2-1 向かう先
「で?これからどこ行くのよ」
竜の赤く硬い鱗の上で、シーリアが不満気に言った。
「もうナクールには居られないのは間違いないけど、どこまで手が伸びるかわからないわよ」
「まあね。……少し遠めに離れよう。一つ二つ国を超えるくらいはしないと。ナクールと繋がりの無い国はあったっけ」
「そうねぇ、一番近いのは、ルフト共和国か、それかジャンベール帝国か、そのどっちかかしら」
「遠いねどっちも」
ルフト共和国は東に進んだ先にある、合議制で回っている国である。ナクールとは随分と離れていて、国同士の交流は乏しい。彼らの指名手配が届く事はない、或いはあったとしても相当時間は掛かるだろう。
だが、アクトには少し気がかりな点があった。
「あそこは魔界に近いのがねえ」
ルフト共和国から更に東に進むと、魔界デモラードへ通じる大穴が広がっている。
今、アクト達は魔物に追われている。下手に魔界に近づけば、そちらの方面から命を狙われる可能性もある。加えて言えば、そもそも魔界に近いという時点で危うい部分がある。
「まぁ治安は悪いわね。その点で言えば、ジャンベールは治安に関しちゃ文句無いわ。問題があるとすれば遠いのと、独裁だから怒らせると怖いって点だけど」
ジャンベールはナクールから北にある都市で、幾つもの山を超えた先にある独裁国家である。皇帝ラント・ジャンベールは聡明で有名で、冷静に判断出来る傑物と言われていた。ナクールとは多少の交流はあるが、それでも情報が届くまでには時間が掛かるであろうし、仮に届いたとしても、皇帝はそれを鵜呑みにする事はないだろうと思われた。
ただし問題は、シーリアの言う通り、独裁という政治体制が故に、下手に皇帝を刺激するような事をすれば即死に繋がりかねないという点である。が、そこは話術で何とかすれば良い、とアクトは考えた。
「距離はなんとかする。ジャンベールに行こう。わざわざ魔界に近づくのは得策ではない。僕の体にも悪影響があるかもしれないしね」
「わかった。お願い」
アクトは首を縦に振ると、その背中の翼を羽ばたかせ、魔力を撒き散らしながら空を舞った。
それから数時間後。山を越えた先の雪降る雪原の更にこの奥に、石造の巨大な城壁が見えたところで、アクトは雪原へと降り立った。
「ここからは歩こう。……大丈夫?」
「DAME」
シーリアが上の歯と下の歯をぶつけガタガタと音を出しながら言った。
「SAMUI、SAMUII……」
「鎧を着ているのだからマシだろ。僕は白衣だぞ?」
「アンタは今ドラゴンだからいいじゃないのよ」
アクトは今は硬い鱗と肌に包まれたドラゴンの姿であるが、人間の頃の服装はそのままなので、ドラゴンが白衣を着ているという、何とも珍妙な様相であった。
「まぁね。だけどそろそろ元に戻らないと」
そう言うとアクトは呪文を唱えた。ドラゴンの細い手の先に魔力が集中し、手先に光源が発生すると、徐々に徐々にその光が増していく。
「『真価逆光、人間変化』」
するとその光が反転し、黒い闇がドラゴンの指先から全身を包み込んでいく。やがてその光が収まると、元のアクトが雪原の中に立っていた。
「ふぇー」
「なんだいその気の抜けた声」
「いや、見事なもんだなぁって」
「だろう。褒めろ褒めろ……ぶぇっくしょん!!」
「だから言ったじゃ無い寒いって」
「うう……もう。とっとと行こう」
二人の意見は一致し、同じような歩幅で雪原に足跡が刻まれていく。強い風とともに雪が吹き荒れ、その足跡を消していった。