。アレックス殿、マグノリア殿」
「いいえ。汚れを落とせたようで良かったです。ではこちらに」
アレックスと共に、エリウスに邸宅の案内を始める。風呂場から始まってしまったが──食堂、使用人の控室、住み込みの使用人たちの住居階、応接室……と案内を順々に進めていった。
「邸宅の本館は以上となります。エリウスの部屋ですが……」
これが非常に悩みどころであった。彼は元王族で、しかし罪人で、かつ私の夫である。罪人と同じ館に住むのか? 夫は本館に置くべきではないか? とアレックスと協議を重ねた結果、エリウスの部屋そのものは「離れ」に置くことになった。
本館から歩いて数分もかからない、本当に少し「離れ」ただけのところにある小さな建物。それをエリウスに与えることにしたのだ。
「このような……部屋どころか建物をいただいてしまってよろしいのでしょうか?」
「ええ。貴方は私、マグノリア=フォーレインの夫になりますので。この程度は与えなければ周りにいい醜聞を与えてしまいます」
ここは、かつては代々の妊娠したフォーレイン家の女性たちが出産をする建物であった。今では寝室を簡易的な施術所として出産をするのが一般的に浸透してきているが、昔は出産用の建物を用意していたのだ。先述の方法が主になってからはこの建物は一度も使われることがなくなってしまったのから、用途を与えてあげた方が建物にとっても幸せであろう。
ただ、ここにずっと夫を置いておくと、それこそいい醜聞になってしまう。
「ですが、しばらくは私の寝所で夜をお過ごしいただければと思います」
「なっ!?」
ここに来て、ようやくエリウスの王族らしい凛々しい顔立ちが崩れた。
ほんのりと頬を赤く染め、口をぱくぱくさせながら、モゴモゴと言葉を紡ぐ。
「マグノリア殿の寝所で!? そんな、男女が同じ部屋で眠るなど」
「夫婦となるからには、フォーレイン家の跡継ぎを残さねばなりませんので」
「いや、しかし!」
今まで大人しく頷いていたエリウスが、突然抵抗の意を見せてきた。
何か人には言えない事情があるのか、それとも。
「夫婦になるとはいえ、初めてお会いしたご婦人と……そ、その、は、肌を合わせるなど、ふしだらにも程がありましょう……」
成人した男性が羞恥で耳まで赤くなるのを、私は初めて見た。




