1-3 転生の思い出
王城へと連れて行かれる間、じっとアクトは考えていた。最近ロクな事が無い、と。
最近では済まない程、彼の人生は、その前世からして波乱ばかりであった。
そもそも彼は、正確には彼の精神は、この世界の住人ではない。前世で死んだ魂が、「魂の管理者」とやらによってこの世界へと運ばれて来たのである。
ふと彼はその時の事を思い出していた。
元々は彼は地球という星で高校生をしていた。
それがこの世界へと飛ばされる事になったのは、いつものように電車で通学する途中の出来事による。
来る電車に乗ろうとしていた寸前。電車がホームに入る時に、慌てて走って来た別の生徒とぶつかり、彼だけが線路へと落ちた。
ぐしゃり、ぐちゅ。
そういう音と共に、彼の意識は消えた。
気付くと彼は、噂に聞く天国のようなところに居た。
「ここは……?」
少なくとも電車の中では無い。という事は。
「ここは魂の管理所。肉体を失った魂が輪廻するために経由する場所。わたしはクレア・スピリット。魂の管理者の一人です」
目の前に突然現れた、白髪のサイドテールという髪型で、大体二十代後半の若い外見をして、天女のような羽衣を着た女が話しかけてきた。
「うわっ」
「うわってなんですかうわって」
「いや、いきなり出て来たから。そりゃびっくりするでしょ」
「私からするといきなり出て来たのは貴方の方なんですけれどね」
「……まぁいいや、ここは何、魂の管理所とか言ってたけど、つまり天国かどこか?」
「そんなところですね。ここに住まうわけではなくて、即転生してもらうのですけど」
「転生、ねえ」
彼は転生という言葉に夢を抱いていた。転生。つまらないこの日常を変える切欠としてよくフィクションの世界で聞く単語である。それを実際に自分が聞く事になろうとは思わなかったが、聞いてしまったからには是非良い方向に作用して欲しいと思った。
「つまりあれ?異世界転生とか?」
「貴方にとってはそうかもしれません。……なんでしょう、そちらの世界では流行ってるみたいですね。前に担当した人も『転生』と聞くと目を輝かせていましたし、随分と夢を抱いているようで」
「そりゃあ、現世はその、魔法も剣も無いからつまらないしさ」
「そういう世界の方が良いという方もいらっしゃるんですけどね。平和で」
クレアは彼を見て思った。若い方というのはもう少し刺激を求めるのかなぁ、と。
「まあ確かに、今の魂の総数から言うと、ご期待通りの場所に転生する事は出来ますし、私としてもそれは願ったり叶ったりなんですけど」
「やった」
「貴方の仰る剣と魔法の世界は、魂の輪廻が激しい上に初見さん以外の人気が無いんですよね。危険すぎて。村ごと焼かれたり、追放されたり、そういう事が日常茶飯事ですから。その辺り覚悟しといてくださいね?」
「うんうん」
彼は適当に流した。
「転生後に文句は受け付けませんからね」
「うんうん。で?」
「で、とは?」
「いやなんかあるんでしょ、特典とか、スキルとかそういうの」
「基本は無いです」
「ええ……そこを何とか」
「まあ、今から行く場所は何も無いと危ないですしね。これを差し上げます」
彼女は適当に何かを選んで彼に手をかざした。
「二つのスキル。普通の人は一つだけですので、役には立つと思います。生かせるかどうかは貴方次第みたいなところありますけれど。後は前世の記憶も維持する事にしましょう。生き延びる助けにはなるかと思います」
彼の元に二つの光が宿った。そして彼の魂は再び輝き出す。
「とりあえず忙しいので、すみませんがさっさと転生お願いします。さっきも言いましたが、最近魂の輪廻ーー死亡者が多すぎるもので、仕事が多いんです」
ぶっきらぼうに彼女は言い放つと、彼の魂を光に変えた。
「あと一つ。特典に対する対価としてお願いがあります」
「お願い?」
「先程、魂の輪廻が激しいと申しましたね。その原因を探って欲しいのです」
「ええー」
「わざわざ便宜を図ってあげたのですから、そのくらいいいではありませんか。ーーそちらの世界にはどうやら何か大きな動きがあるようです。もしかすると、数十年以内に、世界そのものを揺るがすような出来事が起きるかもしれません。その調査をお願いします。そして、出来ればそれを止めてください」
「今から赤ん坊に戻る人間に随分と重い運命を渡してくるもんだね」
「人生目標があった方が楽しいというものです。何かあれば私を呼んでください。高い山の上で。では行ってらっしゃい。貴方の次の人生がより良きものになる事を祈ります」
その言葉とともに、アクトの意識は薄れていった。
そうして、今に至る。
今にして思えば、彼女の言葉を信じて別の場所を探してもらった方が良かった、そうアクトは悔やんだ。
転生した後の経験たるや、今生きている事が不思議なくらい、ロクでもない事ばかりだったからである。
彼女の言う通り村が焼かれた。
そして今、彼は死のうとしている。
王城に運ばれている、反逆者扱いの男の末路など、死くらいなものだろうと彼は考えていた。
「はぁ」
思わず溜息が出る。
なんでこんな事になってしまったのか。
そもそもなんであの部屋の所在がバレたのか。あの部屋はーー。
「ん……?」
その疑問が頭を過って離れなくなった。
「ほら歩け」
兵士に小突かれて歩みを再開しながらも、アクトはじっと何かを考え続けていた。