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王子が婿入りするとか聞いてません



「冗談じゃ、ないわよッ!」


 ダァン! と思いっきりテーブルを叩く。振動でカップが揺れて中身がソーサーに溢れてしまったけど、それに反省を示せるほどの余裕はなかった。

 私、マグノリア=フォーレインは激昂していた。原因はこの、机上に叩きつけられた一枚の書状だ。

 それはそれは質の良い物だとわかる羊皮紙に、王家の紋章が入った封蝋。つい先程王都より早馬で届いたそれには、このようなことが書いてあった。


 王の名の下に、辺境伯フォーレインのマグノリア=フォーレインに、エリウス=ミル=アインツアルト第二王子との結婚を命じる。

 なお、エリウス=ミル=アインツアルト第二王子は王家より籍を外し、フォーレイン家に入るものとする──。


「誰よその男!」

「この国の第二王子だ」

「知ってるわよそんなこと!」


 実兄のアレックスが私と対照的に冷静に答えるが、私が聞きたいのはそんなことではなかった。

 エリウス殿下が我が国の尊い方であることは既に承知の上である。情報が届きにくい辺境であっても、流石にこの国における常識ぐらいはわかるものだ。


 エリウス=ミル=アインツアルト。アインツアルト王朝の第二王位継承者、第二王子。王家代々の煌めく金の髪ではなく夜の闇よりも深い黒髪で、しかし血筋を証明する緑の瞳は持っている……ということぐらいしか知らないけど。

 そもそも私、マグノリアはエリウス殿下には一度もまみえたことがない。フォーレイン領から王都はあまりにも遠すぎるし、フォーレイン家は財政面での余裕がなさすぎる。領民から集めた税のほとんどが領地の防衛費に消えてしまうのだ。そんな状況では、とてもではないがドレスを買って綺麗に着飾ることなどできない。だから、王子のことなんてわかるわけがない。

 社交界に出たところで結婚相手が見つかるわけないから出る気はないけども。


「私が聞きたいのは、なんで! 私が! 王命で! 一度も会ったことのない男と! 婚約もすっ飛ばして即結婚させられないといけないのかってことよ!」

「それは私も聞きたいものだ……とにかく落ち着け」


 アレックスに宥められて、ようやく私はふぅ、と深く息を吐いて座り直した。

 私が今座っているのは先代フォーレイン辺境伯──亡き父の執務椅子。私は領地を受け継いだアレックスの代わりに執務をこなしているのだ。相応の、ふさわしい雰囲気をもって、臨まなければ……。


「兄上は、エリウス殿下について何か知ってるの?」

「いや、仔細はわからないが……急使によると、何でも、王都で一騒動あったらしい」


 「人伝いだが」と前置きをして、アレックスは語り始めた。


 エリウス殿下は、とある貴族令嬢と婚約をしていた。いわゆる政略結婚というものだったが、お互いに愛し合っており、それはそれは仲睦まじい姿だったという。

 だが、令嬢はエリウス殿下の腹違いの兄、第一王子と恋に落ちてしまった。それを知った殿下は嫉妬で狂い、兄君に嫌がらせをし始めた。

 最初は軽いものだったが、次第にエスカレートしていき──終いには兄を殺しかねない事態にまで発展したという。

 それだけではない。兄君の母である王妃やその親族が行っている事業の妨害をし、中には経営破綻してしまった者、路頭に迷ってしまった者もいるとかいないとか。

 そんな殿下を見限った王家は、殿下と令嬢との婚約を破棄し、王家より追い出す──要するに身分を剥奪するという罰を与え、その上危険な辺境へと送ることにした。

 だが、殿下が脱走して令嬢と兄君に何らかの危害を及ぼさないとも限らない。そのため、殿下にはその土地に縛りつける「家」を用意する必要があり──。


「その『家』の役目をするのが私ってことォ?! ふざけんじゃないわよッ!」

「落ち着け。王命だから逆らえやしない」

「ゴホン……辺境に嫁ぐ女性も、婿入りしたがる男性もおりませんものね。これはむしろ、我がフォーレイン家にとっては幸運ですわ」


 辺境は危険である。だからこそ力のある家に守護が任されるのだが、家への信頼度が高い割には辺境にその身を置こうとする者はいない。フォーレイン家は代々、結婚に苦労するが故に跡継ぎ問題に悩まされてきた。

 フォーレイン家の先祖は皆、結婚相手を求めて社交界に出て行った。しかし、輝かしい場に集まった貴族らは、辺境に住む彼らを気に入りはしてくれても辺境そのものに赴く気にはなれないでいたのだ。わざわざ遠い領地から莫大な出費を重ねて社交界に出たところで、相手が捕まらないとなるとそれはただの無駄でしかない。

 平民も平民で、貴族の家に入ることを嫌っている。平民にはなく貴族にはあるしきたりを好まないし、何よりフォーレイン領の民は領主たちの日頃の生活をよく知っている。貴族の日々に夢を見れなかった彼らもまた、結婚の相手にはなってはくれなかった。


 知らない男と突然結婚させられるのには驚いたが、よくよく考えればこれはまたとない好機だ。先祖代々頭を悩ませてきた跡継ぎ問題を、当代のは解決できてしまうのではないか。

 こっちの都合もお構いなしに送られてくるというのであれば、こちらもお構いなしに利用してやろう。


「さっさと子供を作って、あとはポイですわ」


 ククク、と笑う私にアレックスは「下卑た笑顔が父上にそっくりだ」と項垂れた。



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