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5 日向にある人

「なあ不知火、今から合コンあるんだけど行かねえ?」



 仕事を終えた午後六時半。さっさと荷物を纏めて帰ろうとしていた背中に、同僚のそんな声が掛かった。

 振り向いた先には、魔術師の仕事に就いてから顔を合わせた男が楽しそうに立っている。



 騎士もそうだが、魔術師――軍に所属する人間は数が少ない。日常生活で起こる犯罪などは基本的に警察の管轄であるし、国に仕える魔術師は騎士と共に国の中枢を守ることや、魔物を倒すことが主な仕事だ。


 そして試験を受けることが出来る人間も限られている為、大半が今まで華桜学園で顔見知りであることが多いのである。




「行かない」

「そう言うなって、一人減っちゃって顔がいいやつ連れていかないと向こう側の幹事に怒られるんだよ」

「だから……」

「はいはい、そこまで」



 肩に置いてきた手を振り払おうとする直前、それよりも早く他の同僚が引き離す。



「お前は知らないかもしれないけどな、こいつには嫁が居るんだよ。だから合コンは無し」

「え、不知火もう結婚してるのか!?」

「してな――」

「そういう訳だから、合コンには俺を連れて行け。どこの子達とだ?」

「えー、お前だと怒られそうなんだけど」

「何だと!」



 人の話を聞け。


 勝手に口論を始めた同僚に呆れながら、しかし僅かに感謝して俺はいつも通り病院へ向かうのだった。

















「おい」

「あ、陣」



 あ、陣。ではない。病室の扉を開けた先では、何故かひなたが上半身を起こして木刀を振っていた。


 誰だ、ひなたに木刀なんて持ってきたのは。……鳴神の父だろうな。ひなたにお願いされて断れなかったに違いない。

 俺はひなたから木刀を取り上げてため息を吐いた。



「大人しくしてろ」

「でも、もう大分良くなったんだよ? 少しは筋力も戻さないと後々大変だし」

「せめて退院するまでは安静にしとけよ……」



 確かにひなたの回復力は驚くべきもので、予定の退院時期を大幅にずらして来週の終わりには家に帰れるのだという。

 それでも、体は良くなろうと未だに距離感を掴むのに失敗して柱に頭をぶつけている所を見ると、心配しすぎるということもないだろう。



「陣、あのさ、そんなに毎日来なくても大丈夫だよ?」

「来ないとどんな無茶をしてるか分からないからな。……木刀は俺が持って帰るから」

「ええ!?」

「鳴神の方にも言っておく。ひなたに木刀及び余計な物は渡すなと」

「そんなぁ……」



 横暴だと罵られようがこれは譲れない。退院したら流石に口を挟まないから、とりあえず今だけは本当に回復に専念してもらいたい。




「どんなに遅くなろうと待つから、そんなに焦るな」

「……うん」



 まだまだ時間はいくらでもあるのだ。頑張るねと微笑んだひなたに、元気になってからなと釘をさしておいた。
















 魔術師の仕事は基本的に不定休である。早番や遅番など、交代で誰かが残ることになっており、一般的な休日に休めることは殆どない。


 今日も世間は平日なのだが俺にとっては久しぶりの休みであった。兄貴はもう出勤した後で、いつもよりも余裕を持って朝食を食べているとその横を佐伯に引き摺られるようにして父さんが通り過ぎる。



「嫌だ! 俺も陣と一緒にお見舞いに行く!」

「何我が儘言ってるんですか、ひなた様が聞いたら呆れられますよ!」

「ひなたなら『お父さんが来てくれた!』って喜ぶはずだ!」



 いや、多分呆れも喜びもしないだろう。きっとあいつのことだ、仕事を休ませてしまった罪悪感とそこに至るまでの佐伯の苦労を感じ取って申し訳なくなるに決まってる。



 口論している二人には聞こえないだろうが「ごちそうさま」と一言告げて、俺は病院へ行くための準備を始めた。









 病院へ着くと、ひなたよりも先にまずは藍川の元へと向かった。彼も徐々に回復して来ているものの、内臓までやられていたのでひなたよりは回復が遅い。


 ……しかし、辿り着いた病室――流石に一応王族だけありかなり設備がいい――は空っぽでしん、と静まり返っていた。検査か、もしくはある程度動けるようになったと聞いているので気分転換に散歩でもしているのかもしれない。




 帰りにでも寄ってみるかと思い、続いてひなたの病室へ足を進めた……のだが、何故かひなたまでどこかへ行っていた。

 いつもは仕事終わりに来るので明るい午前中にひなたがどこにいるのかは分からない。



「あら、不知火君。こんにちは」



 帰って来るまで待っていようか考えた時、扉の前で立ち往生していた俺に声が掛けられる。視線を向ければ、よく見る看護師の女性がカルテを片手にこちらへ歩いて来る途中だった。


 俺も少し前まで入院しており、さらにひなたの元へ居ることが多かったので彼女の担当であるこの看護師とは何度も顔を合わせている。



「こんにちは」

「毎日本当にマメねえ。鳴神さんなら、この時間だったら中庭に居ると思うわよ」

「中庭?」

「ええ。歩けるようになってからはよくそこで見かけるわ」



 そうなのか、と病室の扉を閉めて歩き出す。ちょうど進行方向が一緒だったので流れでそのまま看護師との会話――というよりも一方的な質問が続いた。





「ねえ不知火君、鳴神さんとはいつ結婚するのかしら?」

「は?」

「私達の中でも結構噂になってるのよ。ちなみに一番多い予想は退院後すぐなんだけど」



 何を人のことを勝手に予想しているのだ。ちゃんと仕事もしてるんだろうか。

 興味津々に目を輝かせている看護師に頭痛を覚えながら、その視線から逃れるように目を逸らした。



「そもそも、俺とひなたはそんな関係ではありません」



 そして、俺もどうして答えているのか。口をついて出た言葉を取り消すことも出来ないが、酷く後悔した。


 看護師はというと、「えええっ!?」と奇声を上げながら、かの有名な絵画のように両手を頬に当てている。病院なのだからもう少し声を落として欲しい。




「あれだけいい雰囲気でまだ!? そもそも結婚してないって言っても信じない人もいるのに!」

「あの……」

「駄目よ不知火君! そうやってなあなあにしてると女っていうのは簡単に愛想尽きちゃうんだから!」


 言わなくても分かるなんて男の幻想なのよ! 私の旦那も十年前は……。



 どんどん話が逸れていくのを聞き流しながら、俺はとにかく早くこの人と進む道が分かれないだろうかと心底願いながらその時を待ったのだった。













「……やっと解放された」



 念願の分かれ道に辿り着いても立ち止まってあれこれと説教され、正直今日一日の疲れが一気に来た感じだ。


 のろのろと中庭へと向かうと、そこには楽しそうなひなたと少し遠慮がちな藍川がベンチに座って話していた。

 ひなたへの負い目か、藍川の態度は完全に以前のようにはいかない。が、それでも随分と戻ってきた方で、後は徐々に時間が解決してくれるだろうと思う。



 俺が彼らの元へと進むと、先に俺に気付いたのは藍川だった。



「陣」

「え、陣?」



 こんな時間に来ることは滅多にないので驚いたのだろう。ひなたの右目は俺を捉えるとぱちぱちと目を瞬かせる。

 俺が二人の座っているベンチに辿り着く前に、藍川は立ち上がるとこちらへやって来た。



「じゃあ、俺はそろそろ戻るから。じゃあな、陣……」


 邪魔者は退散するよ、と俺にだけ聞こえるような小声でそう言い残すと、藍川はほんの少しだけ笑ってこちらを振り返りもせずに中庭を立ち去ってしまった。



 ……余計なお世話だ。





「昴、どうしちゃったの?」

「検査でもあるんだろ」



 首を傾げているひなたに適当な言葉を返しながら、俺は先ほどまで昴が腰を下ろしていたベンチに座る。



「こんな時間に来るなんて珍しいね」

「今日は仕事が休みだったからな」

「でも前も言ったけど、無理しなくていいんだよ? せっかくの休みなんだから病院になんて来なくてもいいのに……」

「俺が決めた予定に口を出すな」

「……ごめん」



 まるで来て欲しくなかったというような口ぶりに、思わず言動がきつくなる。


 分かっている。ひなたにそんな気持ちは無くて、ただ単に俺に気を遣ってくれているだけなのだと。




「……俺が、来たくて来てるんだ。迷惑だったらそう言ってくれ」

「迷惑な訳ないじゃん!」



 俺が来るのは嬉しいに決まっているのだ、とひなたはきっぱりと強い口調で言った。少し頬が上気しているのは少し暖かくなってきたからか、語調を強めて感情を高ぶらせているからか、それとも――。







「……」



 なんとなく言葉が切れて、ひなたもベンチに座り直してぼう、と中庭を眺めていた。



 決しておしゃべりではない俺はこんな風に沈黙が続くことは慣れている。相手によってはその沈黙がどうにも耳に痛い時もあったりするのだが、しかしひなたの場合それはありえない。



 今日は雲一つない晴天で、太陽の眩しさに目を細めている横顔をちらりと眺めながら思う。


 やはりこいつは薄暗い病室よりも、日の当たる場所にいるのが一番似合うのだ、と。



 明るさの欠片もない俺にはこんな空の下は似合わないのかもしれないが、それでもそんなこいつの隣にありたいと思う。騎士とか、鳴神とか、不知火とか、彼女に付属する全てを取っ払って、ひなたという人間の隣に。



『言わなくても分かるなんて男の幻想なのよ!』


 看護師が言っていた言葉が頭を過ぎる。



 ひなたは俺のことを好きだと言ってくれたが、俺はまだ彼女に何も伝えていない。大吾郎も言っていたが、俺は結局いつもひなたに甘えてばかりいたのだ。


 何も言わなくてもこいつなら分かってくれると、そう思って言葉を出し惜しみして碌に何も伝えてこなかった。

 でもそれではもう駄目なのだ。隣にありたいと願うのならば、きちんと言葉にしなければいつかその関係は崩れてしまうだろう。


 もう、ひなたに甘えてはいられないのだ。




「ひなた」

「何?」



 気持ちよさそうに日向ぼっこしていた彼女が穏やかな表情でこちらを振り返る。



 藍川のように素直に想いを口に出すことは出来ないし、まして大吾郎のように気持ちを込めた花を贈るなんて芸当、出来るはずもない。



 それでも、俺が出来る精一杯を伝えようと思う。






「お前、前に鳴神でも不知火でもあるって言ったよな」

「え? うん、どっちも私だから」

「なら――」






 ずっと一緒に居る為に。









「戸籍も、不知火ひなたにならないか」








好きだと言えないくせにプロポーズはできる陣はおかしい。


これで番外編はすべて終了です。お付き合いいただいて本当にありがとうございました!

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