1-D100-33 マリヴェラ調査中
俺も皆と一緒に甲板に上がった。
晴れた空は白く高い。
深く息を吸い込んだ。
既に相当高い緯度の地点に到達している。
この星は地球に比べて非常に温暖なのだが、ここまで来ると流石に秋の気配がする。
艦尾甲板に、グリーンがいた。
本来ならば、何か重要な伝達事項がある場合、船団の各船長が旗艦であるドラゴニア号へ赴くべきなのである。
しかし高い身分にもかかわらず、グリーンは自ら動く事で手間を省きたがるようだ。
俺はそういうのは嫌いではない。
ロジャースが言っていた事が理解できるように成ってきた。
もっともそれは、グリーンの側近や配下に、その役割をできる者がいないという事でもある。
船団の他の船も、船足を落とし帆を降ろしつつあった。
恐らく「全船停止せよ」の旗が揚がっているのだろう。
グリーンがロジャースに二言三言話し、帰っていった。
雰囲気からして、敵襲では無さそうだ。
ロジャースがブラックマンバ号に向けて信号旗を揚げさせた。
曰く「音声会話のできる場所まで船を寄せるべし」
その信号に従い近寄ってきたブラックマンバ号へ、ロジャースがメガホンで怒鳴った。
「クローリス殿、本艦へ来艦されたし!」
甲板に姿を見せたクローリスは戸惑ったようだ。
「来艦されたし」なら、単にそう旗を揚げればいい。
ロジャースが続けた。
「沙織さんとミキさんも連れてきてください!」
それで、クローリスも得心がいったようだ。
程なく、三人を乗せたボートがやってきた。
沙織は俺を見つけるとあかんべえをした。
俺は親指を下に向けて挨拶を返す。
マジかわいくない奴。
キャビンには案内せず、取り急ぎ甲板でロジャースが説明をした。
「グリーン様が仰るには、前方に異変があるそうです。
どうも、海峡のど真ん中に有るはずの無い島があるようだ、と。
ここからでは分からないですが」
島ぁ?
俺はマツムラを目探した。
「あ、いたいた。ちょっと、マツムラ君。こっちおいで」
おっかなびっくりのマツムラに、さっきの話をロジャース達にさせた。
「なるほど……。ドラゴニア号でも、似た話を知っているのかもしれませんね。沙織さんとミキさん、マリさんの三人をご指名でしたから」
ふうん、と沙織が表情も変えずに、
「あたしは外海の出身だから、リヴァイアサンはよく知ってるよ……。沢山いるしね」
「沢山いるんだ!」
「まあね。でも、成体は大人しくて浮いてるだけよ。こんな北の方に来るのは珍しいと思うけど。それで、どうすればいいの?」
「はい。三人で偵察して、ドラゴニア号のグリーン様に報告していただければ」
沙織は俺を睨んで鼻息を荒げた。
「コイツと一緒なのは気に食わないけど、クロ様の為だわ。行ってくるわね」
と、その場でぱぱっと服を脱ぎ、クローリスに微笑んで手を振った。
そしてさっさと海に飛び込んでしまった。
クローリスは慣れているのか動じなかったが、ロジャースは苦笑して鼻の頭を掻いた。
「では、ミキさんは、マリさんを上空に連れて現地の様子を探ってください」
「いいよ。でもな、オレは余り重いものは持てないけどよ?」
ミキが俺をじろりと見た。
俺はニコリと笑って言った。
「ああ、俺の体重は、減らす分には自在だから大丈夫」
今は見た目相応の人間と同じ位の体重だが、それを「冥化」してしまえばいいだけだ。
「へえ、便利ね」
「とりあえず、行きますか?」
「いいわ。ちょっとまってね」
と、ミキもその場で服を脱ぎ始めた。
呆れた。
裸族どもめ。
ホント、こいつらは……。
それに気付いた水兵が何人かいて、驚き半分ラッキー半分な顔で見ているが、ロジャースはその間に立ちはだかるようにした。
ミキは気にせず、美しい姿をさらけ出すと、
「うん。じゃあ、クロ様行ってくるよ。マリさん、掴まるなら足首にね」
と言い、直ぐに羽ばたきだした。
俺は慌てて浮き上がり始めた彼女の足を掴んだのだが、多少の風などお構い無しに、羽ばたき一つでぐんと伸びる。
うひゃー!
これが魔物の飛翔か!
物理法則なんぞ、半分は無視してる感じだ。
その力の源泉は、思念場経由だろう。
種族固有の能力か属性値、「言霊」のどれかではないか。
先行して泳ぎ出していた沙織を、あっという間に追い越した。
ドラゴニア号を横目に過ぎる頃には、かなりの高度まで昇っていた。
すると、見えた。
思わず叫んだ。
「うわあ。でけぇー」
ロンドール海峡の北の出口は、多少狭くすぼまっている。
その先を塞ぐように、東西に長く横たわる巨大なワニも似た黒いモノ。
あのミニリヴァイアサンとはちょっと似ていない気もするが、もしかしたら幼体と成体とでは、まるで違う種のような見た目と生態なのかもしれない。
「はー。オレもアレは初めて見たよ。近寄るよね?」
「うん。お願い」
ミキはグンと高度を下げた。
近づくにつれ、磯臭さが鼻についた。
黒い岩のように見えるのは、ごつごつした鱗の表面で、その表面を海草やコケの様なものが覆っている。
海に潜っている時間が長いのか、昔話や伝説に良くあるような「椰子も生えてたし、島だと思って上陸したら実は大亀だった!」と言う感じではない。
「降りてみよう」
「わかった」
俺たちは降り立った。
そして俺が「知る」を発動させると、抵抗無く情報を取得できた。
全長一万五千メートル。
もう、アホだろ。
何万年生きてるの、って話。
しかしこんなのが内海に入り込んだら、迷惑だろうな。
幸い、内海と外海をつなぐ水路は何処も遠浅だったり狭かったりする。
リヴァイアサン等の、外海に生きる海生生物が内海に入り込まない理由はもう一つある。
外海はどちらかと言うと魔属性の強い場所であり、内海は聖属性の強い場所である。
そういうことになっているのだ。
この手の生き物は魔属性の方を好む。それで内海は比較的穏やかなのだ。
外海はリヴァイアサンだけじゃなく、色々いるって言うしね。
とは言え、さし当たってここにいられると困る。
このままでは、船団はグリン岬の難所とリヴァイアサンの鼻先の間を縫うようにして通らねばならない。
リヴァイアサンが大人しく待っていることを祈りながらだ。
それは避けたい。
「マリさん、アンタ、こいつやっつけられるの?」
と、ミキは言うが、
「無理無理あり得ないから」
「そうなのか?」
「いやミキさん。例え俺が何とかできて、でもここでこいつをやっつけたら死体はどうするの?」
「あ、そうか」
そこへ、沙織がようやく辿り着いた。
水属性を駆使しつつではあるが、長距離を急いで泳いできたので、彼女は肩で息をしている。
「アレ? エラ呼吸じゃなかったの?」
「はぁはぁ。違うわよ。バカ」
「まあいいや、どうしようか。こいつ、確かにリヴァイアサンだねえ」
「ふう。ほんとね。どうしてこんな場所に」
「どいてくれって言ってもダメでしょ?」
「当たり前じゃない」
「どうしたもんかね」
その時、足元が揺らいだ。
次いで、地鳴りがした。
ぐおおお!
「うわっと、と。今の、鳴き声?」
沙織が何か考え込んでいる。
「うん。何だろう。悲しい時の鳴き声だな」
「悲しい時?」
「そう。アタシ等も、外海で生きる以上は、彼らの機嫌は分かった方がいいもの。間違いないわ」
「ふうん。ちょっと、試してみるか。ミキさん、コイツの頭の方へ行こう」
「はいよ」
「知る」への抵抗が無いなら、頭の傍で「知る」を使えば、リヴァイアサンが何を考えているのか分かるかもしれない。
「アタシはちょっと離れて待ってるからね」
「了解」
俺は再びミキの足につかまって空に舞った。
「ちょっと、あれ見て」
ミキが何か見つけたようだ。
彼女が指差す方を見ると、リヴァイアサンの背に、赤黒い場所がある。野球場一個分程ある。
近寄ると、強烈に生臭い。広範囲で鱗がはがれ、肉がむき出しになっている。
最近負傷したようだ。
「これ、傷だよね」
「イタそー」
見ると、大きな身体の何箇所かに、同じような形の古傷があった。
リヴァイアサンに攻撃を掛ける魔物でもいるのだろうか?
その割には、剥がれているのは表皮だけだ。歯の跡などがない。
「ちょっと『ヒール』掛けてみよう」
「え? こんな広範囲に効くのかしら?」
「ちっとはマシになるかもよ?……あ、そうだ。一回スパロー号に戻れる?」
「……? いいけど?」
「じゃ、お願い」
と、俺たちはスパロー号に帰還し、又すぐとんぼ返りして元の場所に戻った。
傷口の縁に二人は降り立った。
「で、何を取って来たのさ?」
ミキに聞かれて俺が「冥化」を解いて取り出したのは、あのミニリヴァイアサンを発生させていた鱗だ。
そう。ノープ岩礁でサルベージした時のアレだ。
「こいつのではないかもしれないけど、鱗さ。リヴァイアサンの」
「何か意味があるのか?」
俺は肩をすくめた。
「さあね? でも、せっかくだから返しておきたいでしょ?」
ミキは胡散臭そうな顔をしていたが、俺は構わずにむき出しの傷の上に降り立った。
鱗を抱えたまま、傷の中心迄歩き、止まった。
そこに鱗を置いた。
……うむむ。腐りかけの生肉の山の上に立っているみたいだな。
いい気分ではない。早く終わらそう。
俺はしゃがんで、両手を肉の上に置いた。
リヴァイアサンが爬虫類だからなのか、暖かくはない。ひんやりしている。
教科書に載っていた「ヒール」の魔方陣を、頭の中で思い浮かべた。
「ヒール」
すると、両手を中心に鮮やかに青く光る魔方陣が現れ、渦巻きながら広がっていった。
遠慮などせず、持てる力の殆どをつぎ込んだ。
同時に言霊の「なおす」も発動させる。
こちらはただ「なおす」と思うだけだ。
足元のピンクの生肉が、さざめくように小さく震え始めた。
危険を察知したのか、上空に居たミキが、降下してきて手を伸ばした。
俺はその手を掴んだ。
ふわっと体が浮き、直ぐに上空に達した。
「おい、見ろよ」
ミキが顎で下を示した。
ピンク色の傷跡が、その周囲から徐々に黒く縮んでいく。
「あれ、効いているのか?」
「多分」
暫く経ち、ヒールの青い光は徐々に朧になって、消えた。
それと同時に、ピンク色の領域は黒く塗りつぶされた。
「……治ったのかな?」
「どうなんだろ。でも、臭いはチョッとましになったよね?」
「うん」
「まあいいや、じゃあ、頭の方へ行こうよ」
「わかった」
リヴァイアサンの頭の上にやってきた。
中々の眺めだが、ワニの頭の上に居るようなものだ。
気分的に居心地は良くない。
モジモジしているミキがせかした。
「ねえ、早く済ませてよ?」
俺は頷いた。
手を足元のリヴァイアサンの表皮に置き、「知る」を発動させた。
思惑通り、「知る」はリヴァイアサンの脳の隅々まで届き、いくつかの思いが伝わってきた。
探す。安堵。帰る。
それだけしかわからなかった。
探す? 何を?
安堵? 何に?
帰る? 何処に?
……いや、俺たちも帰ろう。分からないのなら考えてもしょうがない。
「ドラゴニア号に戻ろう。とりあえず報告ってコトで」
「うん、そうしよう」
沙織にブラックマンバ号へ帰る様に伝えてから、ミキに掴まって再び空を駆けた。
いい。やはり空を飛べるのはいい。
あとでオレサマに、冥属性かなにかで空を飛べないかどうか、聞いてみよう。
「あっ、おい!あれ見ろ!」
ミキが突然叫んで旋回した。
リヴァイアサンが再び視界に入る。
リヴァイアサンは動き出していた。
北の北海の方へ、頭の向きを変え始めていた。
「……このまま、帰るのかな?」
「帰るって考えていたみたいだし……」
「傷を治してやったからかな?」
「どうなんだろうな……」
「ま、いいじゃない。これで先に進めるよな」
「うん」
暫くの間、二人は大空から去り行くリヴァイアサンを見守った。
その後、船団は無事に再出発し、グリン岬を越え、ファーネ大陸北岸を東進し始めたのだった。
ようやく、一部の折り返し位です。
ここまでお付き合いいただきありがとうございます。
2019/9/18 段落など修正。




