表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
痛みだけが、愛に似ていた  作者: 黒瀬ましろ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
6/6

ごめんね

手術当日。


寝られるはずもなく、朝を迎えた。


カーテンの隙間から入る光がやけに白かった。


今日は、もっちゃんが迎えに来てくれる約束だった。


スマホを見る。


7:12


まだ連絡はない。


【おはよう 起きてる?】


送信。


5分後。


【家出た?】


既読はつかない。


10分後。


【おーい。】


プルルルル


電話にも出ない。


胸がザワザワした。


時計の秒針の音だけがやけに響く。


はぁ。


それから1時間。


いや、2時間くらい経った頃。


ピコン


【ごめん、今起きた。】


その文字を見た瞬間、頭が真っ白になった。


今日なのに。


なんで寝れるの。


【手術してるの?】


【おい。】


それから鬼のように電話が来たが、無視をした。


その夜、もっちゃんが家に来た。


『手術したの?』


「謝罪とか、心配とかじゃないんだ?」


『メッセージ送っただろ。起きてすぐに』


「ありえないんだけど。こんな大事な日に寝坊とか。まず、よく寝れたよね」


バンッ。


テーブルを強く叩く音に、肩が跳ねた。


もっちゃんは舌打ちをして、リモコンを乱暴にソファへ投げた。


『俺だけ責められても困るんだけど』


怖かった。


怒鳴られているわけじゃない。


でも、次に何が来るかわからない怖さがあった。


『俺だって考えてる』


小さくそう言ったあと、もっちゃんは煙草に火をつけた。


でも、その目は一度も私を見なかった。


それから、もっちゃんは帰ってしまった。


別れたら壊れる気がした。


子供がいなくなるのに、もっちゃんまでいなくなったら、私は本当に1人になる。


縋れるのは、もう彼しかいなかった。


この時、このまま別れればよかったと、後になって何度も思う。


でも、この時の私は孤独だった。


この子を追って死にたいと、ずっと思っていた。


【ごめん、どこにいるの?】


【不安なんだ。泊まりに来てくれない?】


ピコン


【今日は無理。お前が帰らせたんだろ。

手術いつ?】


【明後日しか空いてないみたい】


ピコン


【り】


手術当日。


「すみません、今日やっぱりキャンセルでお願いします。迷ってて……」


『先日もキャンセルされましたよね?

もうすぐ10週になるので、手術されるなら今週じゃないと負担も費用も上がりますからね』



やっぱり無理だ。


産みたい。


帰りたい。


ピコン


【向かうね。降りて待ってて】


【ごめん、キャンセルした。産みたい】


ピコン


【向かってたんだけど。うむってこと?】


【わからない】


そのあと、もっちゃんが病院へもう一度電話をした。


『ゆずの体のために言ってるんだ。

また子供欲しいって思った時に産めばいい。

その時に産めなくなったら困るだろ?』


「どういう意味それ。

その時はこの子じゃないんだよ。


この子は死ぬんだよ?」


喉が痛かった。


「動画とか見た?

どんなふうに殺されて、取り出されるか知ってる?

それでも殺せって言ってるんだよね?」


もっちゃんは黙ったまま煙草を揉み消した。


『……俺だけが悪いみたいに言うなよ』


少し間が空いたあと、


『木曜は無理だから、金曜にして。

送り迎えはする。体心配だし』


そう言った。


優しいのか。


逃げてるだけなのか。


もう、わからなかった。


そして、金曜日に再度予約をしてしまった。


当日。


目がパンパンに腫れた私と、何故かお守りをもってきたもっちゃんは病院へ向かった。

なんのためのどういうお守りだったのだろうか。


『終わったら連絡してね。

無事に終わりますように』


無事って、なんだろう。


誰にとっての無事なんだろう。


手術台は冷たかった。


天井のライトが眩しくて、涙が耳の方へ流れていく。


看護師さんが、ずっと手を握ってくれていた。


『10数えるからね』


「……ごめんなさい」


誰に言ったのか、自分でもわからなかった。


『10、9、8——』


死ぬみたいだ、と思った。


『7、6、5——』


3を聞く前に、意識が落ちた。


夢を見た。


真っ暗な場所で、もっちゃんと佐野さんが笑いながら手を振っている夢だった。


目を開けると、見たことないくらい眩しい世界だった。産まれたての赤ちゃんの気持ちがわかるような気がして、またしんどくなった。




終わった瞬間、本当に1人になった気がした。


「すみません……」


『あ、起きた?先生呼んできますね』


先生の説明は、ほとんど頭に入ってこなかった。


足に力が入らなかった。


立つたびに鈍い痛みが響く。


ナプキンの感触が気持ち悪かった。


吐き気がした。


気持ち悪いわけじゃない。


もう、お腹に誰もいないと思ったら、吐き気がした。


スマホを開く。


【終わった】


その四文字を打つだけで、指が震えた。


本当は、終わってなんかいなかった。


20件ほど通知が来ていた。


美波から、


【次のランチここどう?】


お母さんから、


【次いつ帰ってくる?】


そして、もっちゃんから。


【転んで骨折したかもしれないから病院いくね

血だらけ】


【やばい、骨折してた】


【とりあえずタクシーで帰れる?】


その文字を見た瞬間、笑いそうになった。


こっちは、子供が死んだのに。


右の太ももの裏が痛くて、うまく歩けなかった。


1時間後。


もっちゃんの様子も気になったし、不安も聞いてほしくて電話をした。


プルルル


ピコン


【病院だから無理。まずメッセージだろ忘れたの?】


もう5時間くらい経っていた。


【なんで骨折したの】


ピコン


【家で躓いて転んだ】


家で転んで血だらけ?


聞きたいことがたくさんあった。


聞いてほしいこともたくさんあった。


足の痛みも怖かった。


これからずっと後遺症で残るんじゃないかって。


【話また聞いて】


ピコン


【り】


そして、いつもは頻繁に来るメッセージも、その日は夜まで来なかった。


【どこで何してるの】


私は寝れずに、スマホを見つめ続けていた。


ピコン


【家 ねてた】


【いままでずっと?連絡いつもすぐしてくるのにさ、怪しいよね。逃げてるだけでしょ めんどくさいから】


【もう。俺もしんどいんだよ。少し寝かせてくれよ】


それから3日間。


おはよう


おやすみ


大丈夫?


ごめん、しんどいからねるわ


そんな連絡しか来なかった。


私は悔しかった。


あれから一歩も外へ出ていない。


聞いてほしかった話がたくさんあった。


子供が、本当に可哀想で。


初めて外へ出た日。


右足を引きずりながら、家の前のたんぽぽを抜いた。

三本抜いた。

私 もっちゃん 赤ちゃん。

少しの間、この世界で過ごした期間を忘れないよ。そして、

また3人で会えますように。と


紙コップに刺して、手を合わせる。


「ごめんね」


そして、もっちゃんに写真を送った。メッセージも添えて。


【赤ちゃんの事を忘れずに、私たちは生きていこうね。】

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ