2-D100-08 愛の神8 たかが二年されど二年
ダニエルとの交渉の末、捕らわれていた香織の身柄と「ウイングオブヒュブリス」を一か月間雇用する権利を得たマリヴェラ。
ヘルザーツ王国へ向けての航海中、マリヴェラがダニエルらから聞いた話とは――――?
ヘルザーツへ向けて、ダニエル船団ウイングオブヒュブリスは航行している。
風向き次第で、あと3日から4日はかかるだろう。
リヴェンジ号のキャビンには現在、船長のダニエルと俺、それに沙織と香織の姉妹もいた。
姉妹にとってみれば敵の船に居る訳なのだが、そこは俺がいる訳で、久しぶりに紅茶を飲めるとあって、お邪魔しているのであった。
それ以外の時の2人は、船団の後ろを泳いでついて来ているのだ。
「さて、船長には他にも聞きたい事があるのよね」
「はて、ナカムラ殿はワシらの雇い主ですからな。命じていただければ宜しいのですがね」
ダニエルは仏頂面だ。
レディがいるせいか、パイプは手元にない。
「うん、それがね、内海の情報をちょっとばかり知りたくてね」
「内海、ですか。ワシらは1年前にこちらに来ておりますのでな。何も知らないのと同じですぞ」
そうか、と俺は沙織を見た。
沙織は慌てて両手を振った。
「いやいや、マリさん。アタシ、マリさんがいなくなってから直ぐにこっちに来たんだもん。何も知らないよ?」
ダニエルが妙な顔をした。
「あのう、お嬢さんがナカムラ殿を『マリさん』と呼ばれるのは……?」
俺が止める間もなく沙織が答えた。
「え? この人、ロンドール侯よ? 知らないの?
マリヴェラ・なんだっけ……ムラムラ・ロンドール?」
「お前、ヴァカだろ? ボスの名前を忘れるか? フツー」
「えー、だってアタシのボスはクロ様だもん。って、もしかしてマリさん自分の事黙ってた?」
「そのクロ様のボスは誰だってんだよ……まあいいや。でもさ、それ言っちゃうと面白くないと思ってさ」
こめかみを両手で押さえながらダニエルが言う。
「ロンドール候……2年前に姿を消した、と言う?
通りで……。
ワシら帝国民が出合いたくない上位三傑に入りますな」
「光栄だね! でも、他の皆には内緒にね? もしかしたらロンドールに迷惑かかるかもしれないしさ」
「マリさん、迷惑かかるかもしれない事するんだ」
「ああ、お前らを狩っていた元締めをぶっ潰す」
「ホントに?! 凄い有難いんだけど、大丈夫? 一度ロンドールに戻った方が良くない?」
そこにダニエルが口をはさんだ。
「確かに、お嬢さんの言う通りかもしれませんな。内海はかなり荒れておりますぞ」
――――
俺が封じられたロンドール侯爵領はロンドール大陸に有る。
その東側には、広大なファーネ大陸が広がっているのだが、そこにはホーブロ王国という超大国が有り、そこのコンスタンツァ女王から領地を頂いた訳だ。
対してもう一つの大国は、南の大陸にあるフォルカーサ帝国だ。
ダニエルらの故郷は帝国に属している。
この2国は相いれない勢力同士であり、俺がいた時にも色々やりあっていたし、俺自身もそれに巻き込まれたりしていたのだが……。
ダニエル曰く、俺が姿を消して以降ホーブロ王国に内紛が発生し、それと同時に帝国のロンドールへの圧力が強まったのだという。
当然そうなるであろう動きであった。
現実世界での二年間、俺もそれを憂いていたのだ。
最悪の事態としては帝国の皇帝派による軍事攻略であり、その場合にはミツチヒメも宰相を任せているフロインも敗北して死んでいるか、内陸へ撤退しているか、なのである。
出るのはため息ばかり。
「あー、やっぱホーブロは始まっちまってたかあ」
「ええ。ご存知だとは思いますが、『同盟』と『王家』ですな。
まあ、ワシもそれ以上は分かりません。
ロンドールに関しては、閣下が姿を消して数か月後に、
カンナギ姉弟の姉の方が失踪してまして……」
「ユキが?」
俺は思わず沙織の顔を見た。
「え? 嘘……。今知ったわ。
アタシもマリさんがいなくなってから一か月位でこっちの事を知って、
クロ様に許可を得て来たから……」
「ナンてこった。船長、続きを」
「はい。噂では、西の大陸に居る親族を訪ねる途中で攫われたと言う事でしたが、それ以上の事は分かりません」
「わ、かった。了解だ。で、ロンドールは?」
「残るは若い弟君だったのですが、あからさまな圧力や挑発にも何とか耐え、ホーブロと帝国のそれぞれに半属国のような形で存続しておりました」
「……そっか。でもそれから1年たってるわけか」
沙織が俺の手に触れた。
「飛べるんでしょ? ユウカ様の為にも帰ってあげなきゃ」
ユウカか。
確かに直ぐ帰りたい。
ユキの行方も探したい。
でも、今やらなきゃならない事があると思う。
沙織の仲間を助けないと。
ユウカの周りには、ミツチヒメ達仲間がいる。
だから大丈夫。
ユキについては……めちゃくちゃ心配だけれど、1年半以上経っている。
こちらに戻ってからまだ彼女の声は聞こえないが、もし聞こえたならこういうだろう。
「私の事は後にして、沙織さん達の手助けをしてあげて」と。
「いや、沙織の方を先に片付ける。手早く行くぞ」
「そう……有難う」
「おいおい、そんなしおらしいのはお前らしくないな」
「五月蠅いわね……。アタシがお礼を言っちゃダメなの?」
「普段の行いがねえ……。そうだ、香織ちゃんが言ってみるとどうなる?」
「クスッ。マリヴェラ様、有難うございます」
「ほら見ろ。沙織。全然ちgぁ」
前蹴りが顔面ヒットだ。
お前なあ。
一応こっちも女の子なんだぜ?
顔はいかんだろ顔は。
それにホントお前は馬鹿だよな。
そのワンピースは、リヴェンジ号に裸で登ってくるわけにはいかないから、布を貰って応急で作ってやった物なんだが、下着を作る余裕までは無かったんだよな。
履いていないんだ。
「丸見え」
「うぎゃあ! 死ねぇぇぇ!」
「お姉さん、やめてよ」
香織が笑いながら止めに入る。やっぱいい子だな~。
同じく笑っていたダニエルが訊いた。
「所で閣下」
「あ、閣下は無しで」
「では……マリヴェラ様、あの『ナカムラ』というお名前は偽名でしたか?」
それには沙織が答えた。
「違うのよ。それはマリさんの『元居た世界での名前』。だから偽名ではないわ。ね? マリさん」
「ええ、ええ、沙織様のおっしゃる通りですよ」
コイツには後でキッチリ言っておいた方が良いな。
個人情報が垂れ流しだ。
「それに、向こうでは小説家だったんだよね?」
ん?
小説家?
「何言ってんだ? 俺は小売業……。
つまり、物売りだったんだけれど?
確かに小説は書いたけど、若い頃に挫折して……あれ?
俺、そこまでお前に話したことあったっけ?」
おいおい、沙織。
ナンで微妙な顔して黙るんだよ。
しょうがない奴だなあ。
しおらしい:動詞 萎る の形容詞形
いじらしいとか、かわいいとか、健気とかそんな感じ。プ




