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魔女の微笑み

ざり、と土を踏む音が聞こえた。

はっとして振り返れば、誰かが転がった魔灯(ロードリンデ)を拾い上げるところだった。

「すべての原因はこれか」

立っていたのは、今度こそ本物の、アルフレッドだった。彼は汗を垂らし、息を乱しながらそこに居た。

どうやら俺達を懸命に探していたらしかった。


「スノウベル……カイン、それに……」

辺りを見回し、彼はおもむろに告げた。

「こうなったのは、――俺のせいだな?」

俺は何も言わなかった。いや、言えなかったのだ。ただ喉を震わせたまま、スノウベルを抱きしめることしかできない。

アルフレッドは聡い男だ。俺達の惨状を見て、すべてを把握したようだった。

「カトリーヌに、そっちの男は知らないが……いや、分かった。お前がロディオの偽物か」

言いながら静かに目を細め、静かに歩みを進めると、彼はセルリアンを見下ろした。

セルリアンは血を流しながら、魔灯(ロードリンデ)を食い入るように眺めていたが、やがて頭が回り出したのか、遅れて王を見上げた。

「あ、るふれっど、王」

「そうとも。お前の良く知るアルフレッド・クランだ。お前の名は知らないがな」

言いながら、冷たく言葉を投げ捨てた。

「よくも俺を騙そうと思ったものだ。まあ、確かにしてやられたようだが。――お前、ロディオに拷問らしきことをしたようじゃないか? それにそこのスノウベル――俺は白騎士を止めに来たんだが――とどめを刺したのはお前だな」

彼はつまらなそうに言い、手の中のランタンを静かに揺らした。セルリアンの血走った眼が、魔灯(ロードリンデ)を追ってゆらゆらと動く。

「お前はこれが欲しくてこんなことをしたのか?」

「へ、いか……ちが、います」

今更そんなことを言い、気丈にセルリアンは笑ってみせた。あんな状態になって、まだ正気が残っているらしい。

「これは、あなたの、ため」

「ほう、俺のため? 俺の元騎士があそこで泣いているんだが。リナリアも泣いている。俺のためというなら、それはまたどうして?」

魔灯(ロードリンデ)……が、あれば、へいかの……御父上を、……よみがえらせる、ことが、」

はっと、アルフレッドの目が見開かれる。


いけない。駄目だ、止めなくては。

俺が口を開こうとした時、不意に王は音も無く瞳を閉じた。

空気が変わっていくのを感じる。気のせいかもしれないが――いや、気のせいではなかった。

見渡せば、誰もが王の持つ覇気に目を奪われている。

アルフレッドは再び、まぶたを開いた。覗いた青い瞳は、濁っていない。ただ悲しみとやりきれなさを載せ、まっすぐにセルリアンを見据えている。震もしない音で、けれども乾いたその声で、言い聞かせるように彼は告げた。

「父は死んだ。死んだ者は還らない。世の理だ」

「で、すが、それを、渡して、いただければ」

「そんなにこれが欲しいか。……父はこれを壊そうとしていた」

ぎっと、王は血だらけの男を見下ろした。

「父を殺したのはお前だな」

「ひっ」

らしくない、罪人のような声をセルリアンが漏らす。事実、彼は罪人だった。

不意に恐怖を帯びた琥珀の目を、王は見下ろし、ただ悲しそうに笑った。

「はは、――だろうな。聞いたかカイン。――ああ、その様子だと、お前ももう、気づいているんだな」

乾いた声で、アルフレッドが笑っている。

ああ、アルフレッド。俺の古き友。お前の気持ちが痛いほど分かる。

やりきれないだろう。赦せないだろう。

俺達のために殺してしまわないか。奴には妹がいるようだが。

お前の父親を――スノウベルを傷つけたことに変わりはない。

俺はもう、スノウベルの騎士だけれど。そいつの首を切り落とすには、十分な動機を持って居るのだ。スノウベルを失ってしまえば――俺にはもう、なんにも遺らない。


「やめておけ」

いつの間にか青い瞳が、俺を覗き込んでいる。

はっと、俺は小さく息を漏らした。アルフレッドの目は、どこか慈しむような色をしていた。

彼が片手を振り上げる。

その手にあるものを――俺は食い入るように見据え、唐突に叫んだ。

「アルフレッド!」


ガシャン! と砕けて弾ける音。魔灯(ロードリンデ)は割れ、オレンジ色の灯が辺りに散らばって行く。まるで花びらを散らしたかのように、眩い魔法がちりぢりに弾け、結晶に当たっては砕けていく。

ああ、ああ、あああ。

叫んだのはセルリアンだった。散らばる美しい光を、かき集めようと手を伸ばし、躍起になって掴もうとする。

「リナリア」

不意にアルフレッドが告げた。

「呆けていないで、この魔力を使え。お前ならできるだろう」

はっと、リナリアが顔を上げる。次いできりりと目元を上げ、口の中で呪文を唱え始めた。前に聞いたものとは違う。その魔法の音は洞窟に響き渡り、ちらばっていた灯を繋ぎ、紡いでいく。それは大きな魔力となって、光の魔法へと姿を変え、俺の愛する魔女の心臓へと、注ぎ込まれていく。

「ス、ノウベル」

俺は掠れた声で呟いた。

みるみるうちに傷が塞がっていく。赤く血濡れた服はそのままだけれど、傷口がもう見えない。青ざめていた頬に血の気が蘇る。頬は薔薇色に染まり、閉ざされていたそのまぶたが、小さく動いた。銀色の長い睫毛が音も無く上げられ、紫の飴玉が俺を見つめる。

ふふ、と彼女は笑った。

「……ひどい顔」

俺は、――俺はもう何も言えなくなって、唇をわななかせた。

「大丈夫よ。わたし……まだ、生きてるみたい」

自らも確認するように、彼女がそう言い聞かせる。

俺は食い入るようにその光景を見ていたが、やがて思い切り彼女を抱きしめた。

「ちょ、ちょっと――苦しいわ。カイン?」

少し動揺しているらしい。揺らいだ声音すらも愛おしくて、抱きしめた温かさに胸が痛くなって、いつしか俺は情けなくしゃくりあげていた。

「カイン――カイン? 大丈夫よ、もう平気」

ああ、かっこ悪い。どうしてこういう時に、うまく決められないんだろう。

それでもなぜだか、胸が苦しくて仕方がなかった。

アルフレッドは今どんな気持ちでいるんだろう。俺はセルリアンを殺そうとした。けれどもあの王様はそれを止めた。

俺が止めたように、あいつはきっと、俺を助けようとした。

そうしてスノウベルの存在が、俺を救っているのだ。

「泣かないで――大丈夫。ほら、ね?」

スノウベルが俺を見上げ、頬にそっとやさしく手を寄せる。なにも分かっていないのは彼女の方じゃないのか。俺がどれだけ恐ろしかったか、――彼女を失うのがどれほど怖かったか――きっとこの子は知りもしないのだ。瞬きした拍子に、またぽろぽろと涙が零れ落ちる。スノウベルは微笑んだまま、やさしい瞳で俺を眺めていた。


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