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そして聖女は旋風〈タビュロ〉と化す  作者: 天宮暁
第五章 聖魔再戦

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 魔王は復調していない――それは、魔王復活以来初めてとなる吉報だった。

 暗殺された副市長の部下だった分析官が、〈凍結された決戦場〉から放出されていた魔力量を推計し、それを元に魔王の身体に残っている魔力の量を推定した。その結果、魔王が現在保有している魔力は、封印当初のおよそ四分の一しかないことが判明した。

〈犠牲の聖女〉テレーシア・ケリュケインが千年の封印で魔力を使い果たしていたことを思えば、魔王もまた力を失っているのではないかと疑うのは、むしろ当然だったはずだ。が、魔王ブカンフェラスの自信に満ちた態度と卓越した人心掌握術とに惑わされ、今に至るまで魔王は千年前のまま健在なのだと思い込まされていたのだ。

 思えば、ゲームなどと称して人々を煽動しようとしたのは、戦力を補い、人々の意気をくじくためである以上に、力を取り戻すまでの時間を稼ぐためでもあったのだろう。

 この情報を受けて、キャラビニエール市長ドルーア・マーティレイは決断した。

 今こそ、作戦を実行に移す時であると。

〈聖紋〉の修復は困難を極めたが、現場の魔錠研究者や機匠たちの士気が高かったために、かろうじて起動できる程度には修復することができた。

〈聖紋〉から得た魔力を制御し、新たな〈凍結された決戦場〉を作る役割の聖女テレーシア・ケリュケインは、娘であるセレシアによって公転ジャイロを改造した封印装置の中で既に準備状態に入っている。

 凍結獣征伐局、魔錠犯罪取締局、都市防衛隊の三戦力を軸に、市長権限で動員しうる戦力はすべてこの戦いに動員されている。

 作戦は単純だ。征伐局、取締局、都市防の三戦力が魔王の三方を圧迫し、開けた一方――すなわち、決戦の場となる北舷市庁舎前広場――北舷Ⅰ区・Ⅱ区をまたぐ市内で最大の広場へと誘導する。

 この際、三戦力のいずれかひとつでも突破されると作戦の算段が崩れてしまう。それぞれの組織は組織としての面子をかけて、自らの受け持つ領域を死守しなければならない。

 が、それだけでは魔王が罠を嫌って一方へと戦力を集中してきた際に、その方面に展開している組織の負担が重くなりすぎる。

 そこでドルーアはそれぞれの組織から、実力が高いわりに組織内での地位は高くない魔錠官を選抜し、魔王の囮となる遊軍を結成した。

 実力が高いわりに組織内での地位は高くない魔錠官――そう、たとえば戦闘能力は高いが、征伐局に入ってまだ日の浅いセレシア・マーティレイのような戦力である。

 実際にシアは、遊軍には二人しか引っ張ってこられなかった一等魔錠官の一人であるため負担が重い。ドルーアの娘ということで遊軍の旗印としての役割までのしかかってくるから、根が単純なシアとしては面倒くさいことこの上なかった。

 しかし、曲者揃いの遊軍は、シアという頼りないリーダーを戴いたことでかえって結束が固くなった。

 魔錠結界の使い手である都市防のボーダンは魔王ブカンフェラスの強力な魔法をかろうじて受けきり、取締局のアナベラは姿を消しては死角から密度の高い魔錠術を放つという戦法で魔王の注意を巧みに惹きつけ、また惑わした。そうして生じた隙に、シアが錠を数十個も接続した回炉刀で斬りかかり、あるいは銀閃を放って牽制する。

(……戦える! あたしたちは戦える!)

 もちろん、魔王に致命的なダメージを与えることはできていない。

 魔王からすれば猫がじゃれついてくる程度の攻撃なのかもしれないが、それでもシアの率いる遊軍は、ブカンフェラスの注意を惹きつけ、三方を固める三戦力の仕事を格段にやりやすくしていた。

 というより、

(征伐局には裏切り者のアインザックが、取締局にはハイラークが、都市防には魔王派の青年将兵団が向かったから、三戦力はそっちに釘付けにならざるを得ないのよね)

 魔王は自らの軍門に下った有力な戦力をそれぞれの古巣へとぶつけたのだ。

 元々所属していた組織の方が勝手がわかるから、とも言えるが、

(……禊、ね。本当に所属していた組織を裏切って魔王のために働けるかどうかを見極めるための。あるいは、はっきりした敵対行動を取らせることで、後戻りできなくしようとしているのか)

 市側にとって予想外だったのは、十人しかいない一等魔錠官のうち、実に四人もの魔錠官が魔王側についたことだ。

 戦力の中核をなす一等魔錠官を欠いた各組織は、多かれ少なかれ混乱している。特に局長であるケインズが魔王側に寝返った取締局の混乱が甚だしい。そこへ組織をよく知る裏切り者が襲いかかってくるのだから苦戦するのは必至だった。

 その上、魔王は百を超える数の魔蜂や単眼鬼(キュクロプス)――斧や鎚を振り回す巨人――を喚びだして使役している。凍結獣との戦いに慣れた征伐局はともかく、対人戦闘を専門とする取締局と都市防の人員は、それら異形の怪物の前に立たされただけで激しい恐怖と緊張とを強いられてしまう。

 シアの属する征伐局は、局長であるドレマスの指揮によって善戦しているが、他の組織に戦力を融通しているせいで人員が少なく、余裕がない点では他の組織と変わりがない。

 とにかく、魔王側が早くも総力戦に近い形で反攻してきたために、人数の少ないシアたち遊軍が、魔王を誘導する主戦力として頑張らざるをえない事態に陥ってしまったのだ。

「シア、頼む――!」

 都市防のボーダンが、限界を超える大量の錠を結合して魔王すら押しのける強力な結界を作りだし、魔王の退路を断った。

 が、

「ぐぁっ……!」

「ボーダン!」

 魔王はボーダンの背後を魔蜂に襲わせた。

 恐ろしく巨大な毒針に脇腹をえぐられつつ、ボーダンは魔蜂の身体を両腕でがっちりと締め上げる。ヴ、ヴ、と耳障りな音を立てて魔蜂が暴れる。ボーダンは魔蜂の節足についた爪や鋭い牙で身体中を切り裂かれるが、それでもなお、結界を維持している。

 しかし、それがいつまで保つか。

「魔王ブカンフェラス――ッ!」

 魔王を挟み、ボーダンの反対側から六〇度ほどずれた位置から、取締局のアナベラが魔錠術を放つ。三十近い魔錠を連ねて編み上げた必殺の光槍を、ほとんど魔王に体当たりするように叩きつける。

「ぬ……!」

 魔王はその槍を咄嗟に生み出した闇色の盾で受け止める。

 が、アナベラは攻撃が受け止められたことなど気にかけず、光の槍を握り直して魔王に猛烈な圧力を加えていく。

「うおおおおお――ッ!」

 恋人をブカンフェラスに殺されたアナベラは、命に替えても魔王を倒すと言っていた。同性であるシアですら憧れるつややかな長い黒髪が、吹き荒れる魔力の嵐で逆立ち、その姿はまるで悪鬼のようだった。

「ちぃ――っ」

 魔王は舌打ちするとその場を飛び退り、ボーダンの結界もアナベラの槍も存在しない方向へと距離を取る。距離を取りつつ闇色の稲妻を放ち、アナベラの動きを牽制する。

 が、牽制だったはずのその稲妻は、無理な力押しでバランスを崩したアナベラの肩に直撃した。アナベラは錐揉みしながら吹き飛ばされ、広場の地面を削りながら静止した。稲妻を食らわなかった方の手でまだ握りしめていた光の槍が、消滅した。

「よくも二人を――!」

 シアは銀閃を放って魔王を牽制しながら、三十個の錠をつないだ回炉刀で魔王に重い連撃を放つ。

 回炉刀の聖鎧回炉を壊しかねない勢いで叩きつけられる魔力のこもった攻撃が、盾を構えた魔王を数メリアずつ後退させる。

「これで――決める!」

 魔王の現在位置は、事前に何度となく確認した最終目標地点にさしかかっていた。

 市庁舎の屋上にいるはずの監視役が魔王の位置を確かめ、封印装置起動の合図を送る手はずになっている。ここで魔王の動きを数秒止めることができれば、シアたちの勝利だ。

「魔錠解放:北Ⅱアレクシア17193から17212までを回炉刀に追加結合――食らえッ!」

 回炉刀に上限を超える数の錠を結合、魔王に真っ向から振り下ろす。

 ドッッ……!

 盾で一撃を受け止めた魔王の足が地面に食い込む。そこを中心に地面が大きく陥没した。

「同じく17213から17232までを〈銀閃〉に追加結合――迸れッ……!」

 一等魔錠官として凍結獣と戦うシアにしてもここまでの数の錠を結合した経験はなかった。割れそうになる頭を、焼け切れそうな目の奥を、不気味に跳ねる心臓を押さえつけ、シアは剣に近い太さの銀閃を十本以上生み出した。それらが一斉に、衝撃で動けない魔王に向かって襲いかかる。

 だが。

「小賢しいわッ!」

 魔王ブカンフェラスが咆哮した。

 回炉刀を叩きつけたままの姿勢で、シアの身体が宙に浮く。

 その浮遊感で集中が途切れる。もともと過大だった錠の結合が分解、魔王に放った十数条の銀閃が霧散した。

「な……っ!」

(しまった!)

 シアは身動きのできない空中で、魔王の放った闇の(あぎと)が襲いかかってくるのを、なすすべもなく凝視する。

 策、成らず。

 ボーガンとアナベラが――いや、この都市に存在するすべての戦力が、多大な犠牲を払いながら切り開いてくれた活路を、自分は無駄にしてしまった!

(クラフト……!)

 最後に頭に浮かんできたのは、やはりクラフトの顔だった。

(こんなことになるくらいなら……やっぱりクラフトと……)

 シアの心に絶望がよぎった、


 その時。


 世界が、反転した。

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