8-1 雪の降る山道
「ひぃ、ひぃ」
吹雪の中、アクトが一歩一歩重い足取りで山道を歩いている。息は荒く、全身に疲れが滾っている。暴れ狂う疲労に脳が叫ぶ。「少し休め」と。
だが今この吹雪の中で休むわけにもいかない。足を動かし、動かし、動かし、動かし続けて少なくとも休憩可能なところまで登らねばならない。それに。
「だらしないわよー」
元気そうなシーリアが軽い口調で言った。彼女がペースメーカーになっている以上、今ここで休むという事には多分ならないだろう。スパルタにも程がある。アクトは心の中で毒づいた。
「そうは言うがね君、僕は基本的に頭脳労働が主であってね、山を登るなんていう最大級の肉体労働は想定外なのだ。空を飛んだりしてもう少し楽をしたいんだよ」
「この吹雪じゃ無理ね」
吹雪では羽を羽撃かせる事は難しい。そして休めば体温が失われ、眠りでもすれば起きられないかもしれない。体を動かし続けるしかない。それはアクトも理解していた。
「分かってる、分かってるさ。それでも嘆きたくなるというものじゃないかね」
「嘆くと余計に悲しくなるわよ。ほらファイト。もうアーチェは先に行ってるわよ」
「ひぃ、ふぅ、全く、はぁ、なんで、もう、こんな、目に」
アクトは観念したように歩き続ける。
一行はアクトが聞いたクレアの声に応えるために霊峰リギヌスへとやってきていた。
ナクールの魔物騒動に関して、そしてインジェクターについて彼女に話を聞くためである。
ナクールの人々は一旦フィナに避難するままとなった。
フィナの平原に難民用スペースを敷き、魔界の魔王配下の魔物達がそれを守るという、今までであれば考えられないような体制が敷かれる事となった。最初は戸惑っていた人々であるが、シーリアに説得されてなんとか理解を得ることが出来た。それには勿論、今までどういう状態だったかを民達に理解してもらう事も必要であった。自分達が魔物だったという事実は彼ら彼女らに大変な衝撃を与えたが、確かに自分達の服が汚れていたり魔物の血がついていたり、薄らと残っている魔物の記憶、そういうところから考えても間違い無いだろうというという事は人々の共通理解となり、状況にも理解が得られる事となった。
ナクール王国自体は未だ魔物の巣窟となっていることから、討伐隊が組まれた。フィナとジャンベール、魔界の連合軍という、これまた異様な合従軍であるが、事情が事情であり時間がない事から人々からは半信半疑ではあるものの認められる事となった(魔界軍に関しては状況が終わり次第即撤退する事が条件となっている)。
が、不可思議な事に、ナクールには結界が張られていた。
結界を発生させる装置はレヴェルが持ったまま封印されているはずである。アクトは訝しんだ。もう一台あったのだろうか。それとも新しく生み出されたのだろうか。前者であれば、まだ理解は可能である。しかし万一後者だとすれば。いや、そもそも前者だったとしても、誰がその装置を起動出来たのか。アクトは考えれば考えるほど恐ろしい結論へ至るような気がしてならなかった。
協力者の存在。
可能性としては少なく無い。それは魔王ヴェルムも同意するところであった。また、ナクールに攻め込み取り戻すためには、結界の破壊も去る事ながら、最大の不安要素であるインジェクターについて知る必要がある事も二人や他の要人達とも意見が一致するところであった。
当面、軍はナクールを取り囲み監視に当たる事となり、その間にアクト達は神、魂の管理者であるクレアとの謁見を図るべきという結論に至った。ヴェルムは魔界へ戻り、反逆者であるレヴェルに対する協力者がいないかの情報収集を行う。そういう役割分担となった。
そしてやってきたのが霊峰リギヌス。常に吹雪が吹き荒れる難攻不落の山である。
ここにはアクトとシーリア、アーチェが向かう事となった。
アーチェが来たのは、クレアという信仰対象に会えそうだという事もあるが、元々彼女がリギヌスに住んでいたという事が大きい。山頂までの道のりを良く知っているのである。
「慣れている、とはいうが、随分と足取りが、軽いもんだね」
アクトはなんとか追いついたーー正確にはアーチェが待っていたためであるがーーアーチェに言う。
「そらそうでございますともよ。あのクレア様にお会い出来る!!神に仕える身としてこれ以上ない光栄でございます!!恐らく教祖様ですら成し遂げていないであろうこの偉業をわたくし如きが実感出来るのでございますよ!!足取りも体も軽くて軽くて仕方ございません!!」
「さいですか」
アクトは気の抜けた返事をした。彼の本音としては本格的にとっととこの状況を終わらせたいその一心であった。流されるように魔界へ行ったりレヴェルと戦ったり色々なことをしてきた。だが自分を取り巻く状況は全く好転しない。否悪化している。各国を回ってそれなりに整った部屋で来賓として休むのは悪くないが、それ以外は彼が元々抱いていた生活像と全くの不一致を見ていた。
クレアには一言言ってやりたい。確かにそう楽しいものではないと聞いていたが、ここまでとは聞いてないぞ、と。
「もう少しでございます!!ほら見えてきた!!」
そう言ってアーチェが指差す方を見ると、そこには彼女の住まい、クレア教の修道院があった。
もう少しで愚痴をあの天使やら女神やらにぶち撒けられる。アクトは残る気力を振り絞って雪道を強く踏みしめた。




