14-3 目・ZA・め
場所は変わり、ナクール城。
「ガァ……グァァ……ワレラ……我……私……アガ……」
ベッドに眠る協力者を見下ろす影がある。
「このうなされ具合はぁ……一体、どういう事なんだろうねぇ……」
ドライは心配そうに彼女を見る。
能力を使って、大規模な『魔物進化』によって人々を魔物化したきり、彼女はずっとこの状態に置かれていた。
「インジェクターのそれのせいだろうかねぇ。アレは全く、誰にも解析出来ないものだからねぇ。予想もなんも出来ないのが、なんともはや、という奴だねぇ」
彼はひとりごちる。自分が時間を加速させたせいで、インジェクターの効果が更に増したという事も考えられるが、それは口にはしなかった。可能性とはいえ、自分の非を認めたくはない。彼はそういう男であった。
ここはナクールの最深部、彼と彼女が最も信頼する側近しか知らない、レヴェルが作成した研究室兼儀式の間である。ここで彼女は王女を殺し、王と側近とを成り代わらせるという事態を引き起こした。
様々な魔物の肉体――検体が転がる部屋の中、レヴェルは実験用のベッドに寝かされていた。実験をするわけではない。ただ彼女を――インジェクターを取り込んだ状態のまま眠る彼女を寝かせられる場所がここしか無かっただけである。
「失礼致します」
そんな限られた側近の一人、側面から生えて正面を向くように曲折した角を二本有した魔人、リフが静かに入ってきた。
「ノックくらいして欲しいねぇ。……どうしたんだい?」
嫌味な口調でドライは言ったが、リフはレヴェルを慕い、レヴェルのためだけに行動していたが故に、眼前の人間如きが何を言おうと、特に気に留めるべきものでもなかった。彼はただ冷静に、伝えるべき事を伝えた。
「急を要すると考え、失礼ながら早急に入らせて頂きました。――フィナの平原に超高密度の魔力が二つ現れました」
「超、高、密度。……二つ?」
「はい。また、それと同時にフィナ付近に大量の人間が出現。目撃した魔物の証言では、空から降ってきたと」
「空……から」
「はい。今のところそれがこちらに向かってくる気配はありませんが、一つはレヴェル様のそれを遥かに越える密度で、もう一つもレヴェル様と同等の量でした。下手に手を打てばこちらの戦力が大きく削がれる事が予想されます。レヴェル様がお目覚めではない今、指示をお願い出来ますでしょうか」
「あぁ。そうだねぇ。出来る手は尽くしているのだけれど……ねぇ。とりあえず防御は固めておくれよぉ」
「承知致しました」
そう言うとリフはすぐに立ち去った。
ドライは気付いていた。リフが自分と全く目を合わせていなかった事に。彼の視線は常にレヴェルに注がれていた。
あくまで彼はレヴェルに仕えている。自分ではない。それは彼自身よく分かっていた。こうして命令出来るのも、彼女が自分を協力者として認めていたからである。が、彼女がこのまま目覚めないとなれば、自分を切り捨てて別の方策を取るという事も十分に考えられる。他の側近も同様に、彼女の革命思想についてきた者ばかりである。
「ふぅ……。いい加減目覚めてくれないとぉ、私の言う事だけではそろそろ――」
そろそろ自分の身が危ない、そう言いかけた時、
「……だいじょう、ブブブブブブブ」
レヴェルが立ち上がった。
だが、その姿はドライには無事には見えなかった。
「えええええええええくえくえくすとららららららら、ラクター、破壊」
目は虚ろで、何か無理に言葉を紡ごうとして吃り、単語として出てきた言葉も断片的。身振り手振りも大きく、まるでそれは操演人形のようである。
「ど、どうした、え、大丈夫?」
「だ、ダダダダダダDA……」
彼女はそこまで言って急にがくっと首を落とした。
「ちょ、ちょっと?」
ドライが心配そうに見つめると、
「逃げて!!もう、抑えられない!!私の、わた、わわわわわわわわわわわわわわわ」
普段の声色で、しかし焦りが多分に混じったそれで、レヴェルは叫び、そして、
「大・ジョウ・BU」
急に冷徹な声を上げた。様々な声色を混ぜながら――その中には明らかにレヴェルのそれではないものが含まれている――《彼女》はその言葉を紡いだ。
「行・KU。エクスト・RA・くたー・ヲ・破壊・す・RU」
そう言うと《彼女》はスリンジャークを起動した。
紫と黒、紺色の光が放たれ、禍々しいオーラを放つ。
『強制過剰注入!!』
封印される直前、シーリアと対峙した時と同様に、スリンジャークから更に黒いものが、インジェクターが《レヴェル》の肉体へと注入されていく。
『♪グリード!!』
『もっと』
『♪グリード!!』
『もっと』
『♪グリード!!』
『もっと』
『♪グリード!!!!!!!!』
『もっと欲しいの!!!!!!!!!』
全身の鎧が更に禍々しく、刺々しく変わっていく。籠手の爪も伸び、武器のように変化していく。更に全身から触手のようなものが伸び、辺りの研究に使っていた魔物の検体を貫き、そして検体から魔力や水分、肉、そういったものを吸い取っていく。少なくともドライにはそのように見えた。吸い取ったそれらは触手を通じてレヴェルへと運ばれ、段々とレヴェルの身につける鎧が大きく変わっていく。
その変化が完了すると、検体はミイラと化し、床にポトリと皮だけが落ちた。
ドライの眼前には、3mはあろう、巨大で毒々しく刺々しい、歪な鎧を纏った何かが立っていた。
「あ、わ、わわわわわわ……い、いったい……何が……」
困惑するドライに、スリンジャークは謳う。何が、という問いに答えるように。
『♪ブレインウォッシュ・オブ・インジェクター!!』『支配されているのは……私』
「ヒヒヒヒヒヒヒヒハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!!!!!!!」
叫び声と共にレヴェルが飛び上がる。隠し部屋の天井が崩れ、そこから土砂が落ち、彼女が眠っていたベッドを覆い隠す。
「……な、なんだぁ……?」
ドライは呆然と天を見上げた。ぽっかりと空いた穴から、結界で包まれた空が見える。
バキィン!!
と、次の瞬間、結界が砕け、青空が見えた。
青いキャンパスに一本の紫の光が描かれ、そしてフィナの方へと向かっていく。
「……まずい事になった、かもねぇ」
ドライがその空を見上げながら呟いた。目に映る空は、飛び上がったレヴェルが残した軌跡によってか、彼にはいやに汚く見えた。




