悲劇の末路
「ずいぶんと感情的だね。黒騎士殿」
セルリアンはつまらなそうにこちらを見据えた。
「いいかい。魔灯には計り知れない力が――世界を覆す魔力が凝縮されている。魔女の手に渡ったら大変だ。その前に始末しておくのが正解だろう? これがあれば、魔女を一掃できる。国に平和をもたらすことができるんだよ」
「それが――それがお前達の目的か」
噛みつくように吐き捨てて、それでも俺はしっかりと立っていた。奴を見逃さないように。いつでもこの手で切ってしまえるように。
「そうさ。君の言う通り。だけれどね、どうも勘違いしていないかい。最初に魔灯を狙ったのは彼女だ」
馬鹿みたいにすらすらと、奴の口から言葉が紡がれる。
「君は何も知らないんだね」
俺の呼吸は浅くなる。すべてが嘘だと俺には分かった。知らないのはこいつの方だ。だってこいつにとって、魔女が誰であろうと関係なかったのだ。
「カイン、落ち着いて事実を見据えるといい。――前王を殺したのは誰だ? スノウベルだろう? 君は彼女を庇って逃がそうとした。誰が悪いかなんて明白じゃないか」
「明白?」
俺ははっと、笑ってみせた。涙で視界が滲んでいる。
「彼女は罪を被されただけだ。なんにも言えないまま、お前に剣で刺されたんだ」
向こうには血に塗れたスノウベルが倒れている。騙されて近づかれた挙句、胸を剣で貫かれた。リナリアが魔法を使い、どうにか一命をとりとめているが、息をするのがやっとのようだ。あの子のされたやり方は――前王が受けたものと何も変わらない。
セルリアンはロディオに化け、その上アルフレッドにも化けていた。
――そうとも、間違いないだろう。カトリーヌと組んで、裏で手を回し、セルリアンは魔灯を手に入れようとした。そして前王は、魔灯を移し、壊そうとした。
セルリアンはそれが赦せなかったのだ。魔灯を壊されることが我慢ならなかったのだ。
すべてが一つに繋がって、俺はとうとう口を開いた。
「セルリアン。こうやって、前王を殺したのか」
二つの琥珀が、俺を射抜く。それが逸らされる直前、俺は地面を蹴っていた。
はっと見開かれる琥珀色に、刃の鋭い光が映っている。
俺は容赦などしなかった。思い切り歯を食いしばる。力の限り、刃を振るい、――奴の腹に突き刺した。
「かっ――――、はっ」
あがっ、と醜い声を上げ、彼がかくんと揺れる。
ずるりと、その腹から思い切り剣を引き抜いた。白い服が真っ赤に染まっていく。彼がスノウベルにしたように。
がたりと落ちたのは、剣ではない。奴の手にしていた魔灯。
なおも神々しい光を放ちながら、オレンジのランタンはからんと地面に転がった。
「兄様――!」
カトリーヌの悲鳴が上がる。走り出そうとした彼女を、尚もマルセルが押さえつけた。
残念ながら俺は情け深くはなかった。そのまま兄様とやらの首を落としてやろうと、ガラスの剣を振り上げる。
「やめて、お願い、やめて――!」
つんざくようなカトリーヌの叫び声。ちっと舌打ちをして、俺は剣の血を振り払った。こんなに騒がれればやる気も失せる。
死ねない代わりに苦しめばいいと、ぎろりとセルリアンを見下ろすと、俺はもう関心すら失って、スノウベルの元に歩み寄った。
正直セルリアンの末路など、今の俺にはどうでも良いことだった。奴はどこか歪な瞳で、ランタンに手を伸ばしている。
「魔灯――魔灯……」
ただひたすら魔法に焦がれる男は、さながら滑稽に地面に転がっている。
「スノウベル」
既に俺の視界は滲んでいた。リナリアを見たが、彼女はわずかに首を振る。魔法を使い続けてはいるものの、血は止まらない。傷が大きすぎるのだ。
そっと抱きよせたスノウベルの身体は、赤に塗れている。銀色の髪が乱れ、紅に汚れていて、おぞましい光景だった。リナリアが傍に寄り添い、未だに諦めまいと力を振るっているが、魔法がからっきしの俺ですら、間に合わないことが理解できた。リナリアは俺達を安心させようと、懸命に笑顔を浮かべようとしている。しかし口元が引きつってしまって、もう何もかもが手遅れなのだと、痛烈に事実を示していた。
ああ、恐れたことになってしまった。
俺は未来を知っていたはずだ。魔女は迫害され、最後は国王に殺される。それを止めるはずだった。俺達の道はうねり、曲がりくねって。未来は歪んで軋んで、形を少しずつ変えていた。でもやはり運命を辿り、最後の結末へと収束していく。
俺の手の中、一際青白い顔の少女は、わずかに身じろぎした。その赤い唇はぞっとするほど、一層美しく映えていて、俺の顔からも血の気が引いていく。
彼女の真紅がゆっくりと開かれ、何かを告げた。もうその音は掠れているのに、名前を呼ばれたのだと分かって、俺の唇はわなないた。
怖かった。この子を失うのが、死んでしまうほど怖かった。
抱きしめた華奢な体からは、信じられない量の血が流れている。
怖くて怖くてたまらない。世界が揺らぎ、雫になって、ぼとりと彼女の頬に零れ落ちた。
「泣いてるの?」
掠れた声は、健気に告げた。
銀のまつげにふちどられた、あの飴玉みたいな紫が俺を見上げた。
「泣かないでカイン」
ぽた、ぽたと俺の目から涙がこぼれおちる。
俺は臆病だ。人を愛することが、こんなに恐ろしいことなんて知らなかった。
俺は一体、なんのためにここまでやってきたのだろう。彼女の運命を変えるためではなかったか。どうして助けてやれなかった。救うチャンスはいくらだってあったはずなのに。
「スノウベル――スノウベル」
繰り返す俺の声は、大切なものを奪われた子どものようだった。
「逝かないで――スノウベル」
ああ、ごめんなさい。俺は君に、なにもしてやれなかった。




