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1-D100-31 マリヴェラ喧嘩中


 ロジャースは、ブラックマンバ号に副長の暮井と二十数名の水兵を乗り込ませた。


 クローリスはスパロー号に連行された。

沙織とミキ、他数人の身柄もスパロー号に移した。

 彼女らは、ずばり人質だ。


 クローリス本人は拘束の仕様が無い。


 彼が霧と化して拘束を抜け出し、スパロー号で暴れようとすれば暴れられるのだ。

 だが、沙織たちを人質にしておけば、彼は暴れないだろう。

 これは俺の判断だし、ロジャースに提案したのも俺だ。

 冷酷なようだが、万一スパロー号に被害が生じては本末転倒である。


 船団の船は、風に流されて衝突しない程度に固まって足を止めていた。

 トライアンフ号は船団の逆側にいるのか、姿が無い。


 船団の頭にはドラゴニア号がいるのだが、スパロー号より魔法の光による信号が送られると、グリーンが自ら風魔法を使って飛んで来た。

 クローリスも同じ事ができると思われるのだが、風魔法はこれが魅力だ。

 率直に言って、羨ましいったらない。

 グリーンが甲板に降り立っただけで、スパロー号の連中も引き締まった。


「ご苦労、ロジャース艦長」


 と、待ち受けていたロジャースに頷いてみせると、一緒にキャビンへと入って行った。

 俺もその後からキャビンに入ろうとしたが、グリーンが入り口で立ち止まったので、渋滞した。


「おや、これはこれは」


 グリーンが心底驚いたような声を上げた。

 そして低い天井を身を屈めて歩き、手近な椅子に座った。

 クローリスは特に手かせも無く、縄にも縛られずに椅子に座っていた。

 声を上げたグリーンを一瞥すると、


「公爵殿……!」


 と言い、腰を浮かせて立ち上がりかけた。

 クローリスの背後にいたネルソンが警戒し、剣の柄に手を掛けたが、どうも必要ないようだと気付き、直立不動に戻った。


 クローリスは再び腰を下ろし、頭を抱えて呟いた。


「そうか、アグイラ……そういう事もあるのだな」


 ロジャースも俺も、キャビンにいる者はネルソンを除いて全員椅子に腰掛けた。


 イエロによって飲み物が配られ終わると、グリーンが静かに口を開いた。


「殿下。一体これはどうなさったのですか?」


「……」


 暫く間が空いた。

 クローリスが一口飲み物を飲み、口を開いた。


「公爵殿。我輩は既に殿下などと呼ばれる身分ではない」


「なんですと?」


「妖魔七国のうち、我がクローリスクインタルとガルナタの二国は、既に無い。三ヶ月前の事だ」


「……存じませんでした。その情報は内海にはまだ伝わっておりません」


 二人の会話に出た妖魔七国があるのは、西の大陸だ。


 実際には、西の大陸にはその七カ国だけではなく、沢山の国が林立して覇を競っているのだ。

 その中でも大陸の東側に位置する七カ国は比較的国力が大きく、一目おかれていたのだった。


 七国を統治している妖魔とは、それぞれ、ヴァンパイアが二カ国。

 あとは天使族・悪魔族・夢魔族・妖狐族・幽鬼族が一カ国づつだ。

 クローリスクインタルはヴァンパイアの統治する二つの国のうちの一つ。

 ガルナタは夢魔族の国だった。


 もっとも、支配者が妖魔であるだけで、国民の殆どは他の種族だ。

 内海諸国のルールが及ばない為に、内海では基本的に禁止されている奴隷制度さえもまだ残っていたりする。

 人間も多いが、殆どが奴隷か、下層民である。


 クローリスが、何か吹っ切れたかのように、顔を上げた。


「公爵殿」


「何でしょう?」


「願わくば、我輩の首を以って、ブラックマンバの者たちを助けて欲しい。そもそも、クインタルを着の身着のまま脱出してきた我らと、途中で拿捕した奴隷運搬船から救助した者たちなのだ」


 なるほど。

 種族も武器も雑多で、装備も整っていないのはそのせいか。


「彼らに罪は無い。もう一つ。

 クインタルを脱出した者は我らだけではない。

 殆どの者は、ロンドリア大陸の南岸、

 ロンドールの中心地『イルトゥリル』千キロメートル程の場所にいる。

 その数五百人。知っての通り、

 ロンドリア大陸はあまり豊かではなく、

 食料に乏しい。このままでは、冬を越せないだろう」


「それで、船を襲ったと?」


 グリーンが優しく聞くと、クローリスが頷いた。


「それが公爵殿の率いる船団だったとは。公爵殿に託せるのなら、残る者たちも生き残れよう。海賊の罪は、縛り首と聞く。これも運命。さあ……」


 勝手に話を進めるクローリスに、グリーンは苦笑した。


「殿下、お待ち下さい。相変わらず一途なお方ですな」


 グリーンは光る目で俺を見て言った。


「マリヴェラ殿。あなたが彼の船に乗り込んだそうですが、彼は……クローリス殿下は、海賊行為をなさろうとしていたか?」


「いえ? 喧嘩を売ってきたので教育して差し上げただけです」


 と、俺はすかさず答えた。


「なるほど?」


 グリーンがニヤリとした。


 その時、慌しくドアがノックされて、開いた。

 ユキだ。


「あのっ! ……あ、グリーンさん。御免なさい」


「ユキ様、どうされましたか?」


 ユキがぺこりと頭を下げた。


「どうか、皆さんを許してあげてください! あの人魚さんたちに聞きました。国が滅んで、避難先で飢える寸前に……」


 まくし立てるユキを、グリーンはまたも苦笑しながら手を上げて制した。


「ユキ様もお待ち下さい。

 話を聞いてみましたが、結局、

 ここには裁かれるべき罪が存在しないようですな。

 喧嘩は感心しませんが、もうしないと誓っていただければ結構。

 宜しいですな?」


「む……」


「殿下、その避難先では、食料はどの位持ちそうですか?」


「人魚族の子やゴブリンたちが尽力してくれているが、年末までだろう」


「では、時間はまだありますね。いかがでしょう?

 この船団は主に塩を運搬しているのでお分けできる

 食糧は殆ど有りませんが、次の寄港地のフォールス

 までご一緒いただければ、当地でライムギなどは手に入るでしょう」


 俺が手を上げた。


「それ、私が用立てます」


 グリーンが微笑んだ。


「私も半分出しましょう。私もご縁がありますので、一応顔を立ててください」


 クローリスが目に見えて萎んだ。


「忝い」


 ユキが笑顔になった。


「有難うございます、グリーンさん、マリさん! 沙織さんたちに知らせてこなきゃ!」


 と、走って行った。

 人質とおしゃべりして意気投合でもしたのだろうか。

 ロジャースも呆れて眉間を摘んだりしている。


 グリーンが居住まいを正した。


「では、殿下の事は、以後クローリス殿とお呼び致します」


 クローリスが深く頷いた。


「あのブラックマンバ号は、クローリス殿にお返しします。

 ただ、フォールスに到るまでは、

 荒山殿にご同乗願うことにします。

 察するに、熟練の士官がいらっしゃらないのでは?」


「左様」


「これより北の海は少々荒れますので。必要に応じて水兵をお貸しします」


「重ね重ね……」


 グリーンが立ち上がった。


「では、私はこれで。クローリス殿は、基本的にはロジャース艦長の指示を仰いでください。では、ロジャース艦長、この後、荒山殿が移乗するので、よろしく」


「承った」


「アイアイ・サー」


 グリーンはキャビンから出た所で、何かを思い出したように振り返った。


「そうそう、東からの襲撃だが、ブラックマンバ号とは似ても似つかない……。ウィル、何が来たと思う?」


「さあ? てっきり、タイミングから挟撃かと思ったのですがね?」


 グリーンが声を上げて笑った。


「それがな、どうもポップ海の海賊共がこちらまで出張しているらしくてな。ミヤカ艦長が阻止してくれたが、危うく例の高速小型ガレーに旅客を攫われる所だった。驚いたぞ」


「本当ですか?」


「本当だよ。単独で沿岸航行をする船には警告しなくてはいかんな」


 ポップ海とは、始まりの諸島の遥か東の多島海である。

 この辺りからだと、多分五千キロはある。

 本当に東の諸島からやってきたと言うなら、大西洋を渡って来たに等しい。

 そして、ガレー。

 人力で櫂を漕いで走る船だ。

 その小型ガレーがどういう物かは詳しくは分からないが、この沿岸は山がちで人口も少なく、それでいていて身を隠すのにうってつけの入り江が多い。


 グリーンは、手を振って別れを告げると、風を作り出して乗り、去って行った。

 見送る俺の横にユウカが来て言った。


「いいですよね、あれ」


「ユウカさんも思います? アレ、達人だと大陸横断所か世界一周も可能だといいますね。防寒必要ですけど」


「マリさんは飛べませんか?」


「いやあ……高い所はお好きなクチですけど。風属性はちょっと」


「ふうん」


 下から、人質だった沙織らがぞろぞろと登ってきた。


「あら、マグロ女。いたの?」


 一体誰に聞いたのだろうか。

 開口一番そう抜かしたのはもちろん沙織だ。

 瞬時にオレサマが反応して掴みかかった。


「ナンだとぉこの魚類が! オレサマがマグロなら、てめぇはフグか?」


 俺たちが取っ組み合っている横で、クローリスとロジャースは、そ知らぬ体で握手を交わしている。


「急ぎ、指示書を書かせています。荒山殿が到着し次第、一緒にお届けしますので」


「宜しく、頼む」


 その後、滞りなく何事も無く、船団はフォールスへ向けて再出発をしたのであった。


――――――――――――


 甲板で、時を知らせる鐘、時鐘が鳴っている。

 客室の窓から見える海面は暗い。

 一時間だけの束の間の睡眠から目が覚める。

 相変わらず、死に関する夢を見る。

 これ迄に、何度死んだ事か。

 寝台の下の段には、いるはずのミツチヒメがいない。どうせキャビンだろう。


 さて何をしようか。クーコを捕まえて歌のレッスンでもするか?

 髪を後頭部で縛ろうかと手に取った時、違和感を感じた。

 光っている。

 髪の毛の一部が、僅かであるが金色に光っていたのだ。

 摘まんでよく見てみると、脱色ではない。瞳と同じく光を発している。

 オレサマになっている時には、全ての頭髪がこうなるのだが。


「ちょっと、オレサマ大先生?」


 けだるそうな返事がある。


(ナンだよ?)


「この髪、ナンだと思います?」


(ああ? そりゃ、お前さんがそのマリヴェラって存在に馴染んできたからだろうよ)


「へえ。て言うコトは、馴染みきるとパツキンになるんだ?」


(そうだよ? それが運命神マリヴェラの真の姿って奴だ。そんで馴染み終わったその時には、オレサマも消える)


「消える?」


(ああ。言わなかったっけか? 

 オレサマは、お前さんの世界の言葉で言うと、

 チュートリアルだ。強力な種族に転生した魂には、

 漏れなくオレサマに似たような存在がサポートとしてつく。

 由来や原理はしらねえよ)


「そうなんだ?」


(うん。厳密に言うとちょっと違うんだけどさ。

 まあ、お前さんが馴染むか、オレサマが表で

 二十四時間活動すると、その時点でオレサマは消える。

 それは確かだ)


「そりゃさびしいなあ。もう結構表で活動してない?」


(……いや、まだ四時間って所だ。さびしいなんて、やだな。照れるぜ)


「……この会話は、ノーカンなの?」


(ああ。会話だけなら、大丈夫みたいだ。まあ、オレサマとて、この役目を経験したことはないからねえ。手探りな所はあるな)


「じゃあ、この世界がアンガーワールドか、知ってる?」


(いや、知らないね。この世の成り立ちとか、

 仕組みとか、そういうのは余り分からないんだよ。

 はっきり分かるのは、このマリヴェラと言う存在が持つ力の、

 言わば「使い方」だね)


「そっか」


 寝台から降りて伸びをすると、廊下で足音がして扉の前で止まった。

 コンコンコン。


「はーい」


「ユキです。ちょっといいですか?」


 扉を開けるとユキがいた。

 今日も白いワンピースだが、上にカーディガンを羽織っている。

 ユキが客室に入り、ドアを閉じた。


「なんか、夜は涼しくなってきたね」


「そうだねえ」


 今はまだ九月。東京ならまだまだ暑い。

 しかしこの艦はどんどん北上している。


「どうしたの?」


 ユキはニコニコしている。

 この子が笑っているときは本当に可愛くて、こっちまで嬉しくなってしまう。


「うん。女子会を開こうと思います!」


マグロVSフグ

2019/9/18 段落など修正。

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