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72. 化物侍女は本気になる

 駆け出すヨルの後ろ姿へと伸ばした手は、空を切る。

 分かっている。ここに居たところで助けになるどころか、足手纏いでしかない事なんて。

 ヨルの言った通り、私達は撤退して冒険者にアレの存在を報告しなければならない。それが正しい選択だと冷静な思考が告げる。

 それは分かってる。分かってるけど…っ!


 脳裏にチラつくのは、転がった人間の頭部。そして───吹き飛んだ、ヨルの左腕。


 四肢欠損の場合、その失った部位が残っていれば繋ぎ合わせる事が可能だ。然しながらそれは絶対では無い。

 辛うじて繋がったとしても麻痺が残り、日常生活に支障をきたしたという人は五万といる事を私は知っている。その中にもしも、ヨルが加わる事になれば……


「ティアラ。今は退くべきよ」


 エセルが私の肩に手を置いて告げる。しかしそんなエセルの表情も芳しくは無い。


「ヨルさんの左腕だけでも…」

「…ええ、そうね」


 今私達に出来ることはヨルが憂いなく戦えるように撤退し、手遅れになる前に仲間を呼ぶ事だ。


 血が滴る、まだ温かみを持つヨルの左腕を拾い上げると、ゴトリと銃が滑り落ちた。

 そこでヨルの袖にはナイフが仕込まれていた筈だと思い出し、袖口を覗き込む。するとカチリと音が鳴って、ナイフが私の頬をかすめながら後ろの木へと突き刺さった。


「………」


 ヨル…なんて危ない仕掛けしてるのよ……



 ◆ ◆ ◆



 ヨルが敵に突き立てた三本目のナイフが砕け散る。ここまでくると敵もヨルの狙いが隙間である事に気付き、ヨルが肉迫する度に身体を大きく動かすようになっていた。


「やりにくいですね…っ」


 敵の攻撃は一つ一つの予備動作が大きく分かりやすいが、その分威力は極めて高い。故にヨルは安全マージンを取らざるを得なく、続け様の二撃目が打てない。


「ティアラ様は撤退しましたか…」


 激しい戦闘の最中であっても、我が主の所在は逐次把握している。

 安全に下層へ下ったのは確認出来た。であるならば、ヨルはここに留まり続ける必要は無い。だが目の前の敵はそのまま素直に逃がしてはくれない存在であるとヨルは()()()()()


「………」


 煙幕は意味を成さない。敵は視覚に頼っていないから。


 今現在、自分が敵に対して有効打を持たないように、敵もまた自身に対して有効打が当たらない。本来であれば焦りや怒りといった感情が湧き、そこが隙となる。だがコレはそれが無い。


 足りないのは、敵に確実に損傷を与える為の何か。


「……戦術変幻、限定解放(リミットブレイク)


 静かなヨルの声が、風に流れる。


「────『剛爪』」


 ビュウ…と一陣の風が吹き、次の瞬間にヨルの姿は敵の目の前にあった。しかし今までナイフによる攻撃を仕掛けていた筈のその手には、何も握られていない。


「はぁぁぁっ!!」


 ────ギャリンッ!


 耳障りな音が、響く。あれだけ堅牢さを誇った敵の装甲には、五本の()()が。


「っ」


 危機感を覚えたのか、敵がこれまでに無い大きな後退を見せる。


「逃がすもの…っ」


 追撃を仕掛けようとしたヨルの片膝がカクンと落ちる。体勢を保とうと着いた手が地面に()()()


「反動が…っ!」


 ───ガチンッ


 妙な金属音が響く。はっとヨルが視界を上げれば、こちらへと開けた口を向ける敵の姿が───


「───不味っ」


 キィン…と光が口元に集まる。それは魔力の光。


「吸収転用…成程」


 『魔拡装甲』に蓄積された魔力を転用し、一点集中による魔力砲撃を放つ。敵が持つ最大の攻撃にして、自身の弱体化を孕んだ最後の切り札。

 その決死の一打に対して、ヨルは予定外の反動で動けない───







「───()()()()です」


 ヨルは、不敵に笑う。


「最早埃を被った代物ですが……それはそちらも同じ事ですよ」


 スルリと何処からかヨルの身の丈に余る、まるで盾の様な巨大な板が現れる。だがそれは、何枚もの金属板が継ぎ接ぎされて作られた粗末な物だった。



 閃光が、走る。


「く…っ」


 取っ手すら無い金属板を、全身で支えて衝撃に耐える。然しながら粗末なソレは、高密度な魔力の塊を完璧に耐え切る程の堅牢性を持たなかった。

 赤熱化した金属板が、端から溶け落ちるのを視界の端で捉える。


「…っ、回路接続、集積、開始っ」


 最後まで持たないと判断したヨルが、計画を早める事に決めた。

 金属板に張り巡らされた光の筋──魔力回路が鼓動する。光が零れ、それらが集まる先はヨルの胸中。


 ドクンッと、ヨルの心臓が跳ねる。


 膨大な熱として伝わる魔力が受け止め続ける鉄板を熱し、それを支えるヨルの半身を焦がし始める。しかしその程度ではヨルは退かない。退く訳には、いかない。


 光がぶつかり、紅が散る。だが、如何に粗末で貧相な金属板であれど盾として造られたソレは、最後まで後ろの存在を護る為に耐え凌ぐ。それこそ、(おの)が与えられた使命であるが故に。








 長く長く続いた光線が、止まる。


「……お返し、ですっ!」


 立派に役目を終えた赤熱化した盾が、ぐしゃりとその場に溶け落ちる。その先には、盾に接していた左半身を火傷しながらも地面を踏み締め、鋭い眼光で敵を捉えるヨルの姿が。


「特秘武装解放(ブレイク)…ッ!」


 静かなヨルの言葉に呼応して、長身の銃が胸から顕現する。


「弾丸装填…、『絶弾(フェイルノート)』起動ッ!」



 ヨルの右手が、引き金に伸びる。



 カチリと、撃鉄が起きた。



「──────ぶっ飛べッ!!」







・戦術変幻

仮──ルに与えられた───であり、現状これを有する───は仮──ルのみである。


・特秘武装

ある目的を遂行する為に造られしもの。仮──ルの場合、その真価は───と共に有る事で発揮される。

然しながら特秘武装のほぼ全ては───実験の際に破───され、現─では────だけである。


・『絶弾(フェイルノート)

正式名称:魔力爆縮式弾頭投射装置

特秘武装の一つ。莫大な魔力を消費する攻城兵器級の武装。


記録無し。



……


………


…………


それはかつて全てを託され、そして、放棄されしものなり。



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