第10話 ありきたりな中二のよくある全能感
「‥‥あっ‥‥やぁ」
愛依さんが、ゆっくりと空へと浮いていく。
「‥‥‥助‥‥は‥‥」
声が途切れ途切れだ。たぶん動転して「助けて」すら言えないんだ。
光る触手は、華奢な彼女の身体と四肢に巻きついて、どんどん食い込んでいる。
愛依さんが連れて行かれる!?!?
「‥‥ふざけるな‥‥‥‥!!」
僕は最後の力を振り絞った。
「動け! ‥‥‥‥動け身体!!」
右手が壊れたように震える。激痛が走る。でも、後遺症がなんだってんだ。
今動かないでいつ動くんだ!
「くそおおお!!」
右手を前にかざして、横に薙ぐイメージ。
成功だ。か細い光柱だけど、それでも魔物から伸びる触手を断った。彼女が落ちてくる。
けど。
それが限界だった。バタリと腕が落ちて、鉛のように重くなる。本当に指一本動かせなくなった。
今度こそ、全て絞り出した上での副作用症状だ。
「暖斗くん!!」
触手の縛めが解けた愛依さんが、地面に大の字の僕に覆いかぶさってきて。濡れた頬をこすりつけられた。熱い。
「愛依‥‥ごめんね」
助けることはできた。
でもそれは一瞬で、一回こっきりだ。
なぜなら。
その愛依さんの黒髪の向こうには、仲間を呼んだ鳥型魔物が、3体見えているから。
普段なら僕の滅殺には、一般人を守る自衛隊さんや、いざとなったら身を挺して守ってくれる気勢のSPさんがいる。
今回は僕の独断専行だから、当然今、そういうサポートはない。
ああ、当主様や父親の言葉を思い出した。「思い上がるな」。
そうだよ。僕は勘違いしていた。滅殺の法力を持つのは梅園一族だ。それは確かに。
だけど、まわりの人の、色んな人のサポートのおかげてその能力がちゃんと発揮できてたんだよ。
それを忘れての独断専行。いくら愛依の家を守るためでも、やってはいけなかった。指示を待つのが当然だった。
結果、僕だけじゃなく、愛依さんまで助けることができない。‥‥‥‥んん?
そういえば。何で君がここに?
「だって。わたしのお家のために戦ってくれるし、心配だったから。でも後ろのほうにいたのに魔物に狙われて‥‥」
そうだ。魔物は何で急に彼女を狙ったんだ? 人混みの中から。
今まで特定の人間を、意識的に狙った魔物はいない。
ってか、近づいて攻撃もせず、腹から触手出して連れ去ろうとしてなかった?
いや。止そう。今やるべきことがある。
「‥‥愛依。逃げるんだ。早く!!」
君だけでも逃げてくれ。僕は、動けない。
「暖斗くんっ!」
泣かないで。
「わたしもここにいさせて」
そんな。君を、君のいる町を護るために僕は、僕なりに戦ってきたのに。
なんでそんなこと言うのさ?
愛依さんは、僕の上に覆いかぶさって、頬同士をくっつけたまま首を振った。
消え始めたきれいな夕焼けと美しい黒髪が、交互に見えた。
増援の三匹は、僕らを取り囲むように着地すると、腹からあの触手を出した。
こんどこそ逃がさないつもりだ。
「バカだな。逃げれたのに」
「暖斗くんを置いて、できないよ」
「君を守りたかったのに」
「ごめんなさい」
無駄だとわかっていても、もう一度トライする。
激痛が走る全身を、意思のチカラだけで立ち上がらせる。
「‥‥痛っててて‥‥ちくしょう動け!」
「‥‥‥‥暖斗くん!」
無理やり半身を起こした僕を、愛依さんの肩が支えてくれた。
両手を胴に回して、抱きついている。
魔物から光る触手が伸ばされる。抵抗する僕らを引き剥がして、ゆっくりと愛依さんの手足に絡みついていく。それがセーラー服まで達すると、彼女はもう屈服するしかなかった。
「‥‥‥‥くっ!」
3体の魔物の無数の触手に、全方位から絡め捕られた彼女は、自由を奪われて宙に浮いた。
魔物の足が地面から離れた。このまま愛依さんを連れ去る気か?
「待てよ」
ゆっくりと昇る愛依さんの傍らに、立ち上がる影がひとつ。膝のほこりを払って、まわりを見渡す。
その瞬間。
3体の鳥型魔物の頭部が吹き飛んだ。次に胴体が。
触手は、八つ裂きになって黒い霧に変わっていく。
僕だ。
「‥‥後遺症が‥‥治癒してる!? 暖斗くん!?」
「どうしてだろ、動けてるよね? 法力も回復してる」
「ギャギャアァァ」
川面の向こうに、空を飛ぶ鳥型魔物を見つけた。ここへ向かっている。さらなる増援か、その影は3匹くらいだ。
「愛依さん。あれ迎撃するから、なるべく」
「なるべく?」
「‥‥‥‥僕の近くに」
「はい」
1ミリも疑うことがない感じで、彼女は僕の左側にぴったりと身を寄せてきた。少し震えている。それは無理もない。
申し訳なさそうに、でもしっかりと僕の腰に手を回し、彼女にしては大胆なくらいに身体を密着させてくる。
心がぞわぞわした。
満員電車に乗って、たまたま女の人と距離が近くなったのとは全然違う。
意思と選択をもって、彼女は僕に身を寄せている。
恐かったから。守って欲しいから。
男女ペアで肝試しをする陽キャイベ。‥‥こんな感じなのかな?
比べたらダメか。今やってるのは本物の魔物で、ガチ退魔戦なんだから。
左手と腕で、愛依さんの華奢な肩を引き寄せた。‥‥無意識にやってしまったし、できてしまった! 「心がぞわぞわした」理由がわかってしまった。
僕は今、この娘にガチで頼られて、この娘のために敵を戦おうとしているから。
女の子をひとり、自分の庇護下に置いたことを実感しているから。「俺が守ってる」感がある。
「暖斗くん?」
魔物の影が大きくなってきた。愛依さんが心配そうだ。
大丈夫だよ。今僕の攻撃射程に入ったから。
中二病って言わないでね。はは。でもぜんぜん負ける気はしない!!
「禍つ撃つ蝉(命名:咲見暖斗)」
僕の周囲に、まばゆく光る6個の、鋭角の多面体が出現する。
これは言わば、あの飛翔する3体へ向けての地対空ミサイルだ。
空気を切り裂いて、順に光弾が敵に向かっていく。躱そうとしても若干の追尾性能がある。
「グギャア。ギャギャアァァ」
3つの影は光弾に撃ち抜かれて、次々と黒い霧になった。
安堵した愛依さんが、弛緩した首を僕に預けてくれた。でも。
なんだよ。鳥型の魔物。
やっぱり断末魔は「グギャア」系じゃんか。




