終章
王都に戻って一週間が過ぎた。エルシーの足の腫れも治まり、痛みもだいぶ引いてきている。まだ走れないが、歩行ならできるようになった。
アーネストが帰宅したと聞き、エルシーが訓練がてらゆっくりと廊下を進んでいると、玄関の方向から駆けてくる人影があった。
「エルシー、無理をするな」
「お帰りなさいませ、アーネスト様。大丈夫です。それと、何度も申し上げていますが、こうして少しずつ動かしていかないと――」
エルシーの言葉が途中で途切れる。アーネストに横抱きにされたのだ。そのまま部屋に運ばれいく様子を、使用人たちは温かく見守る。王都に帰ってきてから連日繰り返されるこのやりとりを、彼らはすっかり見慣れてしまっていた。
「ひとりで歩けます」
「家の中では俺に甘えればいい」
ここのところ過保護な夫に変貌してしまったアーネストは、エルシーを部屋に戻すと、素早く着替えをすませ、再び妻のもとにやって来る。
「少しでも歩く練習をしておかないと、のちのち困りますから。陛下の婚礼まであと十日余りですし」
アーネストに足の状態を確認してもらいながら、エルシーは答えた。
ティアナも無事に王宮に入り、ジェラルドとも仲良くやっているようだ。アーネストからそう聞いたエルシーは、ホッと胸を撫で下ろした。帰ってからはティアナと会っていないので心配していたのだが、少しずつ気持ちも落ち着いてきたのだろう。
王女のもとへと導いてくれた〝声なき者の声〟は、またエルシーの耳に届かなくなった。またいつか聞こえるようになったら、子供の頃のように彼らとゆっくり会話してみたいと思う。
「王太后様が、もし君さえよければ、またティアナ様の話し相手になってほしいと、おっしゃっていた」
「本当ですか? ええ、行きますっ」
エルシーは嬉しさのあまり、無意識に立ち上がろうとしてしまい、身体がぐらりと揺れる。咄嗟に腰を支えてくれたのはアーネストだ。
「急に立ち上がってはダメだろう」
「……ごめんなさい」
アーネストはそのままエルシーを膝の上に乗せる形で、ソファに腰を下ろす。
「下ろしては……くださらないのですよね?」
「よくわかっているな」
エルシーを横抱きにしたまま、アーネストは口角を上げる。
「怪我が治るまで、夜は自制してるんだ。そのぶん、少しでも君に触れていたい」
ほんのわずかだが甘えるように囁くアーネストに、エルシーは思わず笑みをこぼした。こんな彼を見られるのは、世界で自分だけだ。
「愛していますわ、アーネスト様」
「……頼むから煽らないでくれ」
ふたりは微笑み合うと、互いに唇を寄せた。
【Fin.】
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
いつか王女サイドの話を書けたらと思います。
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