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ウチに大罪人が来ました



 今日は、王都から送られてくる大罪人──元第二王子、エリウス=ミル=アインツアルトの到着日である。一応、元がつくものの向こうは王族だ。それなりの対応をしなければ家名の恥であった。だから、屋敷の者総出で到着を待っていた。


 アレックスは王国の防衛線に向かう際に着用する騎兵服を、私は比較的おしゃれな──王都の流行と比べれば随分と遅れているかもしれないが──ドレスを引っ張り出して身に纏い、食堂にて待機していた。

 メイド長のラナが焼いた菓子をもぐもぐと、しかしドレスを食べかすで汚さないように十分に注意を払いつつ、頬いっぱいに詰め込んで食べる。

 フォーレイン領では砂糖は貴重である。だから、少しでも甘味を出すために、と小さな果実を生地に練り込むのだ。紫や赤色の果実が所々に混じったそれをボリボリと貪る私に自分の分のクッキーを差し出しつつ、アレックスが口を開いた。


「マグ、エリウス殿下はどのような方だと思う?」

「もぐもぐ……種が出せればそれで十分ですわ」


 品がありませんよ、と背後から叱咤の声が。眉間に皺を深く刻んだメイド長のラナに咎められたのだ。

 幼くして母親を亡くしたフォーレイン家の兄妹にとっては、ラナはもう一人の、心の母親のようなものであった。だから二人とも、ラナの言葉には逆らえない。

 悪かったですわ、とアレックスのクッキーを頬張りながら答えれば、「謝る態度ではありません」とまた怒られてしまう。菓子を取り上げられてしまうことを恐れて再度素直に謝罪をすれば、ラナはようやく許してくれた。

 

「私は……そうだな、前線は慢性的な人手不足だ。厩の掃除でも、芋の皮剥きでも、何でもいいからとにかく仕事を充てたいと思っている。両手さえ揃っていれば十分だ」


 アレックスも、ラナに滅法怒られた。




 やがて、フォーレイン邸の前に馬車が停まった。門衛が食堂に顔を出したことで、いよいよか、と私とアレックスは立ち上がった。気分は死地に赴いた古英雄のそれであった。


 堂々と邸宅から出た私たちは、予想だにしていなかったものを見て驚愕してしまった。

 アレックスは細い目を大きく見開いてしまっているし、私は一度ポカンと開いた口が閉じなかった。


 邸宅前に泊まっていた馬車は、とてもではないが王族を乗せているとは思えない程のボロだった。恐らく平民が馬車を借りるとしても、このようなものは借りないだろう。乗っているのは咎人だ、と知らしめるためのそれに、私は毒づくのも忘れて呆然としていた。

 やがて、怒りが沸々と湧いてくる。こんなものを堂々と我がフォーレイン家に送ってくるなど、王家はどれだけ辺境伯を舐めているの?


 御者が馬車の扉を開ける。かの大罪人、かつ私の夫との、初めての対面であった。アレックスは頭を軽く振って冷静を装い、私は顎を押し上げて無理矢理口を閉じた。

 緊張の、瞬間だった。


 ゆっくりと、今にも崩れてしまいそうなステップを踏んで男が降りる。罪人らしからぬ堂々とした足取りは威厳さえも感じられる。ただ威張っているだけの虚勢ではなく、生まれながらにして崇高な存在であると知らしめるような、嫌味の何もない純粋な美しさ。それは所作だけでなく顔にも現れていた。

 投獄されていたのだろうか、やつれた頬に、油ぎって乱れた黒髪。薄汚れた麻の粗末な服。だが、瞳だけはその高貴さを窺わせる鋭さをもっている。

 例えるなら、どんな境遇に置かれても決して芯の揺らぐことがない、真っ直ぐと突き進んでいく若き王が、罪人を装っているような。えも言われぬ感覚だった。


 予想していたのとかなり違う人物が来てしまったことで、私は戸惑ってしまった。

 もう少し、こう、いかにも悪そうというか、悪いことしそうな顔というか、悪いことしましたと言いたげな目をしてるのが来るんじゃないかと──。


 だが、私はフォーレイン家の領主の妹。そして領主代行者。戦場で剣を振るう若領主アレックスの代わりに内政を戦場としているのだ。フォーレイン家らしい態度を、取らねば。


「ようこそおいでくださいました、エリウス殿下。私はアレックス=フォーレイン、フォーレイン家の領主でございます。傍におりますのが妹のマグノリア=フォーレインと申します」

「マグノリア=フォーレインでございます。何卒よろしくお願いいたします、エリウス殿下」


 アレックスの一礼に合わせて、私もドレスの裾を摘んで礼をする。エリウス殿下は少しだけ微笑んで、それから私たちに頭を下げた。

 私たちは思わず顔を見合わせてしまった。

 王族が、頭を下げるなんて。


「アレックス殿、マグノリア殿。私はもう王族ではありません。罪人エリウスです。殿下、などと敬称をつけていただく必要はございません」

「では、エリウス、と」

「そうしてくださると助かります」


 私たちは、また顔を見合わせてしまった。



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