32. 令嬢は再会する
護身術。その言葉に含まれる物は数多く存在する。その中でも貴族が身に付ける事が多いのが体術の部類になる。
常に重いドレスを身に纏い、一挙手一投足を完璧に優雅に熟す事を要求される淑女にとって体幹は命。その感覚を掴む為だけに体術を習う貴族も多いからだ。
皇都レコルト学園の護身術学はそういった貴族の教育背景なども加味して、ナイフや咄嗟に身近な物を用いた防御術も習うが、主に習うのは体術になっている。
「体術は得意よ」
得意げにティアラが胸を張る。乗馬なども行うティアラは幼少期から体幹はしっかりとしており、体術も筋が良かった。
「私は、あまり…」
「まぁ無理もないわ。でも覚えておくと得よ。特にフェリシアのような攻撃に向かない属性を持っている人はね」
光属性は後衛職である魔法使いの中でも支援に徹した属性だ。故に前衛が居る事が前提で戦う事が多い。だが、戦場で最も狙われるのは一体誰か? それは最前線の戦士ではなく、それを回復、支援出来る存在だ。
戦う上で真っ先に潰さなければならない存在。単体で戦況を左右しかねないからこそ、敵はどれだけの犠牲を払おうと、相討ちであろうと潰しに来る。
「だから至近戦が出来た方がいいの」
「が、頑張ります…!」
「そんなに緊張しなくていいわよ。それに至近戦ならヨルの方が何枚も上手だし、分からない事はヨルに聞くといいわよ」
フェリシアがその言葉を聞いてキラキラとした眼差しをヨルへと向ける。が、ヨルはティアラの言葉に首を横に振った。
「私などまだまだです。侍女長に体術で勝てた事は一度もありません」
ヨルに体術とナイフを教えたのは侍女長であるキャロルだったが、ヨルは未だに体術で勝てた試しが無い。それは体格差も要因の一つではあるが、それ以上にヨルが力任せに動く事が敗因になっている。
「はい。では授業の説明を始めます。よく聞いてくださいね」
護身術学の教師であるガランドがパンパンと手を叩いて生徒の注目を集めると、護身術の授業の説明を始める。
「グループを各自作って組手を行っていきますが、あくまで形だけで行います。危険な事はしないように。もし困った事があれば迷わず私を呼んでください。質問はありますか?」
「はい、先生。グループは何人でしょうか?」
「二人以上四人以下に収めて下さい。余った人は私が組みます。他に質問はありますか? ……では、始めてください」
その言葉で各々が親しい者とグループを組み始める。ティアラ達もまた三人でグループを作るが、そこに声を掛ける存在が居た。
「あの…私も組ませていただいてよろしいでしょうか」
「あら、貴方は…」
ティアラがその声を掛けてきた存在を視界に収め、自身の記憶を探る。貴族のやり取りが嫌いなティアラではあるが、それでも貴族の顔と名前くらいは憶えていた。
「エセル。随分と久しぶりね」
エセル・メティス。亜麻色の髪に焦げ茶の瞳を持つメティス男爵家長女にして、ティアラとは浅からぬ縁がある人物だ。
「はい、まだ憶えて頂けていたようで恐れ入ります」
「…ちょっと、思い出すのに時間が掛かっただけよ」
実際のところ最後に会ったのは五年程前で、ほぼ忘れていたティアラだった。
「貴方もこの授業を取っていたのね」
「カーナモン様ならば取ると思いましたので」
「……なんだか、正確に理解されているのも嫌ね」
ティアラがジト目をエセルへと向けるが、エセルは何処吹く風といった様子で、その親しげなやり取りにヨルがパチリと瞬きをした。その仕草にティアラは、ヨルがエセルに会ったことが無い事を思い出した。
「あぁ、そういえばヨルは知らなかったわね。紹介するわ。エセル・メティス。メティス男爵家の長女で、私とは昔からの知り合いよ。まぁ最近は会って無かったけれどね」
ヨルがティアラに仕え始めたのはここ三年の話なので、五年程ティアラが会っていないエセルを知らないのも無理は無かった。
「お初にお目にかかります、ヨル・カーティスと申します」
「あら、貴女様が…カーティス様、私にその様な言葉遣いは不要です」
貴族の位としては、子爵家であるヨルの方が男爵家であるエセルよりも上なので、遜った言葉遣いは不要だ。だが、ヨルはその言葉に少し困った様子でティアラへと目線を向けた。助けを求めるようなその姿に、ティアラは苦笑を浮かべる。
「貴女はその言葉遣いしか知らないものね」
「それは…どうなのです?」
「元々ヨルは私の専属侍女なの。だから貴族として振舞った事がないのよ」
「…カーナモン様の専属侍女、ですか」
エセルがどこか含みのある笑みをヨルへと向ける。その眼差しには少しばかりの憐れみが見えたのをティアラは見逃さなかった。
「何? 言いたい事があるなら言いなさいよ」
「ティアラ様、口調が乱れております」
「……何か仰いたい事がございまして?」
貴族らしく笑顔を浮かべて和やかに尋ね直すが、その口の端はヒクヒクと引き攣っていた。
「何もございませんわ。それよりもこのままでは授業が終わってしまいますわよ?」
「そ、そうですねっ! ヨル様、お願いしてもいいですか!?」
「はい。では少し離れましょうか」
先程まで空気だったフェリシアが流れを汲んで声を上げ、ヨルがその言葉に答える。だがヨルの場合は空気を読んだ訳では無く、ただフェリシアの誘いに乗っただけだ。
二人がそそくさと組手を始めるのを見て、ティアラも溜息を吐きつつ、エセルへと向かい合った。




