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第二話 角折の宣告

「伊月、太政大臣様がお呼びです」


次の日の朝、突然太政大臣に呼び出された。太政大臣と言えば、政治の要。一介の女房がそう簡単に会えるものではない。伊月も直接話すのは2年ぶりであった。


「伊月、参りました」


伊月は太政大臣の前で深々と頭を下げると昨日脱臼した左肩がじくりと痛んだ。


「うむ、よく来た。高明殿の女御さまにはよく仕えているか」


「はい。誠心誠意お仕えしております」


「今日はお主に話があって呼んだ」


「何用でございましょう?」


太政大臣自ら話など、よっぽどのことに違いない。伊月は固唾をのんで次の言葉を待った。


「殺気童子の封印が解けるかもしれん」


「?!父上が、、、⁈」


父・殺気童子は8年前、日比谷晴行の陰陽術によって完全に封印されたはずである。なのにどうして。


「詳細についてはその道の者に話してもらおう。真秀、入れ」


障子の裏から若い男が姿を現す。


「お初にお目にかかります。日比谷真秀と申します」


“日比谷”その名前を聞いた瞬間、伊月の目には殺意のような光が宿り、唇は血の気の失せた線になった。幼い自分と弟から両親を奪い、この鎖骨に呪印を刻んだ憎き仇の名。平常心ではいられない。伊月は腸が煮えくり返るのを感じながら、目を見開いて顔を上げると男と目が合う。思い切り睨んだのに、真秀は何事もなかったのように向かいに座る。


「会うのは初めてだったか。こちらは日比谷真秀。晴行殿の長男で、現在は陰陽博士を務めている」


「、、、お初に、、お目にかかります、、、血霞伊月と、、、申します」


「話の続きは私から説明させて頂きます。確かに殺気童子は8年前、我が父晴行が完全に封印しました。その際に殺気童子の妻、血霞常盤の角を用いたのはご存じでしょうか」


「はい、それは勿論、存じております」


伊月は大好きだった母親の無残な最期を思い出し、目頭に涙を浮かべるも、ここで泣くわけにはいかないと必死で堪える。


「血霞常盤の妖力は鬼の中では極めて高かったが、殺気童子のそれに比べると遠く及ばなかった。よって、8年の時を経た今、殺気童子の封印が解けつつあります。我々の見立てでは早くても2年以内には、殺気童子の封印は完全に解けるでしょう」


父は封印され、死んだも同然と思っていた伊月は真秀の言葉に戸惑いを隠せない。でも、そんな重要な話を、娘である伊月に簡単に話すはずがない。彼らにとっては敵に塩を送るようなものだ。


真秀は淡々と続ける。


「そこで帝の命により、あなたの“角折の儀”の開催が決定しました。あなたの角の妖力をもって今度こそ、殺気童子を永久に封印するようにと」


その言葉に、伊月の気持ちは絶望のそこへと沈んでゆく。鬼は首を切られても死なない。妖の生命力は妖力であり、鬼にとっての妖力の核は角であるからだ。故に鬼は角以外であればどこを損失しても再生できるが、角を折られたときにはじめて命を落とすということである。そして、鬼の角はその妖力の高さからしばしば呪物として使われる。8年前も、人間と妖の争いの真っ最中、伊月は母・弟と共に陰陽師に捕まり、母は子供たちを守るために自らの角を捧げたのだ。


今度は自分が。ようやく、帝が血霞家の生き残りである伊月たちを処刑や島流しにせずに、手の届く都に置いていたのかが分かった。


―――ああ。私たちは父上の封印が解けた時のための道具でしかなかったんだ


「日程は半年後の討鬼の日に。角折役はこの日比谷真秀が勤めます」


真秀は淡々と続けた。


「話は以上。真秀殿は父にも劣らぬ稀代の天才。必ずや殺気童子を今度こそ葬り去ってくれようぞ。鬼の娘よ、くれぐれも逃げようなどという馬鹿な考えは起こさぬように。儀式の日まで、女御さまによく仕えよ」


太政大臣は伊月の首元を指さしながらそういうとその場をあとにした。

鎖骨に刻まれた呪印のせいで、ろくに妖力も使えない。逃げても無駄だということだろう。


「太政大臣様も退出されましたので、私もこれにて失礼します。・・・ウッッ!」


伊月は立ち上がろうと態勢を変えるとすると左肩にまたしても激痛が走る。患部はこれ以上ないほどに腫れあがり、皮膚は赤紫色に変色していた。声を挙げてしまいそうになるのを必死でこらえる。


「大事ないか?」


向かいに座っていた真秀が立ちあがり、伊月の肩に手を伸ばす。


「やめて!!触らないで!」


伊月は痛みを堪えながら真秀を睨みつける。


「では、これを」


真秀は懐から懐紙に包まれた丸薬を取り出し伊月に差し出す。


「肩に怪我を負っているのでしょう?妖力が乱れています。これは妖力を補強する薬、妖であれば大抵の怪我には効果があるはずです」


「どこの妖が陰陽師から渡された薬など飲むものですか」


「このままでは二度と腕が上がらなくなってしまうかもしれませんよ?」


意味が分からない。あと半年で殺す癖に、どうして私の怪我の心配なんてするのだろう。


「とにかく、絶対に飲みませんから!」


伊月は断固として拒否し、一刻も早くここから立ち去りたいと言わんばかりに足に力を込めて立ち上がろうとする。


「失礼」


次の瞬間、真秀は丸薬を持っていた掌で伊月の口元を塞ぎもう片方の手で伊月の後頭部を支えて上を向かせる。その動作は乱暴なものではなかったが、突然の出来事に伊月は抵抗することもできず、丸薬を唾で飲み込んでしまう。


「何をっ⁈」


「こうでもしないと飲まないでしょう?明日には治りますから今日はもう安静にしてください」


呆然とする伊月を残して真秀はその場を去っていった。


読んでいただきありがとうございます。

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