66. 化物侍女は森へ挑む
セレトナ学園学年行事“宝探し”二日目。ティアラ達の姿は朝から既に【森のダンジョン】の入口にあった。元より昨日の時点で準備を進めていたからこその速さだったが、連れられたエセルは呆れ顔だ。
「せっかち過ぎない?」
「だって今日を含めて後三日しかないのよ?」
今回の学年行事は四日間にも渡って行われる大規模行事だ。だが実際に本気で“宝探し”をする場合は、その日程では少し辛いものがある。……そして何よりも、元々全てのダンジョンを巡る必要は無いにしても、一日につき一つではあまりに勿体無い。
「だったら朝早くに行って時間を詰めるのが最適解でしょ」
「付き合わされる側も考えて欲しいけどね……」
「あ、ははは……で、でも私は大丈夫ですよっ!」
朝早くから身体を動かすなど、フェリシアにとってはそう珍しい事では無い。故にその言葉に偽りは無く、エセルもまたその事に気付いていた為に、これ以上自分が弱音を吐く訳にはいかないだろうと気持ちを改めた。……ヨルについては何があろうと主に従うのでそもそも論外だ。
ティアラ達一行が昨日と同じくヨルを先頭にして【森のダンジョン】入口へと足を踏み入れる。その先には下へと続く階段。ここまでは【泉のダンジョン】と同じ構造だが、【森のダンジョン】はその先が全くもって異なっている。
「うわぁぁ…凄いですね…!」
中へと足を踏み入れたフェリシアが、思わずといった様子でそう感嘆の声を上げる。だがそれも無理は無い。なにせ彼女の眼前に広がっていたのは、地下であるはずなのに外と何ら変わりない青々とした森が一面に広がる光景だったのだから。
初心者から中級者向けダンジョン、【森のダンジョン】。これは迷路型の【泉のダンジョン】とは異なり、フロアが丸ごと部屋となっているフィールド型のダンジョンだ。
上を見上げれば青く澄み渡る空に輝く太陽を視界に収める事が出来るが、それらは全て幻…偽物であり、ちゃんと天井が存在する。
「この広さなら火属性使えると思ったのにぃ…」
「まぁ万が一火事を起こせばその責任がねぇ…一応私が水属性を持っているから小火程度なら対応出来るかもだけど……もしかしてヨルさん、消火活動とか出来たりします?」
「流石に無理です」
「ですよねー」
言えばほぼ何でも出てくるヨルであっても、大量の水を出すのは難しい。それは水属性を持つエセルも同様に。
「この【森のダンジョン】の一階層には二種類の魔物が存在しています」
「えっと確か……地図によると、マッドゴーレムとマジックリーフでしたっけ」
ティアラが昨日の時点で購入しておいた地図を広げ、そこに記載された内容に目を通したフェリシアが答える。だがそこに書かれた情報はその魔物の名前だけだ。これは【森のダンジョン】が【泉のダンジョン】よりも記載すべき内容が多く、削る部分が必要になった故である。
「正解です。双方とも自然に寄り集まった魔力によって自我を獲得した魔物であり、対処方法を御存知でなければ苦戦を強いられます」
昨日攻略した【泉のダンジョン】に生息していたアーヴァンクは一般的な生物としての特徴を持つ魔物であり、簡単に言えば心臓があってその身体に血が流れている魔物だ。だがこの【森のダンジョン】に生息している魔物は、それには該当しないものが殆どである。
まずマッドゴーレム。これは身体全体が泥で構成された魔物であり、血などは流れていない。それはつまり、致命傷となる外傷を与える事がほぼ不可能であるという事の証左に他ならない。
「ならどうするの?」
「マッドゴーレムに心臓は存在していません。しかし魔物ならば必ず持ち得る物があります」
それこそが魔物が魔物たる所以。動物と魔物を隔てる物。それは────
「───魔石ね」
「御明答で御座います」
魔石。それは魔物のみが持ち得る魔力の結晶体だ。どの魔物も大小あれど必ず魔石を体内に生成する。そしてそれは魔物が魔法を使う為に必要な物であり……同時に生命線だ。
「つまりそれを破壊すればいいのね」
「破壊、もしくは排除。或いは……」
「或いは?」
「……魔物が死ぬまで攻撃する、です」
確かに生物ならばデコピン程の威力しかない攻撃だったとしても、ずっと当て続ければ何時かは死ぬだろう。だがマッドゴーレムにそれが適応されるのかとフェリシアは疑問に思う。
「でもマッドゴーレムに心臓は無いから厳密には生物じゃないのですよね? そもそも死ぬんですか?」
「確かにマッドゴーレムに心臓は無く、血は流れておりません。ですがマッドゴーレムはその身体を維持する為に魔力を消費します。そしてその魔力は魔石から供給されており、魔石に貯められた魔力には上限が存在します」
「? ……あぁそういう事…」
エセルが一瞬首を傾げながらも、直ぐその後に納得の声を零した。そこまで聞けばその先は想像するに容易い。
「マッドゴーレムの身体が再生しなくなるまで破壊する…つまり、魔石から魔力を全て失わせる、と」
「はい、その通りです」
エセルの回答にヨルが首肯して返した。
マッドゴーレムは周囲の泥を寄せ集めて体を構築する。そして魔石から供給される魔力は身体の泥の維持だけでなく、泥を寄せ集める場合にも消費される。
魔石は魔物の生命線。であるならば魔石から魔力が失われれば、当然持ち主である魔物は絶命する事になる。だからこそヨルの提示した対処方法は効果的なのだ。……実行したいかはさて置いて。
「…まぁ手段の一つとして頭には入れておきましょ。じゃあマジックリーフの場合は?」
「燃やします」
「……火事になるわよ?」
「冗談です」
まさかヨルが冗談を言うとは思っていなかったのか、ティアラの表情が分かりやすく驚愕に染まる。その様子にヨルが内心首を傾げながらも説明を続けた。
「マジックリーフは魔法植物に似た魔物です。ティアラ様でしたら魔法植物の事は良く御存知かと」
「あぁ、確かに」
ティアラが住まう屋敷には防衛用の魔法植物が意図的に植えられているので、当然ティアラもその存在を知っている。
「でも魔法植物? と似てるって事は厳密には違うんですよね?」
「はい。魔法植物との違いは、動けるかどうかですね」
「動く?」
それを詳しく説明しようとしたところで、ヨル達の近くに生えた木からガサリと音が鳴った。
「丁度良いですね。実戦でご覧に入れましょう」
 




