アリシアの懺悔
「姉上、もういい加減にして下さい」
泣きながら、二つ下の弟ウィルフレッドにそう懇願されたのは、誘拐騒動の翌日だった。
私の名前はアリシア・ノッテンガー。
おっとりした両親としっかり者の弟を家族に持つ、由緒正しき公爵家の長女である。
赤味のある豪華な金髪にサファイアの様な青い瞳。誰に聞いても美少女と言われるほどに整った容姿をした私は、公爵家の初めての子どもという事もあって、それはそれは甘やかされて育ったワガママ娘だった。
そんな私が前世と呼ばれる自分を思い出したのは、十三歳の時。
王太子の内定婚約者として王妃様主催の茶会に出席した際、光輝く金髪の見目麗しい王太子殿下を見た瞬間、走馬灯のように膨大な情報が私の頭の中を駆け廻った。
イケメンと呼ばれる美男子に囲まれる可愛い美少女。そしてそれが映し出された画面を奇声を挙げながら見つめる私。
『あっ、これ乙女ゲーム……』
そう思った瞬間、溢れる情報にキャパオーバーとなった私はそのままぶっ倒れた。
前世を全て思い出してからの私の行動は早かった。
何故なら、私ことアリシア・ノッテンガーはこの乙女ゲームにおける悪役令嬢だったからだ。
主人公が王太子ルート、もしくはハーレムエンドルートを辿った場合、私は問答無用で婚約破棄された上に、その後の余生を修道院で暮らすことになる悪役令嬢なのだ。
折角公爵令嬢という地位もお金もある立場に転生したのに、そんなしょっぱい人生を送るなんて嫌過ぎる。
どうにかして悪役令嬢ポジションを回避しなければならない。
では何故、私は悪役令嬢になってしまうのか?
答えは簡単だ。
私が王太子殿下の婚約者であり、主人公にとっては邪魔な存在だからだ。
理不尽すぎる。
しかしラッキーなことに、私はまだ王太子殿下の婚約者には決まっていない。
つまり、回避が可能だということだ。
という訳で早速、修道院ルートを回避すべく行動を起こす事にする。
回避方法は簡単にして簡潔。要は王太子殿下の婚約者候補から外れればいいのだ。
幸いにしてお茶会で倒れたばかりなので、健康を理由に離脱することが可能だった。唯一の懸念は両親だったが、娘の只ならぬ様子に困惑しつつも、王家へと辞退を申し出てくれた。
そして無事に私は王太子殿下の婚約者候補から外れ、修道院に送られるというルートを回避する事に成功したのである。
こうして懸念事項を解決した私は、早速異世界転生テンプレをしてみる事にした。
異世界転生を果たしたからには、やってみたい事が山程あるのだ。
まぁ、いわゆるチート知識を利用した文化革命だ。
元が乙女ゲームなのでそこまでの不便は感じないが、やはり近代日本で暮らしていた以前を思うと物足りない。
そこで、小説で読んだ知識を使って思う限りの事業を展開してみた。
塩、蒸留酒、酵母菌、石鹸、トリートメントなどなど…
転生小説の主人公を真似て片っ端から思いついた事をやってみた。
アイデアを出す度にお父様が感動し、更に周りが持ち上げてくれる。褒めてくれるのが嬉しくて、私は次々と事業を立ち上げていった。
だが、転生小説を参考にして色々と試してみたが、何故か小説や漫画のように上手くいかない。
最初は上手くいった事業もそれなりにある。しかし、数ヶ月も経てば全てがダメになるし、最初から上手くいかない事業も沢山あった。
小説ではサラリと五行ほどで書かれていた内容。それを補完するには、私には圧倒的に知識が足りなかったのだ。
今までの小説主人公達よ。なんでそんなに詳しいの?
おかしい…、みんなどうしてあんなに上手くいったのかな?
やっぱり知識系か記憶系のチート持ちなの?
そもそもやっぱり魔法がないのがダメなんじゃ……
失敗が十件も続けばさすがの私も不安になってきた。
しかし、我が家が手放した事業を買い取ってくれた貴族は、何故かその後に事業を成功させている。
つまり、方向性は間違っていないのだ。
たまたま私に合わなかっただけだ。やっぱり人には向き不向きがあるんだろう。
よし、これからも頑張ろう!
そんな私の元に、悲痛な面持ちでやってきたのはお母様と弟のウィルフレッドだった。
「どうしたの二人ともそんな顔をして?」
「姉上にお話があります」
そう切り出したウィルフレッドが差し出した書類には、公爵家の経済状況が書かれていた。
明らかにここ数年で財産が減っているのだ。
「も、もしかして……」
「そのもしかしてよ、アリシア。貴方が始めた事業の借金で、今の公爵家はこのような状況に陥っているわ」
「お母様……」
「貴方のアイデアは素晴らしいわ。でも、そろそろ現実を見つめて貰えないかしら?」
二人はずっと私と父の尻拭いをしていたのだと語った。
唯一上手く行っていると思っていた服飾事業。
だが、今その事業を運営しているのは母と弟の二人だと言う。私の奇抜なデザインを母が手直しし、弟が生地の入手や販路、経理を請け負っているそうだ。
お蔭で服飾事業だけは黒字になっているが、このまま私が事業を立ち上げ続ければ、その内食べるのにも困窮するようになるという事だった。
「父上が陛下にお願いしたそうですよ」
「何を?」
「バーミンガム侯爵に塩事業とスプリング事業を交換するようにと」
「そんなまさか?!」
「そのまさかです……。僕はもう恥ずかしくて恥ずかしくて……」
しかもお父様は私を殿下の婚約者にしてくれとまで言ったそうだ。
さすがに陛下からお叱りを受けたそうで、この話はなかった事になっている。だが、お父様はアチコチで愚痴っているらしく、現在我が家は恥を上塗りしている状態だそうだ。
「そういう訳でアリシア。悪いけど、今後の事業は諦めて頂戴」
「お母様…」
「もう、うちは後がない状態だと理解して欲しいわ」
「分かりました。申し訳ありません」
それ以降、服飾事業の手伝いだけをしている。
私が商品であるドレスを着てお茶会に行くだけで売上が上がるそうだ。
悲しいことに、何もしない方が一番公爵家の役に立てているようだった。
そんなお茶会帰りのある日。
ぼんやりと馬車の窓から外を眺めていると、獣人の子どもが重い荷物を一人で背負わされている光景が目に飛び込んできた。
近くにいる夫婦と思しき人間の男女は何も持っていないというのに、獣人の彼だけが荷物を持っているのだ。
慌てて馬車を止め、引き止める夫婦を無視して少年を馬車に押し込み、我が家へと連れ帰った。
驚いた様子の少年だったが、屋敷に着くころには終始泣いた状態で、家に帰して欲しいと訴え掛けていた。
その様子が可哀想で、私は必ずや隣国へと赴いて彼を両親の元へと送り届けてあげようと誓ったのだが……
「ごめんなさい……」
「反省されているようですし、あちらのご家族は大事にしたくないという事ですので不問には致しますが、今後またこのような事がないようにお願い致します」
「はい。本当に申し訳ありません」
自分のバカみたいな勘違いに謝るしかなかった。
事情を聞けば、私は完全に誘拐犯だ。
素直に謝ったのでお咎めは受けなかったけれど、この件は王宮にも報告されるという。
「姉上……、僕があれだけ何もしないで下さいとお願いしたのに…ッ」
「ゴメンね、ウィル…」
事の顛末を聞いた弟のウィルフレッドに号泣された。
どうやら弟は私の獣人に対する態度に、日頃から思うところがあったようだ。
「姉上が獣人の方から何と言われているか知っていますか?……痴女ですよ痴女!」
「痴女?!」
「そうです!獣人の方を見れば撫でさせてくれと付き纏い、その上目の前で獣化して欲しいと強請ったそうじゃないですか!公衆の面前で服を脱げなどと、良くも恥ずかしげもなく言えますね!」
「……でも……」
「それとも何ですか?!姉上は見知らぬ男性からいきなり髪を撫でられたり、裸になって下さいと言われても平気な人種ですか?!」
「そんな訳ないでしょ!」
「だったら他人にも強要しないで下さい!取引で獣人の方と会う度に姉上のことが話題になります!その度に恥ずかしいエピソードを聞かされ、僕がどれだけ羞恥に耐えたと思っているのですか?!」
だってまさか獣化するのに服を脱ぐ必要があるなんて知らなかったんだもの。
小説ではみんな二行後には獣化された恋人の腕の中でモフモフしてたのよ!
獣化したイケメンの背中に乗って散歩したりとか!
でも良く考えたら、あれ、真っ裸なのね………
そうね…
私、何を夢見てたのかしら…
魔法のある世界ならまだしも、常識で考えて服が消えたり現れたりするわけないじゃない。
モフモフ幻想なんて所詮物語の中だけなのよ。
ついつい前世にはいなかった存在だから興奮してしまったけれど、私だっていきなり髪を撫でられたりしたら嫌だわ。
本当に痴女だわ……、恥ずかしい……
弟に泣きながら諭された私は、それ以降本当に大人しく貴族令嬢らしい日々を過ごしている。
………が、最近気付いたことがある。
私、避けられてない?
特に男性に……
学園でもお茶会や夜会でも、知り合いのご令嬢と話はするけれど、男性陣は一向に話し掛けてくる素振りすらない。
いや、寧ろ私が歩く方向からすすす…と、優雅な足取りでいなくなっていくのだ。
以前は公爵令嬢である私に対して遠慮しているのかと思っていたが、これ、絶対に違う…。
明らかに避けられている…
そして思い出したウィルフレッドの言葉。
『姉上は学園で痴女と噂されてます!』
はい、詰んだ!
詰みましたよ、私!
周りを見れば、既に婚約者のいる方ばかり。
気付けば知り合いの令嬢の中で婚約者がいないのは私だけになっているじゃないの!
王太子殿下の婚約者候補から離脱出来た安堵感で忘れてました。
この世界の結婚適齢期は、十八歳。
そして私は現在十七歳。
婚約者どころか親しい異性もおらず、それどころか家格に釣り合う範囲で余っている男性すらいないときている。
だったら隣国でモフモフと結婚じゃ!………と意気込んだものの、私は隣国への渡航禁止令が出ていた。
日頃の危険な痴女発言と、先日の誘拐騒動のせいだ。
詰んだ……orz
前世では十代で結婚なんて余りなかったから焦っていなかったが、このまま行けば完全なる行き遅れだ……
こんな事なら殿下との婚約を受けておけば良かった……
だって、ヒロインがあんなに酷いとは思わなかったんだもん!
悪役令嬢溺愛ルートの小説によくあるパターンだと判った時、愕然としたわ。
だって、殿下は婚約者であるエミリア様が本当にお好きなようだし、誰がどう見てもお似合いのカップルと、それはもう評判なのだ。
本来そこは私のポジションだったと思うと残念でならない…。
でも、彼女に王太子妃という重責ポジションを押し付けたのは事実だし、今更代わってくれなんて言えない。
はぁ~、それにしても殿下は今日も麗しい。
少し癖のある黄金のような金髪にエメラルドのようにキラキラした瞳。
近くで見るだけで思わずうっとりとため息が出てしまうご容貌だ。
そんな殿下を至近距離で常に見ているエミリア様。
頬を染めるどころか、いつも落ち着いて殿下とお話しされているのはさすがとしか言いようがない。
私は近くに寄るだけで緊張して舞い上がってしまう。
だから、一度だけエミリア様と二人でお話しする機会があった時に聞いてみた事があった。
「エミリア様は殿下とお話しされていて緊張したりはしませんの?」
「緊張ですか?」
「ええ。だってその…、殿下は非常に見目麗しい方ですし…」
「確かに、殿下は非常に整ったご容姿をされていらっしゃいますわね。私も最初は緊張致しましたわ」
「やはりエミリア様でも緊張されるんですね…」
「ええ。でも毎日学園でお会いするようになってから飽き…、ではなく慣れたといいましょうか……」
慌てて言葉を訂正されたエミリア様だったが、私はバッチリとその言葉を聞いてしまった。
そっか、飽きるのか…
まぁ、美人は三日で飽きるって昔の人も言ってたしね…
でも正直に言えば、飽きるほど見てみたいというのが本音だ。
羨ましい…
しかしそれにしてもエミリア様は本当に殿下に対してもの凄く普通だ。
殿下の容姿に舞い上がることもなく、淡々と学園で過ごされている。
むしろ殿下の方が暇さえあればエミリア様にくっついている状況のようだった。
『もしかして…、エミリア様は他に好きな方がいるんじゃないかしら……』
私がその結論に至ったのには訳がある。
まず、私が辞退した後、中々殿下の婚約者が決まらなかったことだ。
これはどうやらバーミンガム侯爵が反対していたからと聞いている。
そこから考えられるのは、エミリア様には他に婚約者がいたのではないかという事だ。
もしエミリア様が望まぬ婚約だったとしたら、私にもワンチャンあるのでは?
そんな妄想に駆られた私は、それ以来エミリア様のご様子を窺い話し掛けるチャンスを探していた。
けれど彼女は未来の王妃様。
常に侍女や護衛に囲まれている彼女は中々一人になる時がない。
だが、やきもきしていたある日、エミリア様がお一人で学園庭園のガゼボで休まれている姿を目撃した。
残念ながら侍女は一緒だったが、パッと見た感じ護衛の姿は見当たらない。
これなら、偶然を装い話し掛けても問題ないだろう。
そう結論づけた私は、慎重な足取りでガゼボの裏の方へと足を進める。
近付いていくと、彼女はどうやら侍女から何かの報告を受けている様子だった。
「殿下に誰かお好きな方がいる様子はないのね」
「はい。殿下の想い人は間違いなくお嬢様以外いらっしゃいませんわ!」
「本当に?誰か親しくしている令嬢は?」
「噂話すらございません」
「そう……、残念だわ……」
何度もしつこく侍女に確認した後、酷く気落ちした様子でエミリア様はそう呟かれた。
それに驚いたのは私だけではない。
「お、お嬢様?もしかして殿下と喧嘩をされたのですか?」
「いいえ、そういう訳ではないの。ただ、王太子の婚約者なんて肩書は私には荷が重いのよ……」
「王妃教育は大変ですものね……」
「そうなの。だからもし他に相応しい令嬢がいれば押し付け……、いいえ、私には不相応な地位を譲りたいと思っているのよ。もしくは、殿下にお好きな方がいるなら例え平民の方でもいいから応援したいと思っているわ」
「………そうだったのですね。ですが、わたくしが思うに、お嬢様以上に殿下に相応しい方はいらっしゃいません!どうか自信を持って下さいお嬢様!」
「そ、そう……」
侍女の意気込みとは反対に、エミリア様の顔には憂いが張り付いたままだった。
ちょっと所々不遜な単語が聞こえたし、どう見てもエミリア様が婚約者の地位を喜んでいるようには見えない。
つまり、これはやはりチャンスなのだ。
ここで私が名乗り出れば、エミリア様は喜んで譲ってくれるのではないだろうか?
「エミリ……」
「ノッテンガー公爵令嬢、こんなところで何を?」
「で、殿下?!」
エミリア様に声を掛けようとした瞬間、真後ろから酷く不機嫌そうな声が聞こえた。
慌てて後ろを振り向くと、相も変わらず眩しいほどのイケメンが、私を見下ろしながら微かに眉を寄せている。
「エミリアに何か用かい?」
「い、いえ…、その……たまたまお見かけしたのでご挨拶させて頂こうかと思っただけですわ」
「そうかい?だが、私達はこれから登城しなければならない。急ぎでないのなら次にして貰えないだろうか」
「も、もちろんですわ」
「ありがとう」
そう言ってうっとりするような微笑を浮かべ、殿下はエミリア様の下へと去って行かれた。
急に現れた私と殿下に少し驚いたような顔をされたエミリア様だったが、表情が変わったのは最初だけで、その後はいつもと変わらぬ様子で殿下に接しておられた。
真っ赤になって固まっている私とは違い、全く変わらぬ表情筋。
エミリア様の凄さを実感した瞬間である。
そうしてこの時以降、暇を見つけてはエミリア様へと接触を図ろうと試みるものの、ますます周りのガードが固くなるばかりで、一向に話をする機会を得られないまま卒業パーティーの時になってしまった。
『早くエミリア様とお話ししなくては……』
何故なら、日増しにエミリア様の表情が沈んできているのが分かるからだ。
卒業後は直ぐに結婚するという噂が流れているのでそのせいかもしれない。
エミリア様の為にも、手段を選んでいられる状況ではなくなっている。
侍女や護衛がいない卒業パーティーに賭けるしかない。
だから卒業パーティー当日、私は勇気を出してエミリア様に話しかけた。
隣には殿下もいらっしゃったが、躊躇している時間はない。
むしろ、話を聞いた殿下が婚約者の件を考え直してくれたら嬉しいと思ったのだ。
だが、現実はそこまで甘くはなかった……
「アリシア嬢。妙な憶測で彼女と私の仲を否定するのは止めて貰おうか」
そう言って、キラキラエフェクトが舞うような美麗な笑顔で殿下が笑った瞬間、私は全てを悟った。
この顔、知ってる。
惚けるほど麗しい笑顔なのに目が全く笑っていないこの顔は、特別版のみで開放された『王太子ヤンデレエンド』のスチルで見たやつだ。
バッドエンドというよりは、むしろご褒美です!と当時は思ったが、これは無理。
自分が憎しみを受ける側になると怖すぎる。
だって、殿下はこの国の王太子。つまり、最高権力者の一人で、令嬢の一人や二人どうにでも出来る立場にあるのだ。
あ、やっぱり私詰んだ?
もしかして、このまま修道院ルート?
いやいやまだ今なら逃げられるよね?
逃げられるよね~~?!
チラリと殿下の隣に立つエミリア様に視線を向けると、ただでさえ白い彼女の顔が更に血の気を失くしていた。
どうやら彼女も殿下の只ならぬ様子に気付いたようだ。
いや、もしかしてずっと気付いていたからこそ、婚約者の地位を誰かに譲ろうとしていたのかもしれない。
でも、多分もう無理だと思う。
バッドエンドの攻略サイトでも、本気を出した殿下から逃れるのは絶対に不可能だと書かれていた。
だから……
押し付けてごめんなさいエミリア様!!
申し訳ないけど私は逃げさせて頂きます!
あと、ギルバート殿下!
絶対にエミリア様との仲は邪魔しませんので、どうかお見逃し下さい!
お二人の仲を邪魔して、本当にごめんなさい!!!!!!




