74. おめかしの総力戦
目が回るような騎馬の速度に翻弄されるのを、彼に支えてもらいながら、私たちは孤児院に到着した。
「エリス!!!」
「エリス様ー!!」
「帰ってきたあ!!」
「大丈夫か!?」
教会の前では、メルやアン、シスター・ベロニカ、そして子供たちが、今か今かと待ち構えていた。
私がヴィンセント騎士団長の馬から降りると、皆が駆け寄り、涙ながらに抱きしめ合う。
「よかった……! 無事でよかった……!」
「心配したよぉ……!」
「もう帰ってこないのかと……っ!」
「ご心配をおかけしました。この通り、無事です。……ボロボロですが」
少し苦笑いをして、私を囲む一人一人へ視線を合わせていく。
顔を上げて私の姿を改めて見たメルが涙を拭い、パン! と自分の頬を叩いた。
「よし! みんな、始めるよ!!」
「おう!」
「はいっ!」
「まかせて!」
「時間がないですよ」
メルの号令と共に、子供たちもシスターも、蜘蛛の子を散らすように走り去っていった。
アンに手を引かれ、私はきょとんとする。
「えっと、あの……」
困ってヴィンセント騎士団長を振り返ると、彼はなにかを知っている様子で、優しく微笑んだ。
「待っている」
その一言に背中を押され、私は戸惑いながらも、メルとアンに手を引かれて孤児院の中へと入った。
――そこからは、嵐のような連携プレーだった。
「お湯加減よし! 石鹸よし!」
メルと他の女の子たちに手伝われながら、お風呂場へと引っ張られた。
自分たちで作り、街の人々にも配ったあのハーブ入りの石鹸を惜しげなく使い、泥だらけの身体をピカピカに磨き上げられる。
「わあ、いい匂い……」
「エリス様、お肌ツルツル!」
わけもわからぬまま、ほかほかの状態でタオルを巻かれて自室に戻ると、そこには療護院のおばあさんたち――ブリジットさんとロザリンさんが待ち構えていた。
「あらあら、大変だったわねえ」
「大切な日の、お手伝いをさせてちょうだいね」
おばあ様二人の指示の下、サラやマリをはじめとした子供たちが、怪我の治療や擦り傷の赤みを抑える軟膏を手際よく塗ってくれる。
「うん、大丈夫ね。それじゃあ……ドレスを着てもらいましょうかね」
ロザリンさんがそう言うと、子供たちが布に包まれた何かを恭しく持ってきた。
広げられたのは、真っ白な生地に繊細なレースがあしらわれた、立派な商家のお嬢様が着るようなドレスだった。
「これは……?」
「子供たちみんなの提案でね、今日のお祭りで聖女様に着てもらうお洋服を作ったのよ」
「とはいえ、前に着てもらった私のドレスを手直ししたものなんだけど……もっと素敵になったでしょう?」
「はい。とても、素敵です……素晴らしい、です……」
感激して胸が詰まる。
私の感情パラメータが、幸福で埋め尽くされていく。
「サプライズ大成功だね!」
「エリス様に似合うように一生懸命考えたんだよ!」
「あの真っ白なお靴に絶対合うよ!」
子供たちが口々に自慢する。
子供たちがこそこそと相談していた作戦とは、このことだったのだ。
このドレスも、計画も、すべて私のために。
「急いで! お祭り始まっちゃう!」
メルの号令で、急いで服を着せられる。
最後に、メルが例の箱を開け、真っ白なショートブーツを取り出した。
私の足に通し、編み上げのリボンをキュッと、いつもながら綺麗に結ぶ。
「うん、ぴったり! ……エリス、とっても似合ってるよ」
そこに、街の人たちに私の無事帰還を全速力で伝えて回っていたロキが、慌ただしく戻ってきた。
「ほら、これ! 広場の商人の人たちから!」
ロキから渡されたのは、靴とドレスに合わせた、小さな白い花の髪飾りだった。
石鹸のお礼だってよ! と、ロキが白い歯を見せて笑う。
「よおし! 仕上げだよ!」
メルが気合を入れて私の髪を結い始める。
編み込みを加え、いつもより少し華やかなハーフアップにした髪に、街の商人からの髪飾りを挿す。
「失礼しますよ」
そこに、大きな手提げの箱を持ったシスター・ベロニカが現れた。
「さあ、お退きなさい。私の番ですよ」
「シスター・ベロニカ?」
戸惑う私の前に座り、シスターはもってきた箱を開く。
その中には本格的な化粧道具が並んでいた。
「礼典の際には、他のシスターへのメイクも行っていましたから。安心なさい」
そう言って、シスターは私の顔に筆を走らせる。
擦り傷を隠すように、薄く、けれど繊細なメイクだ。
「さあ、出来上がりです」
鏡の中の自分を見て、私は言葉を失った。
そこにいたのは、ポンコツなAIではなく、物語に出てくるお姫様のような姿に仕上げられた、少女だった。
「……綺麗、です」
レースがふわりと広がる、純白のドレス。
ハーフアップに結われたプラチナの髪と、白い花の髪飾り。
薄化粧が施された頬は淡い薔薇色に染まり、足元には彼に貰った白いブーツが輝いている。
「ふふ。さあ、行ってらっしゃい!」
色んな人に代わる代わる背中を押され、私は外へと押し出される。
最後まで戸惑っていたけれど、準備を終えて、みんなが自分のために、このお祭りのデートのために力を貸してくれたことに、じんわりと喜びが広がる。
「……ありがとう、ございます」
私に対してここまで手を尽くしてくれたことを思って、涙が溢れそうになる。
「泣くな! 崩れる!」
「笑顔笑顔!」
囲まれる子供たちやシスター、おばあさんたちに言われ、私は涙をこらえて、はにかんだ。
「……行ってきます!」
教会の門の前で待っている、彼のもとへ。
私はスカートを翻し、駆け出した。
――その時。
「あっ」
中庭の小石に、爪先が引っかかる。
身体が、前に傾く。
――…いつもの、だ。
「「「「あーーーっっっ!?」」」」
全員の悲鳴が重なる。
駆け出しそうになるメル。手を伸ばすアン。目を覆うシスター。天を仰ぐロキ。あちゃーという表情をする子供たち。びっくりするおばあさんたち。
(……間に合いません!)
【――警告:転倒します!!】
私はギュッと目を閉じた。
けれど、硬い地面の衝撃は来なかった。
「……まったく、」
転びそうになった私の身体が、ふわりと、強い腕に抱き止められる。
目を開けると、そこには――ヴィンセント騎士団長がいた。
マントと鎧を外し、白いシャツにジャケットという、少しラフな格好。
その姿に、私は一瞬見惚れて、すべての動作が止まってしまう。
そして彼もまた、私の姿を見て、動きを止めていた。
「……うわっ。エリス様、すっごいお綺麗ですねェ……!」
騎士団長の後ろから、ジャック副団長がひょっこりと顔を出した。
ニコニコと笑いながら、肘でヴィンセント騎士団長をこずいている。
「天使か妖精が舞い降りたのかと思いましたよ。ねェ、団長?」
「あ、ああ……」
ヴィンセント騎士団長は、抱き止めていた私をそっと地面に降ろした。
眩しいものを見るように目を細め、一度視線を逸らし、それから、また真っ直ぐに私を見る。
「……綺麗だ」
ポツリと漏らされた言葉。
その言葉の破壊力に、私の思考回路は真っ白になってしまう。
私のずっと後ろ、孤児院の渡り廊下では、みんなが静かにガッツポーズやハイタッチをしている。
「あ……、えっ、と、」
【検索:褒められた時の適切な返答】
【検索結果:『ありがとう』『あなたも素敵です』『恐縮です』……】
どれも、今のこの甘い空気に合わない気がする。
戸惑う私の手を、ヴィンセント騎士団長がそっと取った。
「行こうか」
「……はい」
彼は私の手を軽く引き、暗い道の先で、無数の蝋燭が柔らかく灯る広場へと誘う。
繋がれた手に、心臓が跳ねる。
私ははにかみながら、彼と並んで歩き出した。




