第7話:一ノ瀬直也
夕暮れの由比ヶ浜。
波は穏やかに寄せては返し、オレンジ色に染まった水平線が、遠くまで広がっていた。
昼間の喧騒も落ち着き、砂浜を歩く人々の姿もまばらになっていく。
並んで歩く莉子は、どこか寂しそうに俯いていた。
さっきまでの笑顔やはしゃいだ声とは違う、胸に影を落としたような横顔。
やがて立ち止まり、小さな声で言った。
「……本当は、ワガママだと思うんだけど」
オレは足を止めて振り返る。
海風に揺れる髪を押さえながら、莉子は涙を堪えるように笑っていた。
「もっと直也くんと……一緒にいたかったな」
その一言は、胸の奥にずしりと響いた。
言葉にすればあまりにも子どもっぽい願い。
けれど、そこに込められている想いの深さを、オレは痛いほど感じてしまう。
「……莉子」
思わず名を呼ぶ。
どう答えるべきか、心が揺さぶられる。
けれど――オレには、守らなければならないものがある。
真剣な眼差しで、ゆっくりと言葉を紡いだ。
「……ごめんな。保奈美も待っているし、一人にずっとしておく訳にもいかないから」
莉子は小さく息をのんで、それから首を横に振った。
「うん……分かってるよ」
無理に微笑んでみせるその顔が、かえって胸を締めつける。
砂浜を渡る風が、夕陽に染まった海をきらめかせる。
その光景の中で、莉子の横顔はどこか儚げで――けれど、同時に強さを秘めていた。
彼女が口にしたワガママは、ただの甘えなんかじゃない。
ずっと心に秘めてきた想いの、ほんの一端が零れ落ちたにすぎない。
オレはその重さを、確かに感じていた。
――だからこそ、胸の奥で静かに誓う。
この想いにきちんと向き合うべき時が来たら、誠実に向き合わなければならない。
夕暮れの潮騒が、オレたちの間の沈黙を包み込んでいた。