第一話 鬼の娘
新連載です。よろしくお願いします。
時は瑞英、日映天皇の治世。都で暴れまわる鬼の一族がいた。夜も深くなった頃、霞にまかれて人里に現れ、眷属の妖たちと悪行の限りを尽くす。都中の妖たちを束ねる彼らは、人々から「血霞の一族」と呼ばれ恐れられていた。ある時、増え続ける被害を耳にした帝は、武術にも秀でた世代最強の陰陽師・日比谷晴行らに妖たちの討伐を命じる勅令を出した。晴行は妖たちの住処をみつけると、奇襲を仕掛け、見事鬼の頭領・刹鬼童子を封印することに成功する。頭を失った妖たちは晴行に降伏し、都には再び平穏が訪れた。
だが、皆は知らない。「血霞討伐」から8年が経った今、封印が解かれようとしていることを。
「全然ダメ、こんなんじゃ帝に喜んでもらえないじゃないの!さっさと他の持ってきなさいよ!!」
国の中心、誰もが一度は憧れるきらびやかな宮中の一角にある高明殿では今日も耳をふさぎたくなるような怒号があがっていた。声の主は天皇の妻、女御・高子。右大臣を父に持ち、この国で最も身分の高い女性の一人である。
「しかし女御様、間もなく帝がお渡りになる刻限でございます」
そば仕えの女房は落ち着いた声で答える。
「何よ、あたしに口答えしようっていうの?お前がぐずぐずしてるせいで時間がかかってるんじゃない!」
それでも真顔を通す女房に沸点を超えた高子は、次の瞬間彼女の首を掴むと力いっぱい締め上げた。
「私をそんなに怒らせない方がいいわよ」
高子はのぞき込むように顔を近づけて言う。氷のように冷たい指先。すさまじい力で首を絞めつける。女房は苦しそうに顔を歪めて声を絞り出す。
「ウッ…申し訳…ござい…ません…」
「分かったなら早くしなさいよ、この穢れた血め!生きてるだけで人間様に害を及ぼすのに、私の機嫌を損ねるんじゃないわよ」
何も感じてはいけない、考えてはいけない。こんな言葉もう言われ慣れてる。
女房は命令に応えるべく、よろよろと立ち上がり、その場を後にした。
その女房は、名を「伊月」という。白い肌によく似合う椿のように赤い唇と端正な顔立ち。だが、長いまつ毛の下からのぞく唇よりなお紅く輝く瞳を見ればすぐに、彼女が人ではないことが理解できるだろう。普段は人の形に変化し、角を隠しているがその正体は鬼であった。それも強大な力を持つ鬼達の中でも圧倒的強さを持ち、8年前に封印されるまで鬼の頭領として都中から畏怖の対象とされていた刹鬼童子の娘。彼女自身も一族屈指の妖力を持ちながら、8年前の乱闘時にはまだ幼く、当時生まれたばかりであった弟とともに帝の恩情をかけられ命だけは許されていた。
“帝がお前を許しても、私は許さない。死ぬより恐ろしい地獄を見せてやろう”
二年前、現帝の妻たちの中でも最古参の高明殿の女御付き女房として宮中に入るとき女御はそう言い放ち、宣言通り徹底的に伊月を苛め抜いた。鎖骨に呪印を刻まれ、生きるのに最低限の妖力しか使えなくなった伊月には抗う術もない。そして、もともと女御の酷い癇癪に手を焼いていた他の女房たちはここぞとばかりに伊月に仕事を押し付け、伊月は毎日深夜まで雑務をこなす羽目になっていた。
着物を持っていくと、今日は帝のお渡りがないと知り激昂した高子からまた、腹部に一発と背中に五発鞭で打たれた。何度も胸倉を掴まれるので襟元は乱れ、着物の隙間からみえる素肌には数々の痣が刻まれているのが分かる。高子は最後に力いっぱい伊月を柱めがけてに突き飛ばす。柱の角が左肩に当たってずきずきと痛む。伊月は顔をゆがめてその場にうずくまった。これはしばらく痛みそうだな。
「あら、もうくたばっちゃったの?わかってる?これは罰なの。悪い鬼は懲らしめなくちゃ、ね」
殴られた後は、井戸の水で傷を冷やすまでがお決まりだ。全身いたるところで古傷の上に新しい傷が重なり、見るに痛々しい。先ほどの肩は案の定赤く腫れあがっていた。恐らく柱にぶつかった反動で脱臼したのだろう。関節が外れ、動かそうとすると強く痛む。伊月は布を噛むと力を込めて右腕で左腕を持ち上げ、関節を元の位置に戻す。高子に突き飛ばされたときと同様の激痛が走る。
肩を抑えながら涙を堪えるように空を仰ぐと頭上の松の枝に鷹が止まってじっとこちらを見つめているのに気づく。誰かが鷹狩り用に飼っている鷹だろうか。鋭い眼光で見られるとまるで自分が獲物として狙われているように感じて背筋が凍る。が、次の瞬間には鷹は翼を広げて大空に羽ばたいて行ってしまった。帯状の縞模様が風を切る姿はなんて凛々しいのだろう。自分も空を飛んでここからいなくなることができたらどんなにいいだろう。徐々に小さくなっていく鷹を見送りながら、伊月はそんなことを考えた。
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