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33. 化物侍女は猫になる

「本当に昔から一言多いのよ!」


 悪態をつきつつティアラが寮の部屋のソファーへと飛び込む。話題は今日の護身術学の授業で再会した、エセル・メティスだ。

 記憶があるのは幼い姿だった為に合致せず思い出すのに時間が掛かったが、いざ思い出すと色々と余計な事も思い出してしまう。


 キャロルの旧友であるエレーナの子供という理由から、信頼出来るティアラの友人枠になり得るとして引き合わせられた存在。それがエセルだった。

 ティアラもエセルとは同年代という事もあり直ぐに親しくなったものの、過ごす内に自由奔放なティアラをエセルが窘める事が多くなり、次第に関係は冷めきってしまった。所謂喧嘩別れだ。

 今となってはその言葉もティアラの事を思っての事だと理解出来るが、全ては過去の事。今更何を言うべきかティアラには分からず、結局昔のように食ってかかるような言い方しか出来なかった。


「重症ですね」

「ヨルが何時になく辛辣ぅ…」


 バタバタとソファーの上で足を動かすティアラにヨルが何とも言えない表情を浮かべる。ティアラに仕えて三年ではあるが、ここまで拗らせた人物だとは思ってもいなかった。


「……ヨル」


 何かを望むように目線を向けて名を呼ぶ主人(ティアラ)にヨルは長く溜息を吐き、「少しだけですよ」と言ったその直後、ヨルの姿が()()


「あ゛あ゛〜…」

「…ニャウ」


 グリグリとティアラがいつの間にか腕の中にある()()()に妙に悦に浸る声を上げながら額を擦り付ける。黒猫は不満そうな鳴き声を上げつつも逃げ出す事は無く、ただ大人しくされるがままになっていた。


()()の毛並みフワフワー…」

「………」


 ティアラが抱える黒猫の正体。それは、姿を変化させたヨルだった。

 ヨルは自らの身体を別の生き物に変化させる能力を持っており、黒猫になれるのはその能力によるものだ。この能力を利用して別の貴族の家などに潜入する仕事を与えられる事があり、それによってヨルは偶に屋敷を空ける事が多かった。

 ティアラは偶然にもヨルのその能力を知り得て、時折ヨルに猫の姿になってもらい癒されるという事を繰り返していた。


「あっ…」


 するりとヨルがティアラの腕から抜け出すと、ティアラが悲しげな声を零す。だがそれを気にかける様子も無く、ヨルが人間の姿へと戻って未だにソファーに寝転がるティアラを見下ろした。


「やはりティアラ様の最初のお願いを聞かなければ良かったです」

「えぇーなんでよー。可愛いんだから良いじゃない」

「出来る限り人間の姿でと侍女長より厳命されているのです」


 それでもヨルが人の姿から逸脱したのは、ティアラからの“お願い”だからだ。主人(ティアラ)の願いは命令よりも強いものでは無いが、それでも本質は同じだ。ヨルに断る選択肢は、ほぼ無い。


「そんなに猫が好きならばティアラ様がなされては?」

「……あのねヨル。普通猫にはなれないわよ?」

「…そういえばそうでしたね」


 ポンと手を叩き、頷く。ヨルにとっては身体を変化させる事は“当たり前”なので、彼女からすれば“何故出来ないのか”が分からなかった。


 その変わらぬヨルの様子に毒気を抜かれたティアラが、漸く重い身体をソファーから起こした。

 ぐしゃぐしゃになった後ろ髪をヨルが手早く回って整える。この後着替えるとはいえ、貴族として乱れたままなのはいただけない。


「ありがとうヨル。んー…一度ゆっくり話すべきかしらね」

「お茶会の用意を致しますか?」

「出来そう?」

「学園内にはお茶会に使えるサロンがあると聞き及んでおります。予約しておきましょうか?」

「お願い。日時は……三日後なんてどうかしら」

「確か学園が休日でしたね、よろしいかと。では私は…」

「だーめ」


 サロンの予約の為に部屋を出ようとしたヨルを、ティアラが後ろから抱き締めて制止する。……が。


「うぐぐ…」


 ティアラが全力で体重を後ろに掛けてヨルを止めようとするが、ヨルはそれを意に介することなく軽々と扉前まで進んでしまう。日々鍛えているヨルにとって、ティアラの制止などあってないようなものだった。


「…何をされているのです?」


 扉に手を掛けたところで漸くヨルが異変に気付き、不思議そうに振り返った。その能天気な対応にティアラが頬を膨らませ怒りを露わにする。


「もう! ヨルの馬鹿力!」

「私は馬鹿ではありませんよ」

「そういう事じゃないのよ…今日はもう遅いから、明日にしましょ? さ、()()()お風呂に入りましょ!」

「……はい?」


 今日はもう遅いから外に出ないで欲しいとの願いは理解できる。だがその後に続いた言葉には首を傾げざるを得ない。

 従者が主人の入浴を手伝う事は当たり前でその行動に関しては何ら抵抗は無い。だがティアラのその言葉には明らかに別の意図が含まれていた。


「さぁいくわよ! …お願いヨル。動いて」


 ティアラがどれだけ腕を引こうとも、ヨルが動こうとしなければ進むことが出来ない。


「しかし私は」

「側仕えだからとかつまらない事言うと怒るわよ。貴女は私の大切な友人でもあるのだから、共にお風呂に入っても何も問題無いわ」

「そう、なのですか…?」

「そうよ!」


 ティアラは知っていた。───意外とヨルを丸め込むのは簡単であると。

 力の抜けたヨルをティアラが引っ張ると、先程の石のように動かなかったヨルの体勢がいとも簡単に崩れた。


「わっ…」

「行くわよ!」


 調子付いたティアラが嬉々としてヨルを引っ張ると、ヨルは困惑した表情を浮かべつつもただ浴室へと引き摺られて行った。





やっとタイトル回収…猫ってオッドアイ多いらしいですね



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