第6話:由比ヶ浜の迷子(谷川莉子)
夕暮れの由比ヶ浜。
砂浜はまだ賑わっていて、波打ち際では子どもたちが歓声を上げながら水遊びをしていた。
潮風は少し涼しく、昼間の暑さが和らいで心地よい。
そんな中――小さな泣き声が耳に届いた。
振り向くと、砂浜の端にぽつんと立つ、小さな男の子。
まだ三歳くらいかな。
小さな手で目をこすりながら、必死に泣いていた。
「大丈夫?」
しゃがみ込んで声をかけると、びくりと顔を上げた。
涙と砂でぐしゃぐしゃになった顔。
私はそっと笑みを浮かべて、声を柔らかくした。
「迷子になっちゃったの?」
子どもはこくんと頷いた。
「お母さんと……はぐれちゃった……」
「そうなんだね。お名前、言える?」
泣きじゃくる声の中から、なんとか「こうた」と聞き取ることができた。
「こうたくん、偉いね。教えてくれてありがとう」
私はハンカチで彼の頬をそっと拭い、背中を軽く叩いた。
「大丈夫。お母さん、きっと探してるよ。一緒に探そうね」
直也くんが横に来て、事情を聞くとすぐに動いた。
「オレ、交番に行って名前を伝えてくる。莉子、頼む」
「うん、任せて」
私はこうたくんの手を取り、管理事務所へ向かう。
途中、何人かのスタッフに声をかけて事情を説明した。
「こうたくんのお母さんを探してるんです」
その必死さに、周りの人たちも協力してくれた。
泣き疲れたのか、こうたくんは少しずつ泣き声をおさめて、私の手をぎゅっと握りしめていた。
「怖くないからね。お姉ちゃんと一緒だから」
自然にそう言葉が出ていた。
――私が泣いている時は、いつも直也くんが助けてくれた。
思い返すと、子どもの頃からずっとそうだった。
だから私も、誰かが困っている時は、いつでも自分のできる限りで助けたい。
そう思うようになったのは、きっと直也くんのおかげなのだと思う。
やがて、砂浜の向こうから女性が駆けてきた。
「こうた!」
その声に、こうたくんの顔がぱっと輝いた。
「おかあさん!」
母子は強く抱き合った。女性は涙ぐみながら私に何度も頭を下げる。
「本当に、ありがとうございました……!」
「いえ、大丈夫です。見つかって良かった」
安心したこうたくんが、こちらを振り返り、小さな手を振った。
「お姉ちゃん、ありがとう!」
胸が熱くなる。
「うん、元気でね」
笑顔で手を振り返した。
その時、少し離れた場所でこちらを見ていた直也くんと目が合った。
優しい眼差しで、何かを強く思うように。
――どうしてこんなに莉子は一生懸命なんだろう。
きっと彼は、そう思っている。
でも、それが私なのだ。
私にとっては自然なこと。
そしてその根っこには、いつも直也くんの姿がある。
直也くんにはいつも正義があった。
それは独善的なものや偏狭なものとは違う。
より大きくて広い社会とか世界を見据えた正しさだった。
そしてそれを彼の優しさが補完しているのだ。
だから私は彼に安心して身を委ねる事ができる。
でも、それはきっと保奈美ちゃんも全く同じだろう。
会社の人――亜紀さんや玲奈さん―もきっと同じなんだと思う。
でも最初にその正しさと優しさに気づいたのは絶対に私だから。
波の音が寄せては返す中、私は胸いっぱいにその想いを抱えていた。




